011_05_死者の都とリスクオン
「え? 何? 何かいた、の……?」
出口までもう少しの、少し広けたスペースに来たところで、ツバサが足を止めて、すごい顔で通路の向こうを睨みつけた。それでわたしも気になってそちらを振り向く。弾んだ声が聞こえてきた。
「ぅゎ、まぢ? あの竜人いんじゃん!! ウチの直感、めっちゃヤバくね!? なんかあると思ったけど、ウチがいっちばんたおしたいヤツがでてくるとかまぢヤバいし!」
フワフワとカールした明るい茶色の髪の可愛い女の子が、嬉しくてたまらないような笑みを浮かべて飛び跳ねていた。彼女は肩に担いだ、華奢な体に似つかわしくない鉄の塊とでも言った方が良いような、幅広で長く重そうな大剣をすっとこちらに向けて構えた。ツバサとミライが、それを見てぎょっとしていた。そんな顔をしたのは剣を向けられたから、じゃあなさそうだ。もっと……そうだな、幽霊とか、この世のものじゃない何かでも見ているみたい。でも、わたしにとっては見知った顔だ。
「セイ……! やめて! この人達は……その……ええと……そうだ、竜人に攻撃するのってペナルティ対象だから、ジョーからお説教くらうヤツじゃない!? それはめっちゃヤバくね!?」
本当の事は伝えてはいけない中で――というか、それを言っても多分信じないし、きっとそれで攻撃をやめてくれる訳じゃないんだろうけど――どうやって説得しようか悩んだあげく、出てきたのはそんな言葉だった。我ながら苦しい。セイは心底馬鹿にしたようにため息を吐いただけで、わたしには何も答えなかった。やっぱり、聞いてはくれないよね。もう、戦うしかない! そう決意して身構えたのも束の間、
「ちょーどいいからここでリベンジしてやるし!!」
そんなセイの声が聞こえるや否や、自分の足が地面から離れたのを感じた。体がコントロールを失って、なすすべなく床に叩きつけられる。一体何が起きたんだろう。急いで体を起こす。セイが今までに見たことの無いようなスピードで、猛然とツバサに飛び掛かるのが見えた。
「くっ……!?」
彼女の攻撃を受け止めはしたものの、思った以上の威力だったのか、驚いた様子でツバサは大きく後ろに飛んだ。
「黎明の翼!?」
ミライが心配そうに叫び、ツバサに駆け寄ろうとするけれど、ツバサが目でそれを制した。ツバサはいつもならすぐに反撃に移るはずなのに、そうしないのはセイの攻撃が効いているから、だったりするのかな? 心なしか、剣を持つ手に力が入っていないようにも見える。セイのことはいつもあっさり倒していたはずなのに、今回は違う。セイ、何かパワーアップしてる?
そういえば、装備が変わってる。いつもの白い革のビスチェじゃなくて、黒い金属製のいわゆるビキニアーマーだ。制服のマントもみんなで作った短いのではなく、長い。それがトゲトゲのついた肩当てから伸びて翻っている。見た目からするとはっきり言って前より守備力は下がってると思うんだけど、その分スピードと攻撃力がアップ、とか? っていうか胸の大きい子がその格好は破壊力が……ってそんなアホなこと考えてる場合じゃない!
「ツバサ、ミライを連れて早く! とにかく、彼女を守ってあげて!!」
そう叫びつつ、セイに向かって思いっきり踏み込む。わたしの攻撃は、あっさりとセイの大剣に阻まれ、彼女に届くことはなかった。ツバサよりずっと弱いわたしが勝てないのは分かる。でも、わたしなら勝てなくても、最悪ゲームオーバーなだけだ。二人が逃げる時間が稼げればいい。
「ってかパワーアップして、あの竜人にだって勝てるウチに向かってくるとか、まぢでバカじゃね?」
見下した笑みを浮かべて、ごく軽く、無造作に彼女は剣を振った。それだけでわたしはまた、吹っ飛ばされて床に叩きつけられることになった。こんなところで倒れてる場合じゃないのに。パワーアップした彼女に歯が立たないとしても、やらなくちゃ。とにかく、立ち上がらないと。
「竜人! にげてんじゃねーし! ってかにげるとかまぢありえんくね!? まあ、ウチはにが――あ"っ!?
