009_18_スターリングの敗残者
「そうよ。リンのお察しの通り、負けたわ。スターリングはリスクオンに奪われてしまったわよ」
気まずい空気もなんのその、マドカさんがさらりといつもの調子で言った。それを聞いたアマネさんはぴくりと肩を震わせた。
「そんな! でも、どうして? そりゃ、ジョー達は強いけど、でもシンさんやアマネさん達だって強いんですよね? 数の上で不利だったから、ですか……?」
尋ねながら、違うんじゃないかな、とうっすら感じた。どこからかわいてくる嫌な感じに肌が粟立った。
「金騎士団の奴らが裏切った。あいつら、後少しで防衛できるというところで私達を後ろから刺したんだ……!」
カレンさんが怒りに体を震わせて答えた。アマネさんは残念そうに小さくうなずいていた。
「でも、どうして……協力しようって言ってたのに! 何も知らない奴らには渡さないって言ってた……言ってましたよね!? 帝国の侵略を狙ってる彼らがスターリングを取ったらどうするか、わかってるハズでしょう?」
わたしはカレンさんの言っていることがどうしても理解できなかった。ううん、理解したくなかったんだ。それで、思わず彼女を問い詰めてしまった。
「分かってて……分かった上でそうしたんです。彼らは……異世界の侵略を楽しんでいる……向こう側の人間でした。
私は、それに気づけなかった……」
俯いてぎゅっと拳を握りしめ、肩を震わせて悔しそうにアマネさんが声を絞り出した。いつでも強く気高く美しく、って感じだった彼女のそんな姿を見るのはやるせなかった。
「アマネ……」
それはカレンさんも同じだったようで、彼女は心配そうにアマネさんの肩に手を置いた。
金騎士団が裏切ったせいで負けた。金騎士団は実は運営の強硬派の仲間で、リスクオンと一緒にスターリングを落として、そこから帝国に侵略するつもりで今回の防衛戦に参加したんだ。金騎士団の何かイヤな感じ、あの時きちんと確かめられていたら……。
「……いえ、おかしなところはありました。でも、信じたくなかった……確かめるのが、怖かった。問い詰めたらそのせいで、彼らが本当に裏切ってしまう気がして。
私は、結局自分に都合の良いところだけを見ていたんです。現実を直視する勇気も、それを見た上で次を考える知恵もなかった……!」
アマネさんは力なく首を振った。彼女の疑いたくなかった、って気持ちはすごく分かる。見たくないものを見ないようにしてしまったのは、わたしも一緒だ。
とはいえ、金騎士団がこちらの味方じゃない、ってあの時分かったとしても、銀騎士団としてはどうしようもなかったんじゃないかな、とも思う。
……っと、終わったことを考えたって仕方ないよね。今はそれより次を考えなきゃ。
金騎士団にリスクオン、騎士団最強とギルド最強が肩を並べて帝国を攻める、ってことだよね。そんなの一体、どうやって止めたらいいんだろう? だめだ、考えると何かドンドン暗くなっちゃう。どんよりしているところに、パン、と手を叩く音が響いた。
「はいはい! 暗くなっても仕方ないわよ。できることを考えましょ! 幸い銀騎士団だってスターリングの特権が無くなっただけでしょ? 残ってるメンバーだっているわよね。それにギルドだってリスクオンの傘下だけじゃないのよ?
失ったものより、残っているものを考えましょ。まだできることがあるはずよ!」
力強いマドカさんの声に、わたし達は一斉に、ぱっと顔を上げた。
「そう……ですね。そうです。まだ私にだってできることがありますよね。
もう一回、銀騎士団を立て直して、それで少しでも金騎士団やリスクオンにダメージを与えて、帝都に侵攻させないようにしましょう。
カレン! 急ぎましょう。まだログイン可能な銀騎士団の仲間、集めますよ! それから協力してくれそうなギルドも!」
アマネさんはすっと立ち上がると、自分を奮い立たせるかのように強い調子で言った。そうして、マドカさんにとびっきりの笑顔を向け、
「マドカさん、ありがとうございました。私……どうしたらいいか分からなくて、つい落ち込んでしまって」
そう感謝を述べた。マドカさんはぱたぱたと手を振って、
「いいのよ。別にアタシは何もしてないわ。やるべきことを見つけたのはアナタよ。さ、早く行きなさい」
にっこり笑ってアマネさん達を送り出した。二人はペコリと頭を下げると、足早に出て行った。
「これでよし、と……」
去っていく二人の後ろ姿を見送りながら、マドカさんがごく小さな声で呟くのが聞こえた。
「ところで、そっちはどうだったのかしら?」
二人を見送った後で、くるりとわたしに振り向いて、改めてマドカさんが尋ねてきた。
「ミライも、ツバサもケガしちゃって……。でも幸い命に別状はなくて、今は研究所で治療してもらってます。カンは……途中で別れちゃったから分からなくて……」
