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01 ヘインズ侯爵領の憂い

いきなり別視点から始まります。

一部R15


 ※





 ここはヘインズ侯爵領の領都。

 その一角にある酒屋は昼は販売、夜は酒場として開いたばかりの店だ。……が、店内ではなぜか昼間から三十人くらいの男達が酒を飲み、どんちゃん騒ぎをしていた。


 「どうしてこんな事に……」と店主の女は戸惑いを隠せない。開店して僅か三日。それは昼、販売のために店を開けた直後の事。








 ドアを開けると、そこにはがっしりとした三十人くらいの男達が店の前に集まっていた。


「ひぇ……」


 男達を見て女はまず硬直した。それに気づいた男達は女に近寄り質問する。


「よう。ここは酒飲めるのか?」

「へ? あ……はい。夜だけですが……」


 震えながら答えると、男達の顔に笑みが浮かぶ。


「じゃあ飲んでいいんだな」

「え!? 夜しかやってませ……」


 女の声を無視して、男達が無理矢理店内へ入って来た。


「あ……こ……困りま……」

「おい。酒はねぇのか?」

「ん? あるじゃねぇか。あけようぜ」


 男達は販売用の酒を手にしてコルクを自前のナイフで空けてしまった。


「あ……」

「おい。高価な酒、あるんだろ? 持って来い」

「あ……は、はい……」


 震えながら奥へ入った女は高価な酒を手にして戻ってくると、数分前の店の様子とは思えないほど男達は販売用の酒を飲み散らかしていた。


「どうしてこんな事に……」

「おい! 酒はまだか?」

「しょ……少々お待ちを!!」

「おっせーなぁ……」

「しょうがねぇだろ? 給仕が一人しかいないんだからよ」


 そんな男達の話を聞きつつ慌ててグラスに酒を注ぐ。

 すると不機嫌そうな顔をした男が文句をいう様に口を開いた。


「……にしても大分前に頼んだんだぞ。もしかして、客である俺達を舐めているんじゃねぇのか? 俺はあの大商人ハストン子爵の息子なのに……。なぁ、お前らもそう思うだろう」


 「そうだそうだ」とヤジが飛び、女は怖さで身体が震えが止まらない。


 大商人ハストン子爵と言えば誰もが知っている大きな商会を経営している貴族の事。もし彼に目をつけられた者はこの国では生きていけないくらい迫害されるという噂もある。


 もし、目をつけられてしまったら……。


 寒気がする身体を抑え、やっとの思いで酒を運んでいると、一人の男が女の足を引っ掛けてきた。それにつまづき女は倒れ「ガチャン」とガラスが割れる音が響き、酒を盛大にこぼしてしまった。


 すると店内は一瞬静寂になり、男達はニヤリと怪しい笑みを浮かべる。


「あ……」

「……あーあ。やっちまったな」

「見ろ。俺なんて服にかけられちまった」


 そういって男はほんの少しシミになったズボンを女にこれみよがしに見せる。


「これは客に迷惑かけた罰として酒代無料だな。……そうだろう? 店主」

「は……はい」

「おい、お前ら!! 飲み放題だ!! この店の酒を飲み尽くそうぜぇ!!」


 「うおー」という雄叫びとともに、三十人くらいの男達にカウンターや奥にあった酒まで全ての酒を飲み尽くされてしまい、大量の瓶を散らかしたまま彼らは店を後にした。


 女は襲われないでよかったとほんの少し安堵しつつ、すぐに店の惨状に気づいて床に膝をつき、泣き崩れた。







 しばらくすると、その店にまた男達が入って来た。それに気づいて身体が強張った女は恐る恐る入り口にゆっくり目を向ける。


「……酷いな」

「あぁ……年々酷くなる」

「怪我はないか。遅くなってごめんな」

「……あ……貴方達は……」

「俺達は自警団だ。それより怪我は?」

「だ……大丈夫です」

「これをやったのは……三十人くらいの男達か? がっしりとした」

「ど……どうして」

「そいつらはこの領の騎士達だ」


 それを聞いて女は絶句した。

 

 世間一般で言う騎士というのは平民を守ってくれる人だ。なのにその人達がまるで荒くれ者の様な態度で自分勝手な振る舞いをするなんて……。女はここが地獄に思えてしまった。


