012_03_知りたくなかった君のこと
「動かないで下さいね、将軍。言っておきますが、この距離なら閣下が踏み込む間に、彼女を盾にするくらいは俺でもできますよ」
ミライを助けようと飛び掛かろうとしていたツバサとわたしを牽制するように、ミライの首筋にぎゅっとナイフを押し付け、カンがにやりと嗤った。それを聞いて、ツバサが足を止める。もちろん、わたしも。
「おいおい、何の真似だよ! 何で味方に対して人質取ってんだ?」
シンさんが呆れたような半笑いでカンに尋ねた。わたしにもさっぱり意味が分からない。カンはカンでシンさんに――というか、この場の事態が呑み込めていない人全員に――対して、呆れた顔でごく短くため息をついた。
「シンさん達も、動かないで下さいね。彼女、死んだら困るでしょう? 何せそのためにわざわざこんなところまで探しに来たわけですから。彼女は大事なゲートの鍵、まあ俺も困らなくもありませんけど、それならそれで、ね?
ああ、何で人質を取ってるか、でしたね。交渉のためですよ、あなた方、強硬派との」
「交渉、だと?」
「交渉?」
シンさんとわたしの声が重なった。どういうことか、とわたしやシンさんが問い詰めようとするより早く、
「話を聞こうか」
ショウさんが短く、冷たく言った。カンはミライを拘束したまま、満足気に小さくうなずいた。
「彼女と、俺の手に入れたゲート関連の情報、それらをお渡ししますから、俺も強硬派に入れてくれませんか?」
カンの口から出たのはそんな、信じられないような言葉だった。何を言っているのか、理解できない。でもそれはショウさんも同じだったみたい。
「何故だ? とにかくこちらの世界に関わらないのが穏健派の方針だろう? いや……白騎士団の場合は少し違うな。そいつらを助けたいんだったか?」
彼は眉根を寄せて尋ねた。その質問に、カンは呆れたように短く息を吐いて、
「彼らを助ける? 俺が? 一体、何を言っているんです? 彼らと行動しているのはあくまで、彼らが超越者の遺跡や遺産の情報を持っていたからですよ!」
と冷たく、きっぱりと答えた。
「遺跡を発見して、ここが異世界だと知った時、もっと深く超越者の遺産について知りたいのなら、と誘われて白騎士団に入団したんですよ。俺が入団したのは超越者達の文明の探求のためで、竜人になんぞ興味無かったんだ。なのに最近じゃ彼らのことがNMI。破壊神の復活を止める、だって?
何で俺が勇者ごっこに付き合わなきゃならないんです? 冗談じゃないッ!」
心底嫌そうに吐き捨てるカンを、わたしはただぼんやりと眺めていることしかできなかった。そんな風に思ってたなんて。たくさん言いたいことはあるはずなのに、どうしてだろう、唇が震えるだけで言葉が何も出てこない。そんなわたしを尻目に、彼はさらに続ける。
「ショウさん達は宝剣――最後の遺跡の封印を解く鍵――を押さえていますよね。それに、様々な遺産を持ち返ろうとしている。俺に必要な物は、そちらが持っている。ですから――」
「ハッ、そういう事かよ。お前、そっちの嬢ちゃんと違って騎士団の会合の時も全く興味ねぇって顔してると思ったら!
