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12 魔法学の先生



 ある日、ステイシーが魔法学の授業に行きたくないと駄々を捏ね始めた。


「行きたくない行きたくない行きたくない……」

「何言ってるの! 受けれるだけ良いじゃない」

「そう言えるの、シェリルだけだからね」


 魔法学の授業は座学。しかも先生の声が眠気を誘ってひたすらしんどいらしい。


「これが必須じゃなければなぁ……」

「ねぇ。その先生って、優しそうな方?」

「え……うん。そうだよ。何で?」

「魔法について勉強したいの」

「魔力ないのに?」

「魔力がないから知りたいの。どういう事が出来るのか、どんな事が魔力がある人の常識なのかも知りたくって……だからステイシーお願い! 先生紹介して!!」

「それは良いけど……」

「その代わり、魔法学の勉強つき合ってあげる」

「乗ったぁ!!」


 そして私は魔法学の教師、リー・クルー先生をステイシーに紹介して貰った。







「珍しいですね。魔力がない方が魔法を知りたいとは」


 嬉しそうに出迎えてくれたのは、緩いウェーブの淡いエメラルドグリーンの髪に緑の瞳を持つ痩せ型の男だった。柔和な顔のおじ様という印象の接しやすそうな先生だ。


 突然だが、この国の爵位は上位から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵=騎士爵。

上位貴族と呼ばれるのは、公爵、侯爵、伯爵。

下位貴族と呼ばれるのは、子爵、男爵。

そして一番下で、一代限りの貴族と呼ばれるのは、準男爵と騎士爵だ。

準男爵は主に文官や学者、商人などに与えられる称号。同じ位の騎士爵は、平民出身の騎士や、実力のある冒険者などに贈られる。


 リー・クルー先生は元平民の準男爵。一代限りの貴族という称号を持つ魔法学研究所の職員だ。現在出向という形で学園に籍を置いているのだという。


「はい。実は私、修道女になるのが夢なのです」

「「修道女!?」」


 これには先生だけでなくステイシーにまで驚かれた。


「それでですね。修道院には孤児達もおります。その中に魔法が使える子が居てもおかしくはないでしょう。私の領地の修道院にはおりませんでしたが、今後来るかもしれません」

「それは……そうかも知れませんが……」


 私の言葉に歯切れ悪く返すクルー先生とステイシーが動揺してしまった。


「シェリル! それどころじゃないって!! どうして修道女なんかに」

「なんかって……素晴らしい職業じゃない」

「あそこは親に見限られる令嬢が行く所なんだよ。監獄みたいな所なんだよ。どうしてそんな所に行きたいの!?」


 グイグイくるステイシーだったが、私ははっきり自分の思いを伝える。


「……社交界が……合う気がしなくって。ただでさえ魔力がないのに、身体も弱いなんて……その上テナージャ人に蔑まれるのでしょう? 私が耐えられると思う?」

「うっ! それは……」


 ステイシーが目をそらすと、クルー先生が口を開いた。


「まぁ……修道女になると決まった事ではありませんから。ご両親も納得はしてないのでしょう?」

「……はい。領地に何かあれば援助してくれる家に嫁ぐ予定です。あと、結婚適齢期になっても相手がいない場合は修道院に行くと約束しております」

「そうですか。なら、その時はその時です。修道院に行かない道もあると分かったなら良いではありませんか」


 先生は上手く話をまとめてくれ、ようやく本題に入る事が出来た。







「魔法学の授業でしたね。良いですよ。積極的な生徒は大歓迎です」

「でも、お時間は大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。あまり言いたくはないのですが、放課後に訪ねてきてくれる人が居ないんです。念のために待機はしているのですが……なので私にとってもちょうど良いのですよ」


