20 卒業式
ヘインズ侯爵家から迎えが来たのはその次の日の午前中だった。
そしてわざわざ学園長や担任、それにクレー先生などお世話になった先生方が集まってささやかな卒業式をしてくれた。私の保護者には迎えに来てくれたフィランダーと、王城から駆けつけてくれたお兄様がいた。
「シェリル・アストリー」
「はい」
「本学園の修士を終了した事を認め、これを授ける」
学園長がそう言って私の制服の胸ポケットのところに、ブローチをつけてくださった。
「貴女には、本当に感謝しております。貴女のおかげで一つの隔たりを取り除けた。それに魔法学系統の学術発展に繋がるきっかけを作ってくれた。此度の急な卒業は残念でなりません」
「ありがたいお言葉、感謝申し上げます」
「実は陛下も『一度会ってお礼が言いたい』と希望しておりまして。学園祭の時にでもと考えていたのですが……今回のスタンピードにお心を痛めておられます。此度の結婚は決して貴女に不幸な事が起こらないよう、きつくヘインズ侯爵家に言っておくと申されました」
「……寛大なお言葉、ありがたく受け取りましたとお伝えください」
「確かに」
学園長の言葉が終わると集まってくれた方々全員でおめでとうと拍手を贈ってくれた。
馬車へ私の荷物を運び、馬車に乗り込もうとすると「シェリル!!」と言う声が聞こえた。
振り返ると、ステイシーやエイダ、それに授業で親しかった方々が私を囲む様に駆け寄って来てくれた。ちょうどお昼の鐘が鳴った事から、二限目が終わったと同時に駆けつけてくれたのが分かる。
「皆……」
「お元気で」
「今度は社交界で」
「また剣舞見せてください。怠けたら、承知しませんよ!」
「シェリル。立派なご夫人になってよね! 結婚は私達の学年の中で一番早いんだから!!」
「シェリル。気づいてないかもしれませんが、貴女はとても素敵な方なのですよ? 自信を持ってくださいね」
私は涙を堪えながら、コクリとうなずく。
「皆、ありがと……またの機会に、お会いしましょう」
すると今度はお兄様が近づいて来た。
「お兄様……」
「急だったね。俺も騎士団を辞めて領に戻る事になった」
「え……」
「まぁ……俺の場合、辞める良い口実が出来たから、そんな悲観していないんだ。だけど……もし俺に財力があったら……とは思うよ。……シェリルをきちんと卒業させてやりたかった」
「……気持ちだけで十分です」
「……あまり溜め込み過ぎるなよ。すぐ身体に出るからなぁ、シェリルの場合」
「……善処します」
「結婚式には必ず出席するからな」
「……はい」
お兄様は「シェリルをよろしくお願いします」と言って私をフィランダーの元へと送り出した。フィランダーがうなずき、私を馬車へと促した。そして私は窓に引っつき手を振った。皆も手を振り返してくれる。
そして……馬車が動き出し、私は皆が見えなくなるまで手を振り出来る限り笑みを作って、二年と二ヶ月通った学園に別れを告げた。
馬車はたまに揺れながらヘインズ領へと急ぐ。対面に座るフィランダーは申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
「申し訳ない。無理に貴女を卒業させてしまって……」
「いえ……婚約ではなく結婚だった事は衝撃でしたが……理由をお聞かせ願えますか?」
「……本来なら婚約でも良かったのですが、テナージャ派に『形だけじゃないか』と勘繰る人がいる様で。以前『婚約した相手の家に出資させたあとで、婚約破棄をした人』がいたのです。……しかも貰っていた側は一切返金しませんでした。なので、結婚した方が変な噂が流れないと思いまして……」
「そうでしたか。……あの、結婚の事はフィランダー様のご両親はご存知なのですよね?」
するとフィランダーはバツの悪い顔をした。
「あ……言ってませんでした。母はもうすでに天に召されております」
「え……も、申し訳ございません」
「いいんです。言ってなかったこちらが悪いので。父は結婚相手はお前に任せるって言ってくれていますから、問題ないですよ。というか、言わせませんから」
「……あの、お父様と……あまり、仲が?」
「仲は良い方だと思います。しかし、剣と攻撃魔法以外は何をしてもダメな人です」
「……は?」
「正直に言いますと、父が騎士団長をしているのはお飾りなのですよ。優秀なのは周りの人間です。父が出来る事といえば、戦う事しか出来ないのです。……それを知ったのは、母が天に召された後の事でした」
フィランダーが十歳になる年に、ヘインズ侯爵夫人が病で天に召されたそう。そのしばらく後にヘインズ侯爵ではなく彼女が領地経営をしていた事を聞き、子どもながら帳簿を見ると、ヘインズ侯爵夫人が召された後に、部下達によって横領が行われた事知ったという。
すぐにその部下達を問い詰め監獄へ入れたが、お金の大半は帰ってこなかった。ヘインズ領は一気に火の車になり、それを立て直したのはまだ幼いフィランダー様だった。
こうして何とか黒字まで持って行く事が出来た。ヘインズ侯爵ではこうはいかなかっただろう。ヘインズ侯爵もそれを自覚しており余計な事をしない様、一切手出しはしなかった。こういう経緯もあるからか、フィランダーには何も言えないのだという。
「まぁ、騎士団はとにかく強さが大事なので、父が旗頭になっているのですよ。騎士団長になる条件は剣と魔法攻撃の強さですから」
「なるほど、そうなのですね。だから剣の腕が良くてもシランキオ人は魔法が使えないから、上に行けないと……」
「それが問題なんだよね。剣の腕はシランキオ人の方が上の事をテナージャ人が認めないから……じゃなくて、認める事が出来ないのですよ。気位ばかり高いので」
少し気が緩んだのか、フィランダーの話し方が砕けたものになった。
「あの……いつも敬語ですけれど、それはどうしてでしょうか?」
「それを言ったら貴女もでしょう?」
「フィランダー様は歳も家格も目上の方ですから、敬語を使っています。特に私は爵位が下の家ですもの。当然です」
私の家は伯爵家。フィランダーは侯爵家だ。私が敬語を使うのも当たり前だ。
「あ……それもそうか」
彼は今更それに気づいたらしい。
「私に気遣ってそうしているならもう結構です。……妻になるのですから、敬語だと勘繰られてしまうのでは?」
「そ……それも、そうだね。……うん。あ……じゃあ、シェリルって呼んでもいい……でしょうか?」
すると、フィランダーの身体が強張ったものになり、緊張が伝わる話し方になった。
「はい。……では私はどうしましょう? フィランダー様のままでも良いですか?」
「いや……フィランダーと……呼んで欲しい。敬語も不要だ」
「では……フィランダー。貴方の家族の話をもっと聞かせて」
するとフィランダーは、何かを噛みしめるような顔になって呟いた。
「……良い」
「フィランダー?」
「うん。話すよ。何が聞きたい?」
ちょっと前のめりになるフィランダーを見て、まるで孤児院の子どもみたいと思った事は秘密だ。
第二章は次で完結です。
もうちょっとお付き合いください。




