14 待ち合わせ
あれから魔法学を学びたいと言う人は増えた。
最終学年である三年生や、二年生、一年生も私達以外のシランキオ人が名乗りをあげた。シランキオ派の領はほとんどがシランキオ人だが、テナージャ人も年々増えてきているという。なので、テナージャ人を理解するためには必要と希望者が増えているのだ。
他の魔法関係の先生の所にも、放課後に訪ねてくるシランキオ人が増えたという。テナージャ人からは出ないような発想が出るので面白いと喜んでいる先生がほとんどだとか。テナージャ派の先生は渋い顔をしているが、聞きに来る生徒が非常に熱心で何も言えないのだという。
あれから私達はクレー先生の部屋に入り浸る日々が続いていた。
「クレー先生。試験範囲広過ぎじゃないですか?」
そうぼやくのはステイシーだ。
「適切な量ですよ」
「普通の試験だとこのくらいじゃない?」
「そうですね。私も普通だと」
「嘘……」
試験を受けられない私とエイダにも指摘され、ステイシーは絶句した。
「ステイシー。私が見てあげる」
「ありがと、シェリル!」
するとその光景を見ていたクルー先生が笑った。
「面白いですねぇ。魔法学を取っている人が出来なくて、取っていない貴女達が出来るなんて」
「私は座学が苦手なんです!」
睨みつけるステイシーをまるで猫でも見るかの様に、クルー先生が口を開いた。
「シランキオの血が混ざってるなら、勤勉だと思っておりました」
クルー先生の言葉に、私とステイシーは反論する。
「そうでもないですよ。シランキオ人は元々武人の国ですから」
「特にうちは代々、シランキオもテナージャも武人の家系なので」
ステイシーが答えるとクルー先生は納得した様だ。
「なるほど。そういう事ですか」
テナージャ人もシランキオ人に対して偏見があるのだと、この日改めて知る事が出来た。
ふと、先生の事が気になり、私はクルー先生に軽い疑問をぶつけて見た。
「先生はどうなのです? 平民でも文官の家系とか?」
「私は農民の出ですよ」
すると、全員で驚き大声が出てしまった。
「えぇ!? イメージないです」
「ハハッ。よく言われます。農民でも体力がないし役に立たなくて。座学が得意で魔法を研究する事に興味があったから、必死に勉強して魔法学研究所に入ったのですよ」
「はー……すごいですね」
魔法学研究所に入るのは、貴族の令息令嬢がほとんどだ。平民となると、途端に入所試験の内容が跳ね上がりかなりの難関と聞く。
「ただ、唯一欲しくなかったのは爵位ですね」
「え!? どうしてですか?」
「普通は欲しいでしょう。特に貴女達は貴族ですし。でも、私に取っては邪魔なのですよ。貴族言葉や貴族の礼儀、ダンスまで……あぁ……面倒な事が多い」
「た……確かに」
同調したのはステイシーだった。
「だからね。最初にアストリーさんが来た時に言ってた事がよく分かるのですよ」
「何て仰ったのです?」
エイダも会話が気になっていた様だ。
「社交界が合いそうにないと、修道女になりたいと仰ったのですよ」
「え……」
私を見るエイダの目が絶望的だった。
「どうして皆そんな目で見るの?」
「いや……行きたいなんていう奴が変」
「ただの平民からしても、修道院に進んで入りたいという人は異常ですねぇ」
「えぇ!?」
思わず大声を上げたが、私に同調する人は一人も居なかった。
テナーキオ歴 百十五年 春
学園生活にすっかり慣れたと思ったら、社交シーズンが近づいていた。
社交シーズン中は王都に邸がある人のみ、帰宅する事が許されている。この間は授業もまばらで、単位が取れる範囲で休んでも良い事になっている。特に建国パーティーの後は完全に休みになるなど、配慮されているのだ。
「建国パーティーで会えるといいね」
「あそこ……だだっ広いよねぇ。会えたら奇跡?」
「そうですね。待ち合わせしましょうか?」
「良いねぇ。どこでする?」
「私の家はいつもドラゴンの像の前」
「そうなんだ。うちは鳥」
「私は狼の像です」
皆見事に分かれていた。そして私はあまり会いたくないあの人の事を思い出す。
「ねぇ。私あまり会いたくない人が居るんだ。だから、いつもの場所とは反対にある狼の像がいいんだけど……」
「良いよ~。私だけでも行くわ」
「では、狼の像の前で」
今まで億劫だった建国パーティーが初めて楽しみになった。
建国パーティー当日。
用意したドレスは何と桃色だった。
「……似合わないかなぁ?」
「とっても似合うわよ」
「どうしてこの色? 昨年は水色だったよね?」
「……フィランダー様が異常に喜んだから……嫌になって……」
「あぁ、なるほど」
「俺の色を選んでくれたなんて……嬉しいなぁ」と言ってきたので眉を顰めるながら顔を見ると、フィランダーが水色の瞳だった事に今更ながら気づいてしまった。
「これなら何も言ってこないでしょ」
「いや……シェリルは男心が分かってないね」
「え?」
「いいから行きましょ。早く行った方が良いわ」
お母様に促され、家族全員で馬車に乗り込んだ。
会場に着くと家族に「今日は狼の像の前で友人と待ち合わせている」と言ったら、「良かったわね。じゃあご挨拶しないと」と初めて狼の像の前へ向かった。
中に入ると、すでにエイダの家族が狼の像の前に居た。
「エイダ!」
「シェリル!」
エイダは緑のドレスに身を包んでいた。一緒にいたのは両親と二人の兄だという。
「バーリス伯爵でしたか」
「アストリー伯爵。お久しぶりですな」
「娘になかなか友人が出来なかったので、心配していたのだが……貴方のご令嬢が友人とは……僥倖です」
「こちらこそ。娘はなかなか内向きな性格でしてな。貴方のご令嬢が仲良くしてくれて助かっているのですよ」
同じシランキオ派という事で、親同士がぶつかる事なく挨拶が済んだ。
さて問題はステイシーだ。
「シェリル、エイダ」
「ステイシー。……一人?」
鮮やかな青のドレスに身を包んだステイシーの側には誰も居なかった。
「うちは他に挨拶する相手がいるから一人で行けってさ。……ごめんね」
「ううん。親同士でトラブルにならなくて良かったよ」
ステイシーの家は中立派。正確にはテナーキオ派だが、その派閥はシランキオ派と仲が良いとされている。しかし中には魔力が無い事を理由に避ける家もある。
「ステイシーは……大丈夫なの?」
「ん? 平気。うちはテナーキオ派との挨拶を重要視しているだけ。誤解しているみたいだけど、シランキオ派とも仲良くしてるよ。あのさ。それよりシェリルが会いたくない人って誰?」
「それは……」
すると視界に金髪の頭が見え、嫌な予感がしてそちらをみると、微笑みながら近づいてくるフィランダーがそこに居た。




