011_02_死者の都へレッツゴー#2
「まさか黎明の翼、なのか……? 皇帝に討たれたのではなかったのか……?」
力を込めて振り下ろした石の刃がついた木の剣――マカナ、だったかな――をツバサに止められて、紫の髪の戦士っぽい男は驚きの声をあげた。それを聞いたミライがぎゅっとフードを目深にかぶりなおし、わたしの後ろにさっと隠れる。彼女がとっさに見つからないようにしたってことは、二人と同郷の人なのかな。だってミライは戦勝祈願のイケニエという、彼ら戦士にとって重要な役目から逃げ出したわけだから、見つかったらきっとトラブルになるよね。わたしは彼女を男の視線から隠すようにして、ゆっくりと距離を取る。
「宵闇の牙……。悪いが、退いてくれ」
ツバサが剣を構え、相手をじっと睨みつけたまま言った。やっぱり、知り合いなんだ。だけど、相手の男が退く気配はなかった。
「そうはいかん。この集落まで黒雲……破壊神の僕に蹂躙されてなるものか!
フン、やはり人違いの様だな! 俺の知る黎明の翼ならば、民を危険にさらすような真似はせん!!」
男はいったん剣を引き、再び打ちかかろうとする。
「待って宵闇の牙! 黎明の翼はそんなつもりはないわ!!」
ミライがわたしの陰から二人の方に飛び出し、そう叫んだ。その勢いでふわりとフードが取れて、彼女の白い髪が闇に浮かび上がる。ちょっと待ってよ! バレたらマズイから隠れたんじゃないの!? わたしは慌てて彼女を追いかける。
「その白い髪……紫の瞳……。幸福な未来、生きていたのか! 裏切り者が! お前のせいで!! お前が生贄たる栄誉を投げ捨て、神の機嫌を損ねたから、俺達はこんなところに!!!」
うわ、やっぱりこうなった! 激昂する男からミライを守るため、わたしは急いで彼女と男の間に割って入り盾を構える。
「ちょっと待って! 落ち着いて! 誤解だよ! ツバサもミライも、あなた達を危険にさらそうなんて思ってないよ! それに、わたしだって!! わたし達は、ええと……黒雲を……わたしも含めて……そう……あるべき場所に還すためにここにいるんだよ! そうしないとこの街どころか世界が滅ぶんだよ! この町の人を危険から……黒雲から守りたいなら、話を聴いて!」
男を止めるべく、わたしは必死に説得する。彼は街にいる黒雲からここの人達を守りたいみたいだから、その方法があるなら知りたいんじゃないかな、と思ったんだけどどうだろう? 聞いてくれるといいんだけど……。
「黙れ! 黒雲から守るため? 当の黒雲が何を言っている!? あの皇女に許可されたのか知らんが、夜な夜な死者の都を荒しおって!」
男は思いっきりわたしを睨みつけて怒鳴った。すごい剣幕だ。とは言っても、いきなりマカナを振り下ろしてくるわけじゃないから、聞く気になってくれてはいるのかな。そうだと信じたい。
「宵闇の牙、うるさい黒雲の言う通りだ。彼女はお前が見たであろう黒雲とは違う。我らの生活を脅かすものではない。それに……幸福な未来も今は破滅を防ぐために……皆を守るために動いているのだ。彼女が過去にしたことが許せるもので無いのは理解できる。だが今はもっと重要な事がある。すまない。我々には時間も無い。詳しい事情は言えないが、どうか私を信じて機会を与えてくれ」
ツバサは真剣な面持ちとはっきりした声で男に語り掛けた。
「お願い、宵闇の牙。私はもう、逃げたりしないわ。過去の事で私を裁くというなら、そうすればいい。でも今は待って。私は、自分の引き起こしたことの後始末は自分でしたいのよ。黎明の翼と黒雲達がくれた機会を失うわけにはいかないわ」
ミライはじっと男を見据えて、きっぱりと宣言した。男は黙って二人をしばらく見比べ、そして最後にちらりとわたしの方を見た。少しして、彼は大きく息を吐き、剣を収めた。
「……良いだろう。どうするのかは知らんが、破滅が迫っていて、お前達がそれを止められるというのならやってみるがいい。幸福な未来の事はひとまず黎明の翼に預けておく。全て終わったら必ず戻ってこい。その時に裁きを受けろ。逃げるのなら地の果てまで追ってやる。覚悟しておけ」
彼はわたし達を鋭い目で睨みつけて、強い調子でそれだけ言うと、踵を返し闇の中に消えていった。お互いにケガとかなく、無事に済んで良かったけど……でもやっぱりミライのこと、恨んでいるんだね。全部終わったら、許してくれるといいんだけどな。って、その前にちゃんと終わらせなきゃ、だ。
「とにかく、宝剣を回収しに行こう!」
わたしが言うと、二人はこくりとうなずいた。
「ああ。向こうの神殿が【死者の都】――この【忘れられた都】の地下に広がる、英雄も眠る墓地――の入り口だ。急ごう」
ツバサが指差した先に向かうと崩れかかった古い神殿のような建物があった。廃墟かと思っちゃったけど、中に入ると祭壇に何か供えられていたから、きっとここの人達が祈りを捧げに来てるんだろうな。ツバサは祭壇の裏側に回ると、壁のレリーフを押した。すると扉が開き、その先に地下に降りる階段が見えた。どうやらこの先が死者の都みたい。
名前と言い雰囲気と言い、いかにも何か出そうな場所だなあ。そういうのはないって分かってるんだけどちょっと怖い。ちょっと怖いけど、進まなきゃ。
わたし達はツバサを先頭に、古びた石の階段を足早に下った。




