02 職人の街
ここから主人公視点です。
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私が知っているヘインズ侯爵領といえば、魔法付与を得意とする職人の街で有名だ。
特に魔法付与した道具や武器は人気で、冒険者はこぞってヘインズ侯爵領を訪れる。しかしシランキオ人には魔力がないのであまり魅力を感じず、ここをスルーして行く人も多い。王都の西隣にある領で比較的都会的な街である。
……と、ここまでが私が知っているヘインズ侯爵領。
なので王都のすぐ隣に長閑な畑がある事は少し意外だった。
「この辺りは土が良くてね。野菜を主に作ってるんだ」
「ヘインズ領では自領の畑だけで賄ってるの?」
「いや、さすがに自領だけじゃ限界があるから他領の野菜も仕入れてる。それでもなるべく自領で採れたものを食べてるよ」
「果物は?」
「あるよ。豊富なところがあるから、そこでは酒造りが盛んなんだ。シェリルってお酒は……?」
「学園卒業前だったからまだ」
学園卒業間近の建国祭の時がお酒解禁日だ。なので私はまだ嗜む事も出来ない。
「そうでした。……酒はおいおい。とにかく料理人が腕を振るってくれるから楽しみにしてて」
「うん。そうする」
私は授業でざっくり学んだヘインズ領について、それが本当か確かめるためにフィランダーに聞くと彼は「うん。そうだよ」とうなずいた。
「うちの領はテナージャ人にしては勤勉な人が多いんだ」
「へぇ……珍しいね。学園の先生みたい」
学園のテナージャ人の先生達は比較的勤勉な人が多かった。
「あそこではそういう人を抜擢されるんだよ。……全員じゃないけど」
その言葉に、私は剣舞の授業に代理で来た男性教師が頭に浮かんだ。
「……そうだね」
「ただ……そういうテナージャ人って珍しくて、変わり者扱いなんだよね」
「は?」
「テナージャ人の中では浮いちゃってるというか……考え方が少し違うんだよな。どちらかというとシランキオ人寄り?」
「……そうなんだ」
確かに。テナージャ派の先生はともかく、他の先生は話しやすい人が多かった気がする。
「そんな人は蔑まれたりする事も多いんだ」
「……意味が分からない」
「本当、そうだよね。俺もどうしてそんな事をするのか理解出来ないよ。テナージャ人って基本戦う事が生き甲斐って人が多いのは知ってる?」
「うん。ちょっと攻撃的なところあるよね」
「だからか職人になりたがる人が少ないんだ。職人をやっている人はこだわりが強い。けれど普通のテナージャ人にはそれが分からない。武器なんて使えればいいだろうなんていう人も当時はいたんだ」
「あぁ……それ、今もだよ」
学園でもそんな人を何人か見た事がある。
「え……まだ変わってないんだ」
さすがにフィランダーも呆れ顔だ。
「それで……実は俺が領地経営に着手した時に、うちの領に名物がない事に気づいてね。そこで目をつけたのが、生きにくいテナージャ人の職人達なんだ。うちの領に来てくれる様拝み倒してなんとかうちに来てくれたんだよね」
「なるほど。その人達にとってもその提案は救いだったのね」
「そんなところ。彼らの頑張りのお陰で領が栄えている様なものなんだよ。お陰で俺も魔道具は自分で作れる様になったし」
「……それって……簡単に作れるものなの?」
「付与魔法は学園で学んだものを応用すればいいから、そんなには難しくないんだ。問題はものを作れるかどうかだよ。俺もさすがに複雑なものは作れないから、アクセサリーが限界だけどね」
「それでもすごい……」
何でも器用に出来る人って羨ましい。
「……だから騎士団の横行は申し訳なくて……」
「……そんなに酷いの?」
「……よく酒場に現れて、ある酒全部飲み散らかして帰って行くって聞いてる」
聞くと、娼館や鍛冶屋にも迷惑をかけているらしい。
「……どうにもならないの?」
「俺が動こうとすると必ず察知するんだよ」
「……領民達にとっても害じゃない。騎士団でまともに働いている人っているの?」
するとフィランダーは黙って首を横に振る。
それを見て私はため息をついた。
気分を晴らすために窓の外を見ると、もう街が見えてきた。
「あれって……」
「そう、あれがヘインズの領都。ここに領主邸があるんだ」
「近くていいなぁ……」
「『いいなぁ』じゃなくて、シェリルはそこのご夫人になるんだよ?」
「……そうでした」
私は密かに気を引き締め直すと、街へ入ってすぐ大きな大通りが見えてきた。道幅も馬車が四台並んで通れるくらい広い。
「王都並み……」
「うちは祖母が元王女だから、王都とあまり変わらない街並みにしたらしいよ」
「王女様……だから金髪なの!?」
「そういう事」
金髪は王族に多い髪色だ。なので貴族で金髪を持っていると王族の血が流れている可能性が高い。
「……私が嫁いじゃいけない気がする」
「金髪を残せって? 良いんだよ。俺は早くテナーキオ派に行きたいからさ」
それは中立派の中でも分かれている派閥の一つだ。
「どうして?」
「いつまでもテナージャとシランキオが啀み合ってちゃまずいでしょ。そのせいでうちの領にはシランキオ人が来る事が少ない。少しずつ、シランキオ人も増やしたいと思っているんだ」
「……そうよね。今、ヘインズ領のシランキオ人は私だけだもんね」
ヘインズ領に住んでいるのはテナージャ人とテナーキオ人のみ。
お忍びで街にいたらすぐにバレてしまうじゃないかと私は心の中でガッカリする。
「それはシェリルのお陰で増えるかもしれないよ?」
「『かも』でしょう? 不安……」
「俺がその不安を取り除いてあげるから安心して」
「……」
「ちょっとは信用してよ!」
私がジト目で見るだけなので、フィランダーは涙目だ。
正直、私を目の敵に思う人達がたくさんいる事を黙っていたフィランダーを信用なんて出来ない。
無情にも馬車は先へと進んで行く。
もうすぐ領主邸だ。
使用人達は、私の事をどう思うのだろうか?
止まらず進んで行く馬車に、私は少し出荷される時の牛の気持ちになった。




