009_16_ミライとツバサと皇女様#4
「偽物の宝物を携え……自分の弟を殺し……それで皇位につこうというのか?
破壊神の復活……急な版図拡大による帝国内の歪み……今は姉弟で争っている場合ではないというのに」
ツバサは哀し気な瞳で、カンの提案に乗りレプリカの宝剣と引き換えに自分を解放した皇女を見つめた。皇女は冷めた目でツバサを一瞥し、短く息をついた。そして、
「その偽の宝物と妾の慈悲に救われたというのに、説教とは良い身分じゃな、将軍。
そのような時であればこそ、私利私欲のみを追求する下衆ばかりを侍らせ、政治を奴らに委ね後宮で遊び暮らしておる愚かな弟に我らの帝国を渡すわけにはいかぬ。
無論、内戦で犠牲も出よう。一時的に弱体化もしよう。じゃが、早々に奴らを排除せねば帝国に未来はない」
苦しそうなツバサを気遣う事もなく、彼女はきっぱりと言い切った。帝国内もゴタゴタしてるみたい。でもそんな混乱に過激派は付け込んで、帝都の宝物を奪おうとしてるってわけか。ヒドイことするなあ。
「現皇帝がどうあれ……戦士でない貴女が皇帝になれるものか。陛下に問題があるのならそれを正し……姉弟で手を取り合い……帝国を盛り立てれば良いものを。徒に混乱を招くなど……!」
なおも抗議するツバサを、彼女は冷たい目で見た。ツバサが間違ったことを言ってるとは思わないけど、彼女にとっては許せない言葉だったみたいだ。
「愚かな。やはりお主は何も理解してはおらぬ。あやつらが変わるのを待つ猶予はもはや無い。
戦士でない? 確かに弟は戦士としては強いのう。だが必ずしも強い戦士が軍を動かし国を導けるわけではあるまい? それを皆に思い知らせればよい。さすれば、皇帝に相応しいのが誰か分かるであろう。
妾は自分で手にするものを決め、自分で掴む。しきたり、義務、命令、そんなものに縛られ何も出来ぬ男など妾の帝国には要らぬ。お主の飛竜を連れて何処へなりとも行くがよい」
皇女は眉一つ動かさず、冷たい言葉と何か小さなものを投げつけると、さっと踵を返した。振り返りもせず、護衛を従え真っ直ぐ速足に去っていく。
ツバサはその何かを拾い、去っていく皇女の背中をただ見つめていた。その表情からは何も読み取れない。いったいどんな気持ちなんだろうな……。
それにしても、ここへ来てから結局一度も皇女がツバサに優しい目を向けるところを見なかったなあ。なんていうか、嫌いっていうよりも、無視っていうか拒絶っていうか、とにかく彼を認めてない感じ。それって一番ヒドイんじゃないかなあ。
「……穏便に済ませてくれて良かったよ。話の分かる人で助かった」
皇女がいなくなったのを確認すると、カンがほっとした様子で言った。どこが穏便? どこが話の分かる人? と思わず眉間にしわが寄ってしまう。彼はそれを気にした様子もなく、少し目を伏せて、
「だけど、どうかな、誰からも理解されないって、誰とも視点を共有できないって、どうなんだろうね? 辛くないのか……いや、そんなこと思わないくらい強いのかもしれないか」
と、ぽつりと呟いた。なんだろう? 彼が他人の事をそんな風に気にするなんて珍しいな。
「それって皇女様の事? でもさ、理解されようとしてないっていうか、人と仲良くしようって気がないんだからしょうがないと思うけどな。自分で選んだことだから、辛いなんて言えないと思う」
ツバサはきっと、経緯がどうあれ妻である彼女の事を愛そうとしてたと思うんだよね。でも彼女は拒絶したわけだし。それはもう自分のせいだと思う。わたしの答えにカンは、
「そうか、そうなんだろうね……」
と、どこかちょっと寂しそうにうなずいて、それ以上何も言わなかった。よく分からないけど、ま、それはともかく。
「うーん、皇女様なんか怖かったし、緊張しすぎて疲れちゃったよ。
ぶっちゃけ話はよく分からなかったけど、でもこれで何とかツバサを助け出せたんだよね? よかった!」
わたしはあらためてほっと胸をなでおろした。ツバサはそんな私を射貫くような眼差しで見つめる。
「……黒雲、お前達は一体どういうつもりだ……? 破壊神を止める……そう言っていたな? 皇女のところに来た奴らは、共に帝都を攻めようと唆すだけだったが」
「他の黒雲は分からないけど、わたしは帝都を攻めたりしないし、ミライに破壊神の復活もさせない。
