21 表面
私は少し悩んだ後、口を開いた。
「ご兄弟はいるの?」
「うん。妹が一人。でももう嫁いだよ。……それにあんまり会って欲しくはない」
「どうして?」
「気が合わないんだ。それにテナージャ至上主義」
「うわぁ……」
「あっちは懐いてくるんだけど、あまりの我儘っぷりにもう限界で……使用人達からも嫌われていたよ。出て行ってくれて良かった」
「そんな……」
「妹には気をつけてね。俺との結婚は認めないなんて言ってきても無視して良いよ」
私は突き放す様なフィランダーに違和感を覚える。
「あの……妹様は上手く甘えられなかっただけなのでは?」
「それも……あるかもしれないね。でも何回使用人や周りの人を大切にしろと言っても聞かなかったんだよ。あの子の友人達もそう。あの子が気に入った令嬢を連れてきては俺とくっつけようと努力していたよ。けれど、俺が靡かないものだから苛立っていたなぁ……。父上も妹には甘かったし……我儘のまま成長してしまって、嫁いで行ったんだ。……もう俺としては関わり合いにはなりたくないんだよ」
そんな妹様の名前は、イーディス・ケネット次期侯爵夫人。中立のテナージャ派に嫁いだという。間違いなく会ったら攻撃してくるだろうから気をつける様にと二回も言われてしまった。
気が合わない兄妹もいるんだと改めて知る。
……うん。名前は覚えておこう。性格も合わなそうだ。
「他にも私の事がお嫌な方はいるの?」
その言葉にフィランダーの顔色が悪くなる。
「……随分とストレートに聞いてくるんだね。……まぁいいか。実はヘインズ家の私設騎士団や一部の領主館に勤める者達は皆、中立のテナージャ派とテナージャ派の次男以下の人達で構成されているんだ」
「え……」
「辞めて欲しいんだけど、理由がなくて……なかなか辞めさせられないんだよね」
決定的な証拠がないと貴族は動かない。
例えばヘインズ侯爵領の私設騎士団は、よく城下町で迷惑をかけているらしいが、実家の大商会を笠に着ているため、領民は「自分の店を潰されるんじゃないか」と口を閉ざしてしまうらしい。なので被害の報告が上がって来ないという。
領主館では分館の微々たる横領に気づいてはいるのだが、微々たるものは見逃せというテナージャ人特有の暗黙の了解もあるという。
なので辞めさせるに至っていないのだとか。
「それ、私の父は知っていたのですか?」
「……ごめん」
「フィランダー……」
「でもこれを機に追い出す予定だから、ね!」
「ね! じゃないですよ、ね! じゃ……」
確実にテナージャ至上主義者の人達じゃない! ……そんな危ないのとは極力関わりたくない。
私の顔にそれが出ていたらしく、フィランダーは苦笑した。
「騎士団や領主館の宿舎は邸とは別の場所にあるから、滅多に会わないと思うよ。俺もなるべく会わせたくないし」
「……くれぐれもお願いします」
関わったらろくな事なさそう。
「ヘインズ領で会いませんように!」と心の中で祈った。
「他には? 何か質問ある?」
「あの……使用人は……シランキオ人でも連れてきても、良い?」
「え……アストリー領からの? おかしいな……一人も来れないって手紙に書いてあったけれど……」
「は? ……そんなはずは……。私が嫁ぐ時は一緒についてきてくれると言ってくれた侍女がいたのに……その旦那様も一緒に。……どういう事……?」
アストリー家の使用人達は穏やかで良い人ばかりだが、私は侍女にあまり人気ではなかった。
理由は二つ。
一つは、身体が弱い割りに行動力がある事。
小さい頃も今も、とんでもないところで倒れる事が多々あった。それが廊下でもあるし、庭の一角でもあるし、洗面所で倒れることも。しかも倒れると看病も大変。何か粗相がありそれが私の命に危険を及ぼしたら、侍女自身に責任が降りかかる。それが面倒で嫌という侍女も多かった。
もう一つは、私がテナージャ人、またはテナーキオ人に嫁ぐ可能性が高かった点だ。そんなところに嫁ぐという事は敵陣に行くのと同意だ。魔力がないシランキオ人はさぞ嫌がられるだろうと想像するシランキオ人は多々いる。
だから、私は人気がなかったのだ。
私をよく世話をしてくれたのは、ドナという侍女。ドナだけは私の事を献身的世話をしてくれた。条件付きだったが、テッドという執事と結婚もしている。
そんな彼女が来ないというのは違和感があった。
この前の建国パーティーの後も私の世話をしてくれたのはこの侍女だ。私が嫁ぐ時は旦那さんとついて来てくれると言ってくれた唯一の侍女だった。だから来ないのはおかしい。
「うーん。俺には何とも……手紙を出して確認するしかないね」
「どうしましょう……その侍女が私の事をよく分かってくれていたのに……」
「何か……不都合でも?」
「……単純に、親しい者がいる方が良かったというのもあるのだけど……一番は私の身体の弱さを分かってくれているから。……いつどこで倒れても、その侍女がいるから安心して過ごせていたの」
すると、フィランダーが首を傾げる。
「でも学園には連れていけないだろう? どうしてたの?」
学園では使用人を基本連れてはいけない。それは王族でも同じだ。学園の方針として自主自立を掲げているので、頼れるのは寮監しか居なかった。
「寮監の方に、私の対処方法を書いた手紙をお渡ししていたから。私もどういう事が書いてあるのか分からなくて……」
「そうか……そういう配慮が出来る侍女なら来て欲しかったな。……いつも身体が弱いとは聞かされるんだけど、無理していたところ見たのは、この前の建国パーティーの時だけだったから、ピンと来なくてさ……」
困り顔でいうフィランダーに、私はうつむいて答えた。
「いつもパーティーの後は熱を出して数日はベッドの上で……大体イベントの後は寝込む事が多くて……私もパーティーの時は気を張っているから、そんな素振りは見せないように心掛けいるの。一応貴族の端くれだから」
すると、フィランダーは腑に落ちた顔をした。
「……そっか。俺はまだ表面しか見ていないんだな……」
「フィランダーと会ったのって、まだ五回目くらい……だよね?」
「うっ!」
「なら、私もまだフィランダーの表面しか見ていないんだ。お互い様ね」
ちょっと可愛いと思ってしまったフィランダーに微笑むと、彼の顔が真っ赤になった。
「ど……どうしたの?」
「い……いや! あ、あー、暑くて……まだ着かないかなぁ」
そう言ってフィランダーが窓を見るので私も見ると、景色がいつの間にか畑に変わっていた。
ちょっと中途半端な終わりですが、この話で第二章完結です。
第三章はただ今執筆中なのでしばらくお時間を頂きます。
新たなキャラクター(使用人とか)も多く出てくる予定ですので、お楽しみに!