ミライとツバサの事を考えるとやっぱり辛い。うつむくわたしに、マドカさんは気遣うような目を向けた。
「そう。まずはちゃんと二人と一緒に戻って来てくれてよかったわ。カンは……ま、死ぬわけじゃないしほっといても大丈夫。
そうね、帝国でのこと、順番にもう少し詳しく聞かせてくれるかしら? あ、いつものホワイトボード、持ってくるわ。座って、少し待ってて」
マドカさんはそう言ってわたしを席につかせると、ホワイトボードを引っ張り出してきた。
そうだ、無事、とは言えないけど二人と帰って来れたんだ。いつまでも落ち込んだってしょうがない。ちゃんと情報共有して、次を考えなくちゃ。さっきそう思ったばっかりじゃないか。
「はい。えっと――」
わたしは一旦呼吸を整えてから、マドカさんに帝国での事を話した。
ツバサと皇女のいる第二の都にミライの案内で潜入して宝物を探したけど、見つからなかったこと。探すうちに皇女に捕まって、地下牢に入れられてしまったこと。
地下牢にはツバサも捕まっていたこと。彼の妻であるはずの皇女が、宝物をどこに隠したらしいツバサから、その在処を強引に聞き出そうとしていたこと。彼女は皇帝の証である宝剣を手に入れて、皇帝になろうとしていること。
支配者の証として宝物が必要なだけの皇女と交渉して、レイさんにもらったレプリカと引き換えにツバサとわたし達の安全を約束してもらったこと。
でも、結局約束は守られず、彼女の兵士に襲われたこと。逃げるときにミライがケガをしてしまったこと。カンが足止めを買って出てくれて、わたし達は三人で飛竜に乗ってここまで帰ってきたこと。などなど。
「……そうだったの。大変だったわね。よく頑張ったわ、お疲れ様。
彼らの事は、研究所に任せるしかないわね。彼らが元気になったら、話を聞いてみましょ。それまでは信じて待つ、だわね」
話し終えたわたしの肩を、マドカさんは力強い大きな手でポンポンと叩き、笑顔でねぎらってくれた。
「……あら、リン、どうしたの? 浮かない顔だわね? 二人の事以外にも何か心配事があるのかしら?」
わたしはどうもあんまりいい顔はしていなかったみたいで、マドカさんに心配そうに覗き込まれた。
「あ……いえ。ただ、カン、大丈夫かな、と思って。まだ帰ってきてないし……」
と、とっさに答えてしまったけれど、しまった!
「あら、あのコの事心配するなんて意外だわね」
マドカさんがニヤニヤと笑っている。そういう目を向けられると、ちょっと、いやかなり困るんだけどな。
「そりゃあ、まあ……。わたし達を逃がすために残ってくれたわけですし。
でも、わたしより強いし、システム的なことも詳しいから自分で何とかするんだと思います。わたしが心配したって、余計なお世話だと思いますけど……。
でもでも、よく分からないところで時々パニック起こしてフリーズするしなあ。その辺ちょっと心配かも……」
マドカさんの視線に耐えかねて答えたのだけど、しどろもどろで何だか言い訳がましい感じになってしまった。これ絶対逆効果なやつだ。
「あら、リン。ちゃんと見てるのね、いい事だわ。
別に変な意味じゃないわよ? 単純にチームとして上手くやれそうね、って話よ。弱点が分かってれば、カバーできるでしょ?」
マドカさんは優し気に微笑んだ。あれ? もっと茶化されるかと思ったのに意外だな。でも確かにお互いの性格とか、特徴とか分かってた方がやりやすいもんね。そっか、チーム、かあ。
「そうですね。でも、カンはあんまりわたしに――というか他人に――心を開いてない感じします。チームとかそんなこと思ってないんじゃないかな、って。最初よりはよくなったけど、やっぱりほとんど話してくれないし、何考えてるか分からないし……。ミライやツバサに対しても、何か冷たいっていうか関わりたくないって感じだし……。
もっとオープンでフレンドリーな感じにしてくれたらいいのにな」
今回だって先に言っておいてくれたら良かったのに、って思う事も多かったしなあ。そう思いながら言うと、マドカさんはこくこくとうなずいた。
「あのコの態度が不満なのね。ま、コミュニケーションが上手いとはお世辞にも言えないし、色々誤解を招く態度なのは間違いないわ。それにリンとは違うタイプだから、理解しづらいわよね。
ま、とは言え、相手にイライラしたってしょうがないわ。気長に上手く付き合える方法を探すことかしらね」
たしかにマドカさんの言う事ももっともだよね。よし、そうだ、ちょっと何か方法、探してみよう!
「……あら、噂をすれば何とやらだわ」
マドカさんの視線を追って入り口の方を見ると、そこにはカンが、思いっきり不機嫌な顔をして、ぎゅっと指を食い込ませるくらい強く腕を組んで立っていた。周りに人を寄せ付けない負のオーラが見える気がする。
ごめん……さっきの決意がさっそく揺らいじゃった。