べつにいたくねーけどなに!? うっざ!!」
セイは後頭部に手を当てて、くるりと振り向きながら剣を振った。ゴン、と音がして、粉々になった何かが飛び散った。その後ろで、驚きの声が上がった。
「ええ? 当たってもノーダメージ? あの剣片手で振るか? しかもマドカさんが投げた石を叩き斬った!? いやどうなってるんだそれ。いくら現実でないとはいえ物理的に有り得な――」
「現に起きたんだから、起こり得ることなのよ。カン、今は下らない事考えてないで彼らの足止め。リン、二人をお願い。一足先にクレーディトに――」
「セイ、ったく勝手に行動すんなよ……って、リンと……竜人? 何でここに……? そうか。オレらに隠れてリン達に遺跡探索させるための手だった、ってことかよ! ふざけた真似しやがって!」
セイを追いかけてきたカンとマドカさんに続けて、ジョーとリカという見慣れたパーティがやって来た。ジョーは怒り心頭、って感じにカンに向けて槍を繰り出す。カンはギリギリそれを避けた。今はミライもいるし、セイは謎のパワーアップをしているし、マドカさんの言う通り、二人が足止めしてくれている間に逃げよう。二人を促しつつ、警戒もしつつ出口へと急ぐ。
「自分がそうするように、他人も自分を利用するかもしれないとどうして考えないんだろうね? ハッ、随分な幸せ回路の持ち主じゃないか、意が……いっ!?」
皮肉交じり――いや全開かな――に笑い飛ばしていたカンの声は途中で途切れた。
「ふふ、やだなー。何中二気取りな事言っちゃってるかな? あんたみたいなのが頑張ってみたところで、ジョーはどうってことないからに決まってるじゃん。そこのコソ泥もろとも、今からあたし達で倒すんだし。利用したつもりでいるの? バッカじゃな……痛っ!
がっ……ごほっ……い……いきなり何すんのよこのゴリオネエ!!!」
何とも言えない鈍い音とともに、リカの余裕ぶった嘲笑からの悲鳴……からの怒声が聞こえてきた。攻撃したのはマドカさんで、多分躊躇の無い一撃だったんだろうな。それにしても言っちゃいけない台詞だと思う。
「いやぁねぇ。いくら自分が貧相だからって、アタシのパーフェクトボディをやっかむなんて。プッシュアップに励むことね。女は努力よ。
ってホントにもう……。カン、ちゃんと周りを見なさいよ。敵は一人じゃないのよ? カッコつけて煽って、あっさり横から攻撃されるなんてカッコ悪いったらないわ!
……まあいいわ、時間が無いんだもの、お説教は後よね。とにかくそのまな板と雰囲気イケメンは任せたわ。アタシはそこのハレンチギャルを止めるから」
色々言っちゃいけない台詞を言うが早いか、マドカさんがセイに飛び掛かるのが視界の端にちらりと見えた。
「はぁ!? ふざけんなし!! ちょ、ジョー、ってか竜人に逃げられる!! カンなんてほっといていいからこのゴリオネエをぶっころして早く竜人……ああもう無視とかまぢ……!
もういい、ウチがさっさとたおしてやるし!!!」
「その力、何をしたのか知らないけど、そう簡単にアンタみたいな小娘に負けるわけにはいかないのよねえ」
響き渡る戦いの音のは気になるけれど、せっかく二人がつくってくれたチャンスなんだ。わたしは出来る事をしなくちゃ。
最近逃げてばっかりな気がするけど、大切なのはここでの小競り合いに勝つことじゃないわけだし。とにかく、破壊神を止めるためにできることをしよう!!
そう、次に備えて今は退く! 素早く! 潔く!




