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聖騎士団第三隊長は猫型妖精の王に勝てない  作者: 書庫裏真朱麻呂


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3/3

後編

ジャンルを異世界恋愛に変更しました。

「お嬢さん、差し支えなければ、どうか我と仮契約を結んではくれまいか」

 そう言いながら、ヒルダとエズメを庇うように彼女たちの前に立った背中は、絹よりも滑らかな毛並みに覆われ、ふさりとした尾もあった。身体ごと振り返った彼は、見たこともないほど美しい猫だった。

「魔女に刺したナイフは痺れ薬付きだが、あまり長く保たない。今のうちに、我に仮の名と、貴女の手を取る許可を――」

 ヒルダは苦しい中で、目の前の猫型妖精(ケット・シー)の王に付ける仮の名を考えた。黒い毛並みに、白い腹部。それは、ヒルダが好きな名店のボンボンショコラに似ていた。

「……ボンボンショコラ。私の、手に、キスを」

「喜んで」

 猫型妖精(ケット・シー)の王がさっとヒルダに跪き、ヒルダの伸ばした手を取った。猫特有の少し尖った口先がつん、とヒルダの手の甲に当たった。同時に、ヒルダを苦しめていた下腹部の痛みがすぅっと消えた。

「随分無理をしていたのだな。今は仮契約なので、軽い痛み止めの魔法しか使えなくて済まない」

「これで、充分だ。二人で、あの魔女を何とかしよう」

 ヒルダは立ち上がり、槌矛(メイス)を握り直した。

「承知した」

 猫型妖精(ケット・シー)の王も、改めて魔女に向き直った。

「お前は我が末弟を死に追いやった魔女ではないが、あの日以来、我は魔女という魔女を生かしてはおかぬと固く決めたのだ。覚悟せよ」

 ヒルダの槌矛(メイス)が唸り、それを躱した魔女を、猫型妖精(ケット・シー)の魔法が追撃する。焦れた魔女がエズメを人質にしようと近付いた時、逆にエズメの手が魔女を掴んだ。護り指輪を嵌めた利き手で。

 焼き鏝を当てられたかのように叫びもがく魔女を、そのまま必死に床にねじ倒したエズメが叫んだ。

「今よ、二人とも!」

 ヒルダは光り輝く槌矛(メイス)の先端を魔女に押し当て、猫型妖精(ケット・シー)の王が、悪霊と魔女の魂を捕獲する魔法を発動させた。

 魂を失って虚ろになった少女の肉体は、ヒルダの破魔の力に耐えきれず、ボロボロと崩れていった。


「さて、麗しき人よ、我は貴女と正式な契約を結びたいのだが」

 磔にされていた他の団員たちを解放し(これが一番大変だった)、任務を終わらせた後、猫型妖精(ケット・シー)の王に改めてそう請われたヒルダは、つい素直に頷いてしまった。猫型妖精(ケット・シー)の王の魅力に抗えなかったのだ。……彼女は無類の猫好きだったので。

 ヒルダは猫型妖精(ケット・シー)の王、オシアンと主従契約を結び、以来、行動を共にすることになった。

 

 アンバーコーブから帰還してすぐに、父の殉職を報された時も。旧大陸での任務中、妹が赤ん坊を遺して産褥で亡くなったと聞かされた時も。オシアンは、いつもヒルダに寄り添い、支えてくれた。

 それに、ヒルダの大切なものは、オシアンも必ず尊重してくれた。例えば、モリーのことがそうだ。

 歩き出したばかりのモリーが、大人たちの目を盗んで箪笥の上によじ登り、その一番上から危うく転げ落ちそうになった時は、咄嗟に人間の姿で抱き止めてくれた。その時に、彼は良い父親になるだろうな、と思ったことを、実はヒルダは今でもはっきりと覚えている。

 それに今でも毎日、オシアンはヒルダの食事を手ずから作ってくれる。かつての大怪我の後遺症を抑えるためには体質改善が不可欠だから、と。

 そういう関係に名前を付けて、もっと確かなものにしたいと言ったら、彼は何と答えるのだろうか。


「今更、愛していると言っても良いと思う?」

 ヒルダはおずおずとエズメにそう聞いた。エズメの答えは明快だった。

「むしろ、早く伝えるべきよ」

 ヒルダは少し怯んだ。

「……年齢とか、子どもの問題とか、色々あると思うんだが」

 エズメは少女のように鼻を鳴らした。普段の、威厳ある教授らしい態度とは違う、素の表情だ。

「私だって、もう子どもを産める歳ではないわ。それでも良い出会いさえあれば、すぐにも結婚する気はあるのよ。だからね、ヒルダ。この際だから言わせてもらうけれど、貴女がそんな理由でうじうじするのなら、それは私に対しても、貴女自身に対しても失礼よ」

