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フォルトゥナ・エクスプローラ・オンライン  作者: 須藤 晴人
第九章: どきどき帝国潜入!

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009_17_ミライとツバサと夜を飛ぶ

「投槍がもう一本。そこにいると当たる。とにかく全力で小屋の方に逃げて。多分まだ間に合う。ミライさんも一緒に」


 少しだけ落ち着きを取り戻したらしいカンが、片側だけ赤い眼で遠くをじっと見つめつつ早口に告げた。きっとまた何か便利なアプリを使ってるんだと思う。


「ミライ、大丈夫? 早く!」


「掠っただけよ。この変な服のおかげかしらね、大した怪我、じゃないわ。私は一人で歩ける。それに狙われているのは私じゃないわ。そこの裏切り者の将軍様よ。

 だからうるさい黒雲(リン)、この怪我人、貴女がとっとと連れていきなさい!」


 ミライは彼女に寄り添っていたツバサを跳ねのけて、わたしに強く命令した。


「ツバサ、気に入らないかもしれないけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないから。急ごう!」


 強引にツバサを支え、わたしは全力で走る。さくりと何かが刺さる音が後ろで聞こえた。避けられて良かった。


「ああ、直接来る気だ! とにかく急いで! 閣下、何とか3人乗せて飛んで!」


 後ろからカンの叫ぶ声が聞こえた。ミライもケガしてるし、飛竜で早く帰った方がいいに決まってる。空を飛んでしまえば、追いかけられないだろうし。


「幸福な未来なら問題ない、乗せられる」


 ツバサはそう請け負った。3人乗れるなら良かった。でも、ツバサは大丈夫なのかな……。いや、申し訳ないけど飛んでもらわなきゃダメなんだ。だから、これ以上ケガさせちゃいけない。


「緑の奴は俺が何とか足止めする。悪いけどリンさんは二人を早く研究所に。だけど――」


「分かった! 任せて! でも緑ってことは、赤がいるかもってことだよね? 気を付けるよ!」


 殆ど見えない――きっと中二病的な魔眼で何かが見えてるんだと思うけど――薄闇の向こうをじっと見つめている彼に元気よく答える。


 皇女の護衛は緑と赤の二人いた。赤が皇女についているんだったらいいけど、そうじゃないかもしれない。建物の陰とか、木の陰とか、隠れられそうな場所はいろいろあるから、いきなり襲って来るかもしれない。待ち伏せ、とかあるかも。


「ああ。ごめん、見つけられなくて。見つけたらすぐに伝えるから……」


 返ってきた声には焦りと自責の念が強かった。


「ありがとう!! 緑の足止めは頼んだよ! 情報、待ってるから」


 とにかく、元気を出してほしいな、と思って出来るだけ明るく言った。あんまり暗くなっちゃうと、力も出ないと思うんだよね。



 ツバサの肩を支えて、わたしは建物の方へ急ぐ。後ろで金属がぶつかる音が聞こえるけれど、振り返らずにとにかく前に進む。


「リンさん、見つけた。飛竜のいる建物の屋根の上に隠れてる。扉に近づいたら……いや、多分鍵を開けてるところを後ろに回り込んで襲う気じゃないかな? とにかく、気を付けて!」


 そんなカンの声がイヤホンから聞こえてきた。やっぱり待ち伏せなんだ。気づいてないふりして、逆にきっちり対応してやる!


「ありがと! カンも気を付けて!」


 伝えてくれたカンにお礼を言う。返ってきたのは軽いあいづちだけだったけれど、大丈夫、だと信じよう。


「放せ、黒雲。お前も気づいている通り……敵がいる。私が扉を開ける間、ミライを頼む……」


 ツバサが鋭い目をして、わたしに耳打ちした。気づいたのはカンの謎アプリのおかげなんだけど、ツバサは気配とかで分かるのかな。とにかく、ミライの事は任せて、とわたしは力強くうなずく。


 扉に近づいた時に、ってパターンではなかったようで、わたし達は無事に扉の前にたどり着いた。ツバサが扉についた錠前に手を伸ばし、鍵を鍵穴に差し込んだ、その瞬間。


「ぐっ……!?」


 読み通り襲い掛かってきた赤い髪の兵士の、不気味に波打つ大剣を振り上げる腕を思いっきりバトンで打つ。ふふ……上手く行った! 来るって分かっていれば、わたしにだって対処は出来るんだよ!


