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フォルトゥナ・エクスプローラ・オンライン  作者: 須藤 晴人
第十章: ゆるゆる休息時間!

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010_04_二人の間のすれ違い#2

「一体いつから、FXフォルトゥナ・エクスプローラは屈強な漢同士が技と技をぶつけ合う熱い対戦格闘ゲームになったんだろうね?」


 急ぎ足でたどり着いた中庭で、目の前に繰り広げられる二人の男の熱い戦いを死んだ魚のような目で眺めながら、カンが冷めた――というよりは呆れた、なのかも――声で呟いた。


 一人はグラデーションの掛かった長い青い髪に褐色の肌をした、たくましい部族の戦士っぽい男。で、もう一人は角刈りの黒髪で白いショートコートを着た、精強な軍人っぽい男だ。二人とも武器は持たず、パンチやキックの応酬を繰り広げている。一人が鮮やかに、素早く連続攻撃を繰り出せば、もう一人はそれを流麗な動作で捌き、そこからカウンターに繋げていく。


 ……とか言ってみたものの、実は早すぎて、とてもとても目で追う事が出来ない。とにかくすごい、って事しか分からない。わたし達はしばらく、ツバサとマドカさん、二人の達人の技の応酬にただ見入っていた。


「ふう……やはりまだ本調子には程遠い。付き合わせて済まなかった。調子が戻ったら、貴女には本気で手合わせをお願いしたいものだ」


 残念そうにため息を吐くと、ツバサがマドカさんに告げた。とても悔しそうな表情だ。え? これで本調子じゃないの?


「気にしないで。アタシも楽しいもの。それに、アンタが大分動けるようになったみたいで何よりだわ。

 そうね、本調子の時に是非お願いしたいわね。竜人の中でも最強クラスの漢に、アタシの技術が通用するのか楽しみだもの」


 マドカさんは普段と違ってほんの少し獰猛さを含んだ笑顔で、汗を拭うツバサに答えた。マドカさんにしても、普段は本気じゃなかったんだ。本気で戦える相手が出来て嬉しい、そんな感じの顔だった。とにかく、二人とも楽しそうにしていた。


「いつからFXは拳のぶつけ合いから芽生える漢同士の熱い友――」


「もうさっきからその語りは何なの!? そんなのどうでもいいよ! 本来の目的を思い出してよ!

 っていうか一緒にいるのマドカさんだよ!? オネエだけど屈強なおっさんだよ!? しかもただ訓練してるだけじゃん!!」


 中庭にツバサはいたものの、想像していたのと全然違う展開だった上に、カンはどうでもいい事しか言わないので、ついイラっとして声を荒げてしまった。だけど結局どういう事だったんだろう? 別の女性がいるのかな? たまたま今回いなかっただけ? 


「ちょっとリンさん何て事を! 真実に目を向ければ災いが……あ、そうか、そういう――」


「あーら、アンタ達どうしたのかしら? 何か用?」


 大混乱のわたし達に、マドカさんが笑顔で尋ねてきた。あ……しまった。カンが血相を変えたわけだ。わたしはついうっかり言ってはいけない事を言ってしまったんだ。マドカさんの笑顔、聞こえちゃったという事なのか、それとも普通に質問してるだけなのか、どっちだろう?


 うん、後者だと思おう。変に勘ぐって先回りで謝ってもロクなことにはならない……と思う。素直に聞かれたことに答えよう。そう、変に勘ぐって余計な事を言いがちな奴が何か言う前に。


「えっと……みんなで料理作ったんです。その……ツバサ、食べないかな、と思って。すごく美味しそうなんですよ! こっちにいるって聞いたから……あ、ほら丁度トレーニングも終わったところですし、栄養補給にピッタリ、じゃないですか?」


 ぱたぱた手を振りながらマドカさんに答えつつ、ちらりとツバサの方をうかがう。ツバサはちょっと驚いた様子だったけれど、同時に彼にしては珍しく、一瞬だけだったけど嬉しさに顔を輝かせた。