「……ごめん」

 ヒルダは思わず謝った。それから二人は、どちらからともなく、くすくすと笑い合った。

 *      *

 オシアンが帰って来たのは、空が白み始めた頃だった。

 彼は慌てていたのか、珍しく人間の姿でヒルダの部屋に顔を出した。これから別室で昼まで休むと言うエズメに対して、遅くなった謝罪と遅くまでヒルダの側についていてくれた礼を丁重に述べ、エズメが笑顔で別室に引きあげても、まだそのことに気付かないらしかった。

「済まない、君が起きる前には帰って来たかったのだが」

 憂い顔のオシアンに少し見惚れた後、ヒルダは少し慌てて返事をした。

「……いや、実は眠れなかったんだ。ずっと考えていたことがあってね。エズメに、頭の中を片付けるのを手伝って貰っていたんだ」

 オシアンがヒルダの顔を覗き込んだ。

「それほど君を悩ませるものが、何なのか。我にも話してほしいのだが」

 ヒルダは少したじろいた。オシアンの麗しい憂い顔が、あまりに近かったので。つい、いつもの猫の姿になってほしいと言おうかと思ったが、それでは駄目だと思い直した。……深く、二つほど深呼吸して、少し息を止めてから、彼女は覚悟を決めた。

「……ボンボンショコラ。いや、オシアン。私が、君と結ばれたいと願うことは、許されるのかな?」

 オシアンは最初、何を言われたのか分からない様子でヒルダを見つめていた。

「その、私は多分、ずっと前から君を、愛していたみたいなんだ」

 そうヒルダが告げると、オシアンのペリドットの瞳が幸福に輝きだした。彼は何も言わなかったが、その瞳と、ヒルダを包み込むように抱きしめた腕が、答えを表していた。


「……ヒルダ。輝かしい我が紅玉。我は、幸福な夢を見ているのだろうか?」

「……疑うなら、頬を抓ってやろうか?」

 オシアンの腕の中、ヒルダが拗ねてそう言うと、オシアンは頼む、と頬を差し出した。ヒルダが軽く抓ってやると、オシアンは嬉しそうにくつくつと笑った。

「なるほど、確かに夢ではないようだ」

 夢ではないことを確かめるようにオシアンはヒルダの顔を覗き込み、そしてしっかりとヒルダを胸に引き寄せて抱きしめ直すと、幸せそうにヒルダの髪を撫で始めた。

 ヒルダは尋ねた。

「良いのか。私は子どもは産めないし、オシアンと長く一緒にいられないけれど」

「子を産めるか否か、そのようなことで君の価値が左右されるとでも?」

「だって君は王じゃないか。世継ぎは必要ないのか?」

 オシアンはそう問うヒルダの手を取り、徐ろに口づけてから答えた。

猫型妖精(ケット・シー)は実力主義だ。我の消滅後は、新たに力ある者が王になるだけだ。我もそうだった。それに、我は君の魂の輝きを忘れることも、見紛うこともない。君が何度生まれ変わろうと、我は必ず、最愛の君の側に在るだろう。たとえ、君が何処で、何に生まれ変わろうと」

「……勝てないなぁ、ボンボンショコラには」

 ヒルダはそう呟き、しばらくオシアンが彼女の髪に顔を埋めるままにしておいた。彼女ももう少し、彼の腕の中で、彼の高鳴る鼓動を聞いていたかったので。

  *       *

 一週間後、ヒルダからの手紙を受け取ったモリーは、ヒルダがオシアンと結婚することにした、という内容にもはや驚かなかった。

「うん、まぁ、そう在るべきよね。世界の平和のためにも」

 訳知り顔に頷いた後、彼女はこのように返事を書いた。

――おめでとうございます。来年の私の結婚式には、どうぞご夫婦でおいでくださいね。

 果たして上手く書けたかどうか……。とはいえ、私自身はやっと書き上げて満足しております。

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― 新着の感想 ―
おめでとうございます! こちらが盛大にニヤけてしまいました╰(*´︶`*)╯ たぶんオシアンも夜の散歩だと言って、暗がりでひとりにやにやし出来るのかなぁなんて勝手に余韻を楽しませていただきました。大人…
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