 赤い奴はうめき声をあげ、わたしが打った手首の辺りを押さえて地面に倒れこんでいる。当てると暫く相手を動けなくさせることが出来る、っていうのがスタンバトンの効果らしいけど、ホントだ。一撃でこうなるなんてすごいな。


「黒雲の持つ雷の力、か……。私の時と同じなら、暫くは動けないのだろうが……」


 ツバサが男が取り落とした大剣を拾い、それで体を支え、男を冷たい目で見下ろして呟いた。


「早く行こう。この奥に銀星ちゃん、いるんでしょ? とにかく早く帰ろう!」


 わたしは二人を促す。赤い奴をこのままにしておくのは確実な手ではないけれど、皇女と事を構えるのはよくない……ううん、そんな打算的な理由じゃなくて、単に何だか後味が悪いから、だな。そう、逃げてしまいたいだけなんだ。


 ツバサもミライも何も言わず、扉を開けて急いで中に入る。そこには嬉しそうに鳴き声を上げ、翼をばたつかせる飛竜がいた。


「銀星! 無事だったか。良かった。早速飛んで貰うぞ。大急ぎだ」


 ツバサはどこか嬉しそうに、飛竜に声を掛けながら、繋いでいる縄を外した。飛んでいけば最速でクレーディトに帰れるはずだ。


「少し窮屈になるが我慢してくれ。幸福な未来は、お前がしっかり支えていろ」


 ツバサはそっけなく言いながら、わたし達を飛竜に乗せると、飛竜を引いて扉の外に連れ出す。


「ツバサ!!」


 扉の外に赤い髪の兵士を見つけてわたしは叫ぶ。短めの剣っぽいものを手に襲いかかってきたのを、ツバサが大剣で受け止めた。そこへすぐさま男の蹴りが飛ぶ。躱しきれずに、ツバサが小さく呻いた。助けなきゃ! と飛竜から降りようとしたところで、突然男が短い悲鳴を上げて崩れ落ちた。


「早く!」


 バトンを手にしたカンが短く叫ぶ。


「すまない」


 短く言うと、ツバサがさっと飛竜の背――わたしのすぐ後ろ――に乗りこみ、手綱を取る。直ぐに飛竜が羽ばたき、空に舞い上がった。


「カン、ありがと! それじゃ、悪いけど先に行くね! 気を付けて!!

 必ず帰って来てよ! クレーディトで、待ってるから!!」


 どんどん小さくなっていく彼に、力いっぱい伝える。彼が軽く手を振って答えるのが見えた。



「ええと……そっちの方……前に乗せてもらって、ミライを追いかけた時のあたりからもう少し行くと町があるから」


 空の上でナビを見ながら、クレーディトの方向を指差す。


「了解した」


 ツバサが一言答えると、飛竜がぐんと加速した。滑るように、暗い空をすごい速さで進んでいく。ツバサも、ミライも無理をしているのは明らかだった。早くクレーディトに帰りたい。一刻も早く、二人を治療してもらいたいのに……。


 灰色の空に、聞こえるのは風を切る音だけだ。それにもすっかり慣れてしまって、音が無いのと同じに感じるようになっていた。怖いくらい静かで、気を紛らわすものがないから、つい余計な事を考えてしまう。


「ゴメン……わたしがもっと強かったら、ミライに怪我をさせずに済んだのに……。ミライの事は守るんだって、そう決めたのに……。やっぱり、カンの言ってたように、わたしじゃ――」