「貴女は最近ここへ?」

「え……えぇ。ここ、賃貸代が安くて……」


 女はヘインズ領にある村の生まれで、都会で店を開きたいとお金を貯めて領都までやって来た。名産品がお酒の村でもっと知ってもらいたいと意気込んでやって来たのだ。


「安いのには理由があるんだよ」

「……まさか……」

「そう。彼奴らがいるから安いんだ。最近は客も減ってるしな。それでも職人達がここを動かず売上を伸ばしているから、この領は何とかなっているんだ」


 このヘインズ侯爵領は職人が集まる領として有名だ。なので様々な理由でここを訪ねる人は絶えない。


「……そんなに酷い領主様なのですか?」

「いや……領主でも手が出せないんだ。……決定的な証拠がなければ」

「な……ならこの惨状を領主様が見てくだされば……」


 女が訴える様に言うと、男は黙って首を横に振った。


「領主か、領主代理が騎士達の横暴を目撃していなければ、訴え出る事すら出来ないんだ」

「そんな……」

「今のところ幸いなのは、奴らは女性を襲わない事だ。もし事をした後にやった奴の魔力が残っていたら、訴え出る事が出来るからな」


 襲われなかった理由を聞いて、女は改めてゾッとする。


「だから俺達はいつか奴等が領主の前で失態した時のために、仕出かした事を記録しているのさ。この店の被害も記録させてもらう」

「は……はい。お願いします」

「片付けも手伝うよ。それと奴等が払うはずだった酒代が幾らか分かるか?」

「それは……はい。珍しいものもありましたから、結構な金額になりますが……」

「そうか……それも教えて欲しい」

「はい……今、計算します」


 自警団達が店の片付けを手伝ってくれたお陰で、店の中からゴミがなくなり綺麗になった。


「ありがとうございます」

「いや、来て早々災難だったな。……しばらくこの店は閉めておいた方がいい。奴等が味を占めて常連になると面倒だぞ」

「でも……そうなると家賃が……」

「それに関しては後日連絡する。被害金額は書いてくれた?」

「あ、はい。これです」


 被害の一覧表にしたものを提出すると、男達は笑顔になる。


「これは分かりやすいな。ありがとう」








 女にとっては散々な日になったが、後日自警団から被害額分のお金と見舞金が届いた。


「えぇ!? どうして……」

「それと家賃なんだけど、被害に遭った店には騎士団の件が解決するまで、払わないでいい様にしてあるから」

「え!?」

「あと経営が難しい店には当面定期的に見舞金が支払われるから、今はそれで凌いで」

「そ……そんな事まで……貴方達は……」

「ただの自警団だよ」


 そう言い残して男達は去って行った。


 後日近所の人に聞くと、ここでは騎士団の横暴が十年以上も前から続いているという。被害に逢っているのは酒場や娼館、鍛冶屋にも及んでいるのだとか。


 とんでもないところに来てしまったと肩を落としたが、近所の人達が親切なのが唯一の救いだ。


 もうすぐこの街に次期領主の奥方になるご令嬢が到着されると聞いた。

 テナージャ人ではなくシランキオ人と言う点には驚いたが、この状況を打破出来る人なら誰でも良いと、私を含めた領民達は横暴な人でない事を祈った。











 一方顔が真っ赤になった騎士達はヘインズ侯爵邸にある騎士団の寄宿舎に帰っていた。


「おい。帰ったぞー」


 そう言ったのに誰も返事をしなかった。


「おい。……ちっ。留守番しとけって言っただろうが……」


 ぼやいているとその男の影から、水色の髪に紫色の瞳を持つ男が飛び出してきた。


「あぁ! 団長!! 大変っす!!」

「何だよ……影からって。なんか情報でもあったか」

「そーです。若に令嬢が嫁いでくるんすよ!!」

「……はっ?」

「し、か、も。相手はシランキオ人っす」

「……あ!? シランキオ人!?」


 その知らせに皆動揺した。


「どう言う事だよ。ヘインズ家は中立のテナージャ派だろう?」

「それがその結婚を機に、テナーキオ派に移るつもりだそうっす」


 皆が絶句する中、団長だけは冷静な目で状況を見ていた。


「そんな重要な事を俺が知らないって事は、そのシランキオ人は主人じゃないって事……だよな?」

「……そうっすね。だってヘインズ家の騎士団長に知らせないって事……ありませんよね?」

「って事はだ。シランキオ人を見かけたら、不審人物として取り締まらなきゃ……な?」


 男達が意地の悪い笑みを浮かべ、皆本邸に目を向けた。





次から主人公視点です。

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