辛いよなぁ、自分の欲望をひたすら抑えて、決して自分の事を理解できねぇ奴らと一緒に、下らねぇ遊びに付き合わされなきゃなんねぇなんてよ!」
カンが言い終わるより早く、シンさんが楽しそうに嗤って、腕を広げた。シンさんは、カンを仲間に引き入れることに賛成のようだった。隣でタクさんも、ニヤニヤしながらうなずいている。ショウさんは、まだ顔をしかめていた。
「お前、レイお気に入りの白騎士団員だろう? 欲しい情報を的確に集めてくれると奴は随分喜んでいたが、良いのか?」
彼は怪訝な顔でカンに尋ねた。カンはぎゅっと唇を噛んで、ショウさんを睨みつけた。
「俺は動けないあの人の代わりに情報集めをしているわけじゃありません。俺がフォルトゥナの謎を解明しているんです。俺はあの人の下位互換じゃない!」
いつになく苛立って、強い調子で答えるカンに、ショウさんも最初こそ戸惑っていたものの、やがて満足気な笑みを浮かべた。そして、じっと彼の目を覗き込むと、
「そうか! それなら歓迎しよう!! きっと君が、一番情報を持っているはずだから」
ポン、と楽しそうに手を打った。
「有難うございます」
カンは唇の端を歪めると、力を込めてミライを引きずり、敵であったはずの強硬派の方へ近づいていった。
「放して! 放してよ! 私は――」
ミライは抵抗していたけれど、彼女の力ではどうにもならなかった。助けに行きたいけど、でもここで動いたら彼女は助からないかもしれない。カンがそんなことするなんて信じられない。信じられない、けど……。彼は叫ぶミライに、ナイフをもう一度突き付ける。
「今更、破壊神を復活させたくない、なんて言うのかい? 自分を裏切ったと思ってた男とよりを戻せそうだから、そうするって? 楽しい事があるのなら、生きていたい?
……身勝手な話だな!」
「……!!」
冷たい嘲りに、ミライが声を詰まらせる。わたしもツバサも動けなかった。ツバサはじっと、ミライの方を見ている。助けるチャンスをうかがっているのかな。
緊張が走る中、なぜだかふっと、帝都に遺産があるって聞いた時、行けないのが残念だと嘆いていたカンの顔が思い出された。彼は遺跡や遺産のことになると目の色を変えていたっけ。物凄く興味を持ってて、そういう話の時だけはやたらやる気だった。
だけど、それが最優先じゃあなかったはずだ。なんだかんだ、言い方はアレだけど、それでも結構ミライ達の事を気にかけてたじゃないか。
「そんなに、遺産が大事? 誰かを傷つけ――」
わたしの問いを、彼の乾いた嘲笑が遮った。
「愚問だね。恐らくは初めて遭遇する、地球外の知的生命体の文明、それもこっちよりも進んでいるであろう文明に興味を持たない人間なんていると思うのかい? 未だ持っていない知識や技術、知りたいと思うのが当然だ!」
彼ははっきりした声で強く言った。そんな……。強硬派と――異世界の財宝を手に入れて売り飛ばそうなんて考えてる人達と――同じだなんて、わたしは思いたくない。思いたくないのに。
「侵略する気はないって、言ってたよね? この世界を滅ぼす気も、誰かを傷つけるつもりもないって、言ってたよね? この世界になるべく、影響を与えたくないって、そう言ってたよね?
全部、嘘だったの!?」
「嘘? 嘘なんて基本的にはつかないよ。つき通せるほど自分が器用ではないことは承知しているんだ。
でもこうも言ったはずだろ、もう全く影響を与えないことは不可能だ、と。
まあ、言った言わない、なんて五指に入る無駄な話だから、これ以上は止めようか」
問い詰め寄るわたしを彼は相変わらずの乾いた笑いで受け流した。わたしは思わず体を強張らせて、一歩後ずさる。頭の中に、いろんな考えが浮かんでは消える。最初から、こうするつもりだった? 宝剣を探すときにジョー達に近づいたのも、ホントはこのため? 最近ログイン時間をわたしとずらしてたのは、こうする算段を立てるため?
