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17 体質




 午後最後の授業に間に合う様に教室に帰ると、ステイシーとエイダに早足で寄ってきた。


「シェリル!! 平気?」

「……大丈夫ですか?」


 心配そうに見る二人に、私は笑みを浮かべた。


「もう大丈夫です。ご心配おかけしました。ステイシー、ありがとう。私を運んでくれて。……他にも運んでくれた方がいると聞いたけれど……」

「あぁ。それはポーラ・バグウェル子爵令嬢だよ」


 なんと倒れた時に対戦していた令嬢だった。

 お礼に行くと、気にしないでと言われた。


「むしろ、身体が弱いって知ってたのに、あんな試合してごめんなさい」

「あれも戦術だから、気にしておりません。……やりにくいとは思いましたが」


 「ご迷惑かけて申し訳ないです」と伝えると、「思った以上に軽くて驚きました」と返され、「もっと食べた方が良いですよ」というアドバイスまでもらってしまった。









 その日は大事を取ってクルー先生のところには行かなかった。次の日の放課後に三人で研究室へ行くと、心配そうな眼差しで私を見るクルー先生がいた。


「聞きましたよ。大丈夫ですか?」

「平気です。むしろお騒がせしてしまった方が申し訳なくて……」

「……昔、貴女の様に身体が弱い生徒がいました。貴女の体力のなさも聞いてはいたのですが、実際に起こると自分の認識の甘さに恥ずかしくなりましたよ。……貴女は彼女達とは違って行動力がありますから」

「そうですね。……普通は静かにしてますよね」

「だから、無理だけはしないでください。貴女の様な体質の方々は、総じて寿命が短い」


 先生の言葉に、ステイシーとエイダは絶句して私を見る。

 私はなぜその事をテナージャ人で、しかも魔法学の先生が知っているのか疑問に思った。


「それは先生の研究の一環ですか?」

「えぇ。どうしてシランキオ人の女性だけが、身体が弱く生まれてくるのかが疑問でして……鑑定魔法があれば分かるかもしれませんが、教会とは縁遠くて……」

「長寿を全うした人は居ないのですか?」

「実は……いるにはいるみたいです。ですが、一人か……二人程でしたね」

「では私は、その中の一人になるつもりなので大丈夫です」


 するとクシャッとした顔でクルー先生が苦笑する。


「貴女って人は……」

「そういう人じゃないですか。シェリルは」

「カッコ良いです」


 私だって、寿命に怯えて生きるつもりはない。私の今世での目標は「心穏やかに生きる事」だ。









 テナーキオ歴 百十六年 春


 

 そしてまた今年も嫌な社交シーズンがやってきた。

 しかもその少し前、王都にある邸に戻ると、騎士団に入ったお兄様からの手紙を受け取り、中を見た私は卒倒しそうになった。

 

 親愛なるシェリルへ

 本当にごめん、シェリル。

 あのフィランダー卿に借りを作ってしまった。

 シランキオ人である事が影響して、どうしようもない事を卿が解決してくれたんだ。だから今回の建国パーティーではフィランダー卿とファーストダンスを踊って欲しい。

 正直、シェリルの結婚相手としては申し分ない人だと思う。

 いつもはシェリルが嫌がっているし、卿が少々強引なところがあるから協力したけれど、今回は自分の目で見て、卿を判断して欲しい。

                               メレディス

                                   

「どうしてあの人は諦めてくれないの~!!」


 私が絶叫したところでパーティーが延期になる訳もなく、無情にもその日が来てしまった。






 会場に着くと、私は狼の像の前にいたエイダを見つけて歩いていく。


「エイ……ダ」


 ヒクッと口を引きつってしまったのは、そこにフィランダーがエイダの兄達と談笑していたから。


「どうして……」

「私達が着いたと同時に現れまして……本当に会いたいのですね、シェリルに」

「……エイダ。申し訳ないけど私は反対側に避難するから……」

「シェリル嬢!」

「!」


 声に驚き振り向くと、すぐ側にフィランダーが立っていた。


「フィ……フィランダー様」

「会いたかった……。今日の貴女も素敵だ。緑のドレスもとても似合っているよ」

「ど……どうも……」

「そんな貴女のダンスカードに今すぐ記入したいんだ。ダンスカードを出してくれるかい?」


 畳み掛けるような気迫に負け、私は渋々ダンスカードを差し出した。


「今日は思う存分つきあってもらうよ」


 フィランダーは真っ白なダンスカードにサラサラと携帯羽ペンを走らせると、一曲目も二曲目もフィランダー・ヘインズと記していく。


「お義兄様とお義父様の許可も得たから、安心して二曲踊れるからね」


 満面の笑みでいうフィランダーを無視して、お父様の方を見ると、私からすぐ目をそらした。


 「か……家族まで陥落させたの……!?」と私はショックを受けた。






 何とか一曲だけでもなかった事にしようと、私は憂い顔を作る。


「フィランダー様。私は恐いのです」

「何が恐いんだい?」

「貴方に好意的な目で見られると、周りのご令嬢方を敵に回す気がするのです。せめて二曲目はなかった事に出来ませんこと?」

「君のデビューの時は……恐い思いをさせてしまったよね。でもその次の年からは何もなかったはずだよ。……違う?」


 そういえば……デビューの年が嘘のように、何もなかった。


「……違、いま、せん」

「俺も頑張ったんだよ? すぐに縁を切る必要があるところは切ったし、常識ある大人の付き合いをしてくれる人だけしか付き合っていないからね」

「ではその人達から恨まれる可能性があるという事では……」

「大丈夫だよ。ただの茶飲み友達だからね」


 そんな話をしている間に中心に令息令嬢が集まり始め、踊り始めた。そしてあっという間に一曲目が終わってしまった。


「私達の出番だ。さぁ、行こうか」


 私には、死刑宣告の声に聞こえた。



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