 「自分もテナージャ人ですが、テナージャ人は勤勉ではないので……さみしいです」とクルー先生は困り顔で答える。


「本当ですか! ではいつから……」

「いつでもどうぞ。会議の時以外はここにおりますから」


 にこやかな顔で言うクルー先生に、ステイシーが手を挙げた。


「私も一緒で良いですか?」

「あぁ……そうして貰えると有難いです」


 私は何が有難いのか分からなかったので聞いてみた。


「何の事?」

「二人きりになっちゃうでしょ!」

「あ……」


 婚約者以外の殿方と二人きりは貴族社会ではご法度。それが先生と生徒だとしても難しいのだ。


「ありがとう、ステイシー」

「どういたしまして」

「良い友人を持ちましたねぇ」


 クルー先生は、のんびりとした声で柔らかな笑みを作った。






 その次の日。テナージャ人の公爵令嬢がわざわざ私の元に来て、蔑んだ顔を向けてきた。


「貴女、昨日クルー先生の所に行ってたのですって? なぜ魔力もない貴女が魔法学の先生に関わるのかしら?」

「……魔法学を教わりたいからです。昨日はステイシー……ロドニー伯爵令嬢も一緒でした」

「ロドニー伯爵令嬢は良いのです。魔力がありますから。問題は貴女。魔力もない分際でどうして魔法学を教わろうなど……分不相応ですわ」


 周りに男がいるのにその態度で良いのかという目で見てしまったが、周りも彼女と同じ事を思っている様で、私に注目が注がれていた。


「『ない』から知りたいのです。学ぶ事はいけない事なのでしょうか?」

「そ……それは、いけませんわね。魔力がないのに必要ない事を学ぶなんて……」

「必要です。私達魔力なしは、魔力がある人の気持ちを知る事が出来ません。魔力がある人には常識でも、魔力がない人には分からないのです。なので自主的に学ぼうとクルー先生に相談した次第です」

「貴女方には知らなくて良い事です!!」

「いいえ。問われてもすぐ答えれられて当たり前の事を『私は知らない』という事になってしまいます。これこそ恥でしょう」


 公爵令嬢の顔がいつの間にか、真っ赤に染まっていた。言い返せず苛立ちが溜まったのだろう。私に公爵令嬢が手をあげようとしたその時……


「いけませんね。それは行き過ぎた行為だと思うのですが?」


 公爵令嬢の腕を掴んだのは、クルー先生だった。


「は……離しなさい!! 貴方は私よりも身分が低かったはずよ」

「いいえ。今はまだ私の方が上になります」


 クルー先生の言葉は、テナージャ人の生徒達を悪い意味で震撼させた。男子生徒の一人が大声で指摘する。


「いや! 貴方は私達より下だ! 確か名誉男爵だろう!!」

「そうだ!! 俺達よりも下な癖に……」

「貴方達はまだ貴族学園の生徒です。社交界ではお披露目が済んだだけの半人前ですよ」


 静かな声で発するクルー先生の声が、クラス中に響いた。


「一人前の貴族として認められるには学園卒業が最低条件。しかも君達はまだ、令息令嬢だ。少なくとも爵位を継承、またはそのご夫人にならなければ、上とは言えない。私は名誉男爵。爵位は最も下だが、爵位を継承していない君達よりは上です」


 「まさかそんな事も理解してなかったのですか」と呆れた眼差しで、クルー先生はテナージャ人の生徒達を見つめた。


「それに魔法学に興味ある方は、魔力がない方でも歓迎しますよ。単位は取れませんが、放課後で良ければいらしてください。……魔力がある方は興味がないみたいで、暇なのですよ」


 クルー先生の言葉に何も言えなくなった公爵令嬢は、悔しそうな顔をして私を睨みつけてから自分の席へと戻った。


 「ではまた放課後に」と私に微笑みかけると、クルー先生は教室を後にした。





登場人物紹介


名前 リー・クルー

所属 貴族 名誉男爵 元平民 魔法学研究所職員 現在学園に出向中

年齢 40歳

容姿

・髪 緩いウェーブの淡いエメラルドグリーン

・瞳 緑

・体型 痩せ型

・顔 柔和な顔

・身長 170cm

魔法 風魔法 高

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