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09 魔法



 すぐに私を庇う様に立ったフィランダー。令嬢達はそれに戸惑いの表情を浮かべる。


「フィランダー様……」

「これは一体、どういう事でしょうか?」

「そ……それは……」

「貴女方はやり過ぎだ。これ以上醜態を晒したくなければ、去れ。今のうちなら不問にしよう。それと……もう俺に近づかないでくれるかな? 彼女にもね。もし破ったら、うちにも考えがある。……この意味、分かるね?」


 令嬢達は皆、青い顔になってその場を後にした。









「大丈夫ですか?」


 すぐにフィランダーが私に手を差し伸べる。


「大丈夫……じゃないです。……どうしてここに?」


 私は足に激痛が走り立ち上がれないでいた。それよりも気になったのはフィランダーだ。彼がたまたまここに居るのは不自然なので、私は少し警戒した。

 すると、フィランダーは立膝をついて口を開いた。


「……私に群がっていた令嬢達が、一斉に会場を出るところを目撃したのです。こそこそと行動していたのでおかしいと思い、ついて行きました。ですが途中見失ってしまいまして……王城で人気(ひとけ)のないところを探していたら、ここに」

「……こんな広いのに、よく分かりましたね」

「小さい頃の遊び場でしたから、少し詳しいだけです」

「遊び場……ですか?」

「王太子のご友人役だったのですよ。同い年ですから。父も居りましたし」


 そういえばフィランダーの父親は騎士団長だった。重役の息子なら王太子のご友人に選ばれても不思議ではない。……と思っていたら、ズキンと足が痛む。









「痛っ……」

「怪我? どこを?」

「足が……痛くて」


 フィランダーが私の足を確認するため、足を動かす。


「いっ……」

「捻挫ですね。骨には異常がないようだ。ここで治します」

「は?」


 「どうやって?」と思っていると、私の足に手をかざすとそれを包む様に水が出現した。「これが……魔法?」と私が呆然としているうちに水がまるでシャボン玉が弾ける様にポンポン音を立てて消えていった。これで治療が終わったらしい。


「案外軽かったようです。動かせますか?」

「は……はい」


 動かしても全く痛みを感じなかった。


「今のは……魔法ですか?」

「えぇ。シランキオ人には珍しいでしょうね。たまたま治癒魔法が使えただけですよ。出来ない人も多いので」

「そうなのですか……」


 私は立ち上がって足を確認するが、問題ないようだ。けれど倒れた時、真っ白なドレスに汚れがついてしまっていた。


「このままじゃ……」

「じっとしてて」


 するとまたフィランダーは魔法を使った。私のドレスに向かって手をかざすと、水に包まれた。そして水の色が若干変わると、またポンポンと音を立てて水が消える。ドレスを見ると汚れたところが分からないくらい綺麗になっていた。


「これも?」

「えぇ。魔法ですよ。俺は水魔法が使えますので、こんな事が出来ただけです」

「便利ですね」

「水魔法はかなり応用出来ますから。……それより、すみません。俺のせいで……」

「助けて頂いてありがとうございます。魔法でなかった事にしてくださったので、それで十分です」


 私が微笑むと、フィランダーは柔らかい顔に変わった。いつの間にか私は、フィランダーに対する警戒を解いている事に気がついた。


 とにかく怪我も治ったし、汚れも取れたから……いっか!


「……会場まで送ります」

「あ、お願いします。会場に戻れる自信がなくて……」

「広いですからね」


 城が自分の庭の様だというフィランダーと一緒に、会場まで戻った。







「シェリル!」


 会場に入るとすぐにお兄様がこちらに来た。


「どこ行っていたんだ」

「ごめんなさい。……絡まれてしまって……」


 するとお兄様はフィランダーに目を向ける。


「もしかして……貴方の取り巻きに?」

「申し訳ない」


 お兄様は眉を顰めながら、フィランダーに向いて口を開いた。


「妹を巻き込まないで頂きたい。ただでさえ身体が弱いんです。妹と接したいのなら、身辺整理してください」

「……肝に銘じます」

「シェリル。行くよ」

「え……あ、フィランダー様。色々ありがとうございました。では」


 私は兄に引っ張られる様に、その場を後にした。







 無事パーティーが終わり、私達家族は馬車で王家の屋敷に到着した。


「うぅ……もう寝たい」


 私の呟きにすぐに気づいたお母様は使用人達を呼んだ。


「寝なさい。貴女達、シェリルを部屋に」

「かしこまりました」


 領から連れてきた侍女達が私を部屋に連れて行ってくれた。部屋に入るとすぐにドレスを脱がされ寝間着に変えられた。そして急いで寝支度を整える。


「さぁ。もう寝てください。明日はゆっくり寝ていてくださいね」

「うん。ありがとう」


 明日の私が熱を出すのを見越している侍女を見て、安心してベッドに潜った。


 翌日。

 私はやっぱり熱を出してしまった。しかもそれが数日続き、その後予定していたお茶会やパーティーにも出席出来ずにいた。


 結局出席出来たのは我がアリスター伯爵家主催のパーティーのみ。なのでシランキオ派の貴族しかおらず、同世代の方々はもうグループが出来上がり、中へ入って行く事が出来ずに終わった。


 そしてシーズンが終わったと同時に、お兄様の学園生活も夏休みに入り、家族全員で領に戻ったのだ。







 実はフィランダーの実家であるヘインズ侯爵家から個人的なお茶のお誘いもあったのだが、その時は熱がまだ下がっていない時だったので、お断りしたそう。本当はパーティーに誘いたかったらしい。けれど、彼は中立派でも「中立のテナージャ派」だ。お茶会もギリギリのラインなのだと父に聞いた。

 その後、フィランダーから結婚を前提とした婚約の申し込みがあったらしい。しかしデビュー直後に同世代ではない方からの申し込みは醜聞に繋がるとの事で保留となった。


 保留にした理由はそれだけではない。パーティーで私がフィランダーの取り巻きに被害を受けた事はお父様の耳にも入っており、「今はシェリルの気持ちを尊重したい」と言ってくれた。


 フィランダーが悪い人ではない。しかし周りの女性をどうにかしないと、彼に近づいただけで攻撃されそうだ。それに私は社交界を去りたいので、婚約者になんかなりたくない。


 いまだに私は、修道女になりたい思いは変わらなかった。





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