「裏切った、の……?」
浮かんだ疑いを、嫌な考えを否定してほしくて、わたしは恐る恐る尋ねた。わたしの問いにも彼は一切表情を変えなかった。
「裏切るも何も、そもそもそんな関係でもないだろ? 残念ながら俺は君の友達でも、恋人でもない。ただ君が来た場所に居ただけ。目的は違うものの、手段が同じだから一緒に動いていただけ。
目的を果たすために、今はもっといい手段が取れる。だからそっちを取る、それだけさ」
否定、しないんだね。彼の言葉に嘘は見当たらない。自分で嘘はつかない、と言ってたくらいだし、きっとホントのことなんだ。嘘だって思いたくてずっと探しているのは、わたしなんだ。もう、何も言えなかった。
「これ以上馬鹿な事を言うな。お前はそんな奴じゃない。幸福な未来を放せ。取り返しがつかなくなる前に、二人で戻って来るんだ」
ツバサが落ち着いた、でも力強い声でカンに語りかけた。だけど、彼はそれを軽く笑い飛ばした。
「……どんな奴だと思っているんだか。
でも良かったね、ミライさん。どうやら閣下は君を助けたいらしい。とりあえず、今は。
だけど、今後はどうだろうね? 本当のところ彼は何も変わっていない。変わったのは状況の方、それだけだよ。また昔のような選択を迫られたら、彼は君を選ぶかな? 選ばれなかったら、また破壊神を復活させようと思うのかい?」
嫌な笑みを貼りつかせて、ナイフを首筋に突きつけたまま、カンはミライを横目で見た。ミライはしばらく黙っていたけれど、やがてふっと顔を上げ、
「そうね……もういい、それ以上、何も言わないで。貴方の言いたい事は分かったわ。
馬鹿みたい。そうよ、何も変わっていない。変わっていないわ。
幸福か不幸か、不確かな未来なんて要らなかったのよ。私は確かなものが欲しかった。丁度宝剣も手に入るのだもの、これできっと、私の本当の望みも叶えられる」
と、全てを悟ったように呟いた。
「ミライ!? 何言ってるの!? まさか、破壊神――」
「……ああ、でも丁度儀式の時期を逃してしまったのが残念ね。破壊神の時はもう遠ざかってしまった。彼の力が最も高まる時を待たなければいけないなんて」
ミライはどこか吹っ切れたように短く息を吐くと、残念そうに呟いた。
「ねえ、そこの黒雲。貴方もあの男を倒したいみたいだけれど、止めてもらえるかしら? あの男には最後まで見ていて欲しいのよ。そうでなければ、私の望みは叶わない」
彼女は最初に遺跡で会った時のように、その綺麗な紫の瞳に暗い憎悪の色を浮かべて、さっきから殺意全開でツバサを睨みつけているシンさんを見た。
「あぁ!? 何言ってやがる! お前、そんなことを頼める立場かよ!」
シンさんが凄む。ミライはそれに怯まず、黙れ、というように彼を一瞥した。シンさんが思わず息を呑むのが聞こえた。
「いいじゃありませんか。帝国侵攻に向け後顧の憂いを断ち、万全にしておきたいシンさんの考えは分かりますよ。
でも彼らが彼女を助けに来たときに返り討ちにするくらい、金騎士団なら余裕でしょう? だったら彼女の願いを聞いて、素直に協力してもらった方が楽では?
まあ、もっと単純に、返り討ちにする方が絶望感があって面白いと思いますよ。個人的にはそっちを推しますけど」
にやりと嗤って、愉しそうにカンはシンさんに答えた。その様子を見たショウさんは最初戸惑った顔をしていたけど、すぐに「やはり奴は見る目が無いな……」とごく小さく、でもどこか嬉しそうに呟いた。
「良いだろう。目的の物は手に入れたんだ。お前達は見逃してやろう。金騎士団も、それでいいな?」
ショウさんは冷たく言って、念を押すようにシンさんを見た。
「……だとよ。命拾いしたな。気が変わらねえうちに、とっとと去りな!」
軽く舌打ちして、シンさんが促した。ツバサがフランベルジュをざくりと大地に差し、くるりと踵を返すと、ミライに背を向け足早に遠ざかる。
「え? ちょっと、ツバサ! 待って!」
あまりにもあっさりと去るツバサの背中を、わたしは仕方なく追いかけた。
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