10 不安
テナーキオ歴 百十四年 春
翌年の社交パーティーに行くと、私はまたフィランダーに見つかり渋々ダンスカードを差し出していた。
「他に良い女性はいないのですか?」
「貴女ほど興味深い女性はおりませんよ」
「よく回るお口で」
「貴女を褒め称える言葉ならすぐに出ますよ?」
「他のご令嬢達に睨まれるのでやめて欲しいのですが……それに今年は学園に行くので極力避けたかったのです」
「避けたい相手にはっきり言えるところがすごいですね」
「好かれたい訳ではありませんから」
私が淡々と言うと、フィランダーは「やっぱり面白い人だ」と更に笑みを深くする。しかしダンスカードを見せた事で顔を顰めた。
「……今回はお兄様が踊るのではないのですか?」
「はい。お兄様のご学友と……先程会ったばかりで、挨拶ついでに書いてくれただけだと思います」
「……ファーストダンスは俺も踊った事がないのに……」
悔しそうに言うフィランダーに私は首を傾げる。
「一曲目も二曲目も同じではありませんか」
「……貴女はまだ知らないのですか? ファーストダンスに選ぶのは大抵親しい相手と決まっております。家族だったり婚約者が一曲目を踊る事が多いのです」
「あぁ……言われてみれば、そうですね」
「……本当に興味がない様だ」
「社交界に留まりたいとは思っていないので」
するとフィランダーはこちらを向いて目を見開く。
「それは……平民と結婚したいと?」
「いいえ。修道院に入りたいのです。たまに訪ねて、併設されている孤児院の子ども達と遊んだり、勉強を教えたりしています」
「……どうして」
「どう……って……あまり、社交界の方と関わりたいと思った事がないのです。昨年の様な事もありますから、居たいとは思いませんね。心穏やかに過ごせないですから」
「……」
「でも我が家が資金難になった時は嫁ぎますよ」
「……良いのですか? それで」
「仕方がありませんから。ただでさえ身体が弱いですし、それくらいで済むなら。多少わがまま聞いてくれれば、十分です」
「これで諦めてくれるかな」と思ったが、反対に目がギラついていた。……恐い。
「もしそうなったら、すぐにうちに来てもらえる様努力します」
満面の笑みがなぜか腹黒いものに見えて、私は悪寒を感じた。
そんな社交シーズンも過ぎ、特に友人も作れないまま私の学園入学が近づいていた。
貴族の令息令嬢は十六歳になる年から十八歳になる年までの三年間、王都近郊にある王立貴族学園に入学する決まりになっている。なぜ義務かと言うと、それはテナージャ人に問題があったからだ。
元々私の親世代までは十六で学園を卒業していたのだが、知性が偏っており、テナージャ人系の人達がかなり劣っている事が分かったのだ。これに昔から憂いを感じていた国王が貴族の学園入学の歳を引き上げて、貴族学園でしっかり勉強する事を義務付けた。
なぜ年齢を上げたかと言うと、それだけテナージャ人の知性がお粗末なもので、しかも道徳心に欠けお酒に絡んだ不祥事も多く、テナージャ人系の人達は認めざるをえなかったらしい。
そして私は今、アストリー領の修道院に行って子ども達の勉強を見たり、バザーで売る用のハンカチに刺繍して提出したり、着々と修道院に入る準備もしている。
「シェリルお姉ちゃんは……貴族学園に行くの?」
修道院に併設されている孤児院にいる女の子だ。私に懐いてくれている様で良くくっついてくる。
「うん、そうだよ」
「大丈夫なのかよ。すぐぶっ倒れるんじゃねーの?」
よく一緒に剣の稽古をしているガキ大将の男の子が、ぶっきらぼうな口調をしつつ心配してくれた。
「うっ! 可能性はある」
「大丈夫? 行かないでずっとここに居よう」
「居たいけど~……それは難しいなぁ」
「……テナージャの奴らに舐められるんじゃねーぞ」
「貴方もテナージャ人の子がここに来ても虐めないでね」
「……そいつ次第だな」
アストリー領に住んでいるのはほぼシランキオ人だ。この孤児院に居る子達も皆シランキオ人。たまにテナージャ人の商人や貴族らしき人が慈善活動として訪れるそうなのだが、あからさまにこちらを見下す態度らしく、それを見ていた孤児達はテナージャ人に対し苦手意識が強いのだ。
「しっかり学園で学んで来るからね」
「倒れすぎて頭がバカになるんじゃねーの?」
からかった少年を修道女が後ろから近づき少年の頭にゲンコツを落とした。
ゴツン
「痛……ってぇ」
「こら! なんて事言うの!! ごめんなさい。この子ったら……」
「いえ……心配してくれているのは伝わってきたので……」
私の言葉を聞いて、顔を赤くした少年はさっさとその場を去ってしまった。
「もう、相変わらずで……」
「いつもの調子で話してくれて、こちらは心が解れた気分です。やっぱりちょっと不安ですから」
事前に友人が一人も作れなかった事は痛かった。ただ、友人が作れても一緒のクラスになれるか分からない。私は開き直る事にしたのだが、不安は拭えなかった。
「教会にはテナージャ人も居ますが、様々ですよ。今は混血も多いので案外気さくに話してくれる方も居るかと思います」
「そうですか。あ! もう帰らなきゃ」
「シェリル様。頑張ってくださいね」
「……はい!」
私は修道院の方達から勇気を貰い、その三日後、王都へと向かった。
夢の修道院ライフはすぐそこ。子ども達のために貴族学園で役に立つ知識を身につけて来るからね!!
ぶっちゃけるとアストリー領の修道院シーンはここまでになります。(主人公が修道女になりたいって言ってるのに……)
この後のシーンは主に学園とパーティー中心です。
次回はいよいよ学園編。キャラクターも増えるので、お楽しみに。