「貴女に謝られる義理はないわ。思い上がらないで。大体、貴女に何か出来るとは思っていないし、何かしてもらおうとも思っていないわ。

 ……ここに来ると決めたのは、私。私は、私の目的を果たすためにそうしたの。結果がどうあれ、責任を負うのは私よ」


 わたしの呟きに、ミライがぴしゃりと答えた。思い上がるな、か……。わたしにできる事なんてやっぱりないのかな。違うな、多分そういう事じゃない。うまく言えないけど……きっと、わたしが謝るのはミライの意思を尊重してないって事になるんだと思う。そうだね、わたしは彼女の事を考えてたわけじゃなくて、単に謝って楽になろうとしてただけだったな。もっと、強くならなくちゃ。


「だが……幸福な未来……自分を犠牲にしてまで何故、私を助けた……?」


 黙って考え込んでいたわたしと、その後は何も言わなかったミライの間に、ふいにツバサの声が響いた。


「助けた……? 勘違いしないで。宝剣の在処を吐く前に死なれると困るからよ。早く破壊神を復活させるため、それだけよ。そう、それだけだわ」


 彼女はツバサを振り返ることなく、冷たく、固い声でそう言った。わたしの願望かもしれないけど、その様子はどこか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。


 ツバサはそうか、と一言言ったきり黙ってしまった。それっきり、また聞こえるのは風の音だけになった。



「あ、あそこ。あの光ってるところ! あそこに降りてくれる?」


 気まずい沈黙の中、クレーディトのあたりから、薄暗い空に光の筋が伸びているのが見えた。


「了解したが……何なのだ、あの強い光は……? あれも黒雲の力なのか……?」


 ツバサが半分は驚いたように、半分は警戒するように呟いた。


「えーっと……なんかまあ、伝説の光的な……」


 サーチライトだと思うけど、説明できないので適当に答えてしまった。納得したかは分からないけど、ツバサもそれ以上は突っ込んでこなかった。


 伝説の光に導かれて降り立った先は研究所の中庭だった。周りには白衣の研究員さん達が詰めていた。ミライと飛竜から降り、飛竜の方を振り返る。


「ツバサ!?」


 飛竜を降りて数歩歩いたところで、もう限界だったのかふらっと倒れかける彼を慌てて支える。研究員さん達が近寄ってきて、彼を担架に乗せて運んで行った。ミライも一緒に連れて行かれた。


 取り残され、どうしていいかわからずに呆然とするわたしに、研究員さんが近づいてきた。


「あの二人のことは任せて。連絡を受けた時は驚いたけど、治療の準備はできてるし、大丈夫、心配しないで。彼らが元気になったらまた白騎士団に連絡するよ」


 彼はポン、とわたしの肩を叩き、そう請け負ってくれた。ここは研究員さん達に任せるしかないね。彼らなら、きっと何とかしてくれる。今、ここでわたしにできることはないから、とにかく戻ろう。戻って次の事、考えなくちゃ。



 誰かいるかな? カンは……さすがに飛竜のが速いからいないよね。マドカさんは? スターリングはどうなったんだろう? そんな疑問をあれこれまとまりなく思い浮かべながら、新しい本拠地である研究所の一室に向かう。


「ただいま、帰りましたー!」


 誰かいるのかいないのか分からないけれど、とりあえず元気よくそう言って本拠地のドアを開ける。


「あら、リン。お帰りなさい」


「マドカさん! あれ、それに……」


 マドカさんの向かいに座る二人に、わたしは正直ものすごく戸惑った。がっくりと項垂れる青いドレスにきらびやかな銀の鎧の姫騎士と、それを複雑な表情で見守るごつい全身鎧を着たお付きの女騎士。


「アマネさんとカレンさん? どうしてここに? あの、もしかして、銀騎士団は……」


 二人の暗い様子からすると、きっと上手く行かなかったんだろう。でも何だか、それをはっきり言ってしまう事は憚られて、わたしは言葉を続けられなかった。


 アマネさんもカレンさんも何も言わなくて、気まずい沈黙が流れた。


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