「料理? そうだな、丁度腹も減ったところだ。それに漸くあの得体の知れない液体以外にありつけるのか。確かに、随分早く回復したが……あれは……」


 得体の知れない液体の事を話すときの彼は苦い顔をしていた。多分栄養ドリンク的なものだと思うけど、研究所が出す得体の知れない液体とか、よくよく考えると怖いよね。そしてツバサの様子からすると、あんまり美味しくないっぽいな。


「よかった。じゃあ、一緒に来て。マドカさんもどうぞ」


「あら、楽しそうなことしてるのね。でも悪いわね、アタシはちょっとこれから研究所に報告に行くのよ。だからツバサだけ連れていって頂戴。話はまた後で聞かせてもらうわ」


 マドカさんはパチンとウィンクすると、ひらひらと手を振って建物の方へ向かっていった。



 ということで、わたし達はツバサと一緒にミライの所へ戻る。


 ミライは何か水でふやかした穀物っぽいものを大きな皿とローラーでプチプチと押しつぶし、白いペースト状にする作業をしていたけれど、わたし達に気づいてその手を止めた。


「黎明の翼! フン、こんなところにわざわざ何の用よ。精強な黒雲とはもう良いのかしら? 毎度毎度、随分お楽しみのようじゃない!」


 案の定……というかなんというか、彼女はトゲトゲしかった。ちらっとツバサを見て、苦々しげに言うと、すぐに元の作業に戻った。ローラーを握る手に物凄く力がこもってる気がする。でも、ミライの言ってるようないかがわしい話なんて、何もなかったんだよね……。


「彼女との訓練なら今日は終わりだ。それで丁度腹が減ったところに、黒雲から食事に誘われたのだが……」


 ツバサは答えながら、少し困ったようにこちらを見た。そりゃあ、若干だますような感じになっちゃったかもしれないけど。でもそれよりも、ちょっと気になることがあるんだ。


「ねえ、話はそれるかもだけど一つ確認させてくれない? ()()って――精強な黒雲とも――、言ってたけど、さっき戦ってた相手のことだよね? 他の誰かがいるわけじゃないよね?」


 ミライとツバサが同時に怪訝な顔でこちらを見た。そして、


「ええ、そうよ」

「ああ、そうだ」


 何でそんなことを聞くんだ、って感じで同時に答えた。息がぴったりだ。


「精強な黒雲……マドカさんはおっさんなんだけど」


 わたしが言うと、ミライは何かを潰す手をピタリと止め、目をパチパチさせて暫く思考停止していた。どう見てもそうなのに。……って、彼女達から見たら見た目は全部黒い人影なんだっけ。忘れてた。


「体が他の黒雲より大きいものの、口調と声から女性だと思っていたのだが。それに私に果敢に挑んできた黒雲は女性が多かったからな、黒雲の戦士は女性が主力なのだと思っていたぞ」


 ツバサが腕組みして眉根を寄せた。セイにわたしにアマネさん……わたしの知る限りはそんな感じかな。カンは仕方なく戦った……というか時間稼ぎしてただけみたいだったしね。そう思うのも無理はないのかも。


「そういう役割分担はなくって、強い人は強いってだけだよ。で、マドカさんはとっても屈強な男性。見た目はガッチガチな感じのマッチョメンだよ」


「翻訳アプリのバグだなきっと。口調に引っ張られて、彼らが聞く翻訳後の声を女性にしてしまったんだ。早速運営にバグ通報しないと」


 カンがそう言いながら、すごい速さで報告メールを打っていた。


「ふーん……そう……そうなのね……屈強な男……ただの戦士なのね……へえ……」


 ミライは何やらぶつぶつ呟きながら、何だかニヤニヤしていた。あ、そうか。ツバサの戦いのパートナーっていう、竜人の自分ではどんなになりたくても絶対になれない役に、黒雲の女性がいとも簡単になってしまったから許せなかったんだ。


 勘違いで良かったね、ミライ! と彼女の方を笑顔で見ると、彼女はハッと気づいてプイと視線を逸らした。


 素直じゃないな。

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