011_04_死者の都の盗掘者#2
「くっ……! やはり荒されているか……」
侵入者と鉢合わせることも特に危険な目に遭う事もなく、目的地らしい広間のような空間にたどり着いたところで、ツバサが悔しそうに呟いた。
広間の中央には石でできた長方形の棺らしきものが置かれていて、その脇に重そうな蓋が雑に転がっている。そして周りには石や土器の欠片や、古びた布だか紙だかの切れ端なんかが散らばっている。この状況、誰かが墓を暴いたってこと……? わたしが戸惑う間に、ツバサが急いで棺の方に走り寄った。
「……だめだ、奪われている。宝剣はおろか、何もかもだ!」
彼は悔しそうに首を振った。わたしは棺の中を確認する気にはどうしてもなれなかったので、どうなっていたのかはホントのところわからない。だけど……犯人は棺を開けて、奪っていったってことだよね。そんなヒドイことをするなんて!
でも考えてみたら、侵入者がFXの真相を知らないプレイヤーだとしたら、彼らにとってはこれはゲームのダンジョン探検なわけだから……むしろ積極的に開けてなんかイベント発生させるところ、なのか。それはそれでヒドイ話だなあ。
「そんな! 宝剣が無いなんて……! それじゃ、最後の封印が……」
ミライがぺたん、と床にへたり込み、顔を覆った。
「ねえ、ミライ。宝剣があれば、誰でも封印を解けるの?」
わたしはミライのそばに屈んで、床の上で小さく震えている彼女に静かに尋ねた。誰にでも封印が解けてしまうとなると、ここから宝剣を盗み出した誰かが破壊神の復活の儀式をもう進めてしまっているかもしれないから、そこは確認しておかなくちゃ。
「そうね……祭壇にたどり着くために手続きが必要だから、誰でも、とは言えないわ。でも……祭壇の場所が……宝玉を戻す位置が分かってしまえば……。貴女達黒雲には、そんなことは容易いのでしょう? だとしたら……だと、したら……」
彼女は声を詰まらせた。もう破壊神の復活なんて考えるのをやめて、復活を防ごうって決意したミライにとって、誰かに復活させられてしまうなんて辛いに決まってる。最後の遺跡、祭壇の場所、そこに行くための手続き、かあ……。それって分かってるのかな。カンなら何か……あ。
「前にミライに話を聞いた時、カンは3つ目の遺跡の場所、聞いてたよね。で、ミライは知ってても教えないって、答えなかった。カンが知らなかったってことは、多分みんな知らないんじゃないかな。彼が知らなくても、研究所が見つけてたら、白騎士団に調査を依頼してると思うんだよね。でもそれも無かったし。だからまだ見つかってないんじゃないかな」
わたしが言うと、ミライはぱっと顔を輝かせてこちらを見た。でも、すぐに首を振った。
「そうかもしれないけれど、すぐに見つかるかもしれないわ。楽観はできない」
「うん、そうだね……。でも、今は見つかってないと信じよう。で、今できる事に集中しよう。全部奪われちゃったのかもしれないけど、何か残ってるかもしれないし、手がかり、探してみようよ!」
とんとん、とミライの肩を軽く叩き、そう促すと、彼女は立ち上がって大きくうなずいた。英雄が何か残してないか、とか、犯人の手がかりとか、何でもいいから見つけなきゃ。そうだ、ここの写真も色々撮っておこう。後からカンやみんなに見て貰えるようにしとかなきゃ。
よし、探すぞ!
「あ! ここ、何か書いてある!! ミライ! ちょっと読んでくれない?」
入り口から一番遠い、棺の後ろ側の壁に何か文字らしきものが刻まれているのを見つけて、嬉しくなってわたしは叫んだ。アプリで読めなかったから、きっと超越者の文字だ。超越者の文字認識アプリは開発中でまだ無いんだって。だからミライに頼まないといけないんだよね。
「……もう一度彼女と……たかった。憂いの……未来を……。彼らが……理解……仕方……とはいえ……」
ミライが壁の文字をじっと見つめて、一生懸命読んでくれたのだけど、なんだか途切れ途切れでよく分からない。ミライは残念そうに首を振った。
「駄目ね、文字が欠けていて読めないわ。でも、超越者の文字がどうしてこんなところにあるのかしら? 普通の竜人には読み書きできないはずよ」
「そうだな……英雄にも超越者の文字が書けたとは思えない。書いたのは破壊神の完全封印のために来た超越者の男ではないだろうか。この場所は、英雄の墓になる前に牢獄として使われていた可能性もある。死者の都の一部に咎人を捕らえておくのはままあることだ」
腕組みをして、文字を見つめながらツバサが言った。捕らえて処刑したって話だったし、それもありそう。でも、だとすると一体――
「うわっ!? いきなり何!? 探検用情報端末が鳴ってる!? でもこんなうるさかったっけ!?」
超越者の男が残したっぽい文字について考えようとした矢先に、ギアがけたたましく鳴った。
「そっちこそ、一体何を慌てているのかしら? 何も聞こえないのに」
慌ててカバンからギアを引っ張り出すわたしに、ミライが不審者を見るような目を向けた。ツバサも怪訝な顔で見ている。そっか、これ、彼らには聞こえないんだ。ギアの画面には、メッセージ通知――緊急度が高い事を示す『!』マーク付き――が出ている。カンからだ。一体、何だろう? わたしは急いでメッセージを開く。
――セイさんが暴走中。道を作りながら何故かそちらに向かってる。思いの外足が速くて追い付けない。遺跡破壊の廉で通報したものの、運営が動くかは不明。速やかに撤退されたし。
なにこれ……変なメッセージだけど、とにかくセイがこっちに向かってるから逃げろってこと? セイがツバサと会っちゃったら、絶対リベンジに燃えちゃう! それは避けないと。
「大変! セイ――うーん、その、“敵”の黒雲――がこっちに向かってるって! 鉢合わせする前に、早く戻ろう!」
わたしの慌てた様子に状況のマズさを感じ取ったらしく、ツバサとミライは無言でうなずくと素早く出口の方に駆け出した。わたし達は急いで、元来た道を引き返す。
セイに会うことなく、無事に帰れるといいんだけど……。