っていうかそのために、何か方法を知っているツバサにそれを教えてもらいに来たんだ。だから絶対、ツバサを連れて帰るよ。わたし達に協力してほしい」
彼をまっすぐに見つめ返して、わたしは明るく、きっぱりと答えた。
「相変わらず勝手な事を言うのね。そんな事思ってるのは貴女だけよ。破壊神を復活させるために宝剣が必要だから、ここに来た。それだけのはずよ。そう、それだけだわ!」
苛立った様子でミライが言い、そして同意を求めるように、カンの方を見た。彼は少し面倒くさそうな顔をして黙っていたけれど、ミライの視線に耐えられなくなったのか、小さくため息をついた。
「破壊神の復活自体に興味はないけれど、宝剣と閣下の知っている情報は必要です。なのでもし抵抗するなら、無理にでも連れて行くことになりますよ。時間もないし、今なら俺でもなんとかなりそうだし」
色々ヒドいカンの答えにわたしは……いや、わたしだけじゃなくてミライも眉根を寄せた。ツバサはわたし達をかわるがわる見た後で、
「……それぞれ、思惑は違うということか。良いだろう、それでも私独りよりは……きっと可能性もある」
わたしを見て、静かにそう呟いた。そして、手に握った、さっき皇女が投げつけたものを見た。なんだろう、と思って覗き込んでみると、鍵だった。
「私の【銀星】も牢に閉じ込められているようだな。あいつを連れて、お前達の所に行こうと思うのだが、案内を頼めるか? ……とはいえ4人は乗せられん。悪いがどちらか一人だな」
ツバサはわたしとカンを交互に見た。ええと……何だって? 話からすると、銀星っていうのは飛竜の名前、かなあ?
「じゃあ、リンさん頼むよ。俺は船を回収しないと」
カンが即答した。
「なら、私も淀んだ黒雲と行くわ」
ミライがぷい、とツバサから視線を背け、そっとカンの陰に隠れた。避けてるなあ。まあ、すぐに仲直りなんて難しいよね。
「分かった。わたしがクレーディトまで案内するよ。
じゃあ急ごう! ツバサ、ヒドいケガしてるし、早く帰らないと。大丈夫?」
わたしは肩を貸そうとしたけれど、彼は借りようとはせず、少しふらつきながらも自分一人で歩いていった。心配だけど、イヤなら仕方ないか。
「銀星のいるところから城の外にも出られるはずだ。行こう」
ケガを押して先頭に立って進むツバサに従って、わたしたちは暗い通路を進む。どこに向かっているのか全く分からないけれど、しばらく進むと階段が見えた。
「ここから地上に出られる。お前たちの船は、東の浅瀬か? 小屋の脇を抜けていけば、湖に出る。そこまでいけば分かるだろう」
階段の前で足を止め、ツバサが教えてくれた。
「おっけー! じゃ、外に出てちょっと行ったら別れる感じだね」
と、わたしは明るく答えたんだけど、後の二人は軽くうなずいただけだった。いいよいいよ、テンション低いのは知ってる。
階段を上がり扉を開けると、外は薄暗かった。でも、薄暗い中に、物置のような四角い建物を見つける事ができた。
「あ、もしかしてあれ?」
「そうだ」
鍵をちらりと見ながら、ツバサがうなずいた。
「じゃあ、わたし達は飛竜……銀星ちゃんを助けに行くから、ミライとカンは気を付けて帰ってね」
わたしは二人に手を振る。ちょっとだけ手を挙げて、カンがそれに答えると、湖の方へ向かっていく。わたし達も飛竜が閉じ込められている建物に向かって歩き出したところに、
「危ない!」
切羽詰まったミライの声が飛び込んできた。声のした方に目を向けると、ツバサに飛び付くミライが見えた。
「ミライ!!」
ツバサを巻き込んで倒れる彼女にとっさに叫ぶ。二人のいた辺りに、何か棒状のものが揺れている。
「投槍……感知できなかったなんて! 監視装置が使えない分余計に警戒すべきだって、分かってたはずなのに、どうして、俺は!
ああ、どこだ……計算結果……向こうの……いた、さっきの皇女の兵士……? 何故? 殺すつもりなら宝剣を渡した時にそうしたはず。今更そうしたところで特に利点もなくて面倒なだけだろうに! 一体、何を考えて? 皇女の命令……いや、あいつの独断……?」
槍の飛んできた方を見ているっぽいカンが、憔悴した様子であれこれまとまりなく、いつにも増して早口につぶやくのが聞こえてきた。
「今は反省も、理由もどうでもいいよ! それよりミライのケガ! それと皇女の兵士が襲ってきたなら、なんとかするのが先! わたし達で二人を守らなきゃ!!」
見つかりっこない答えを探して動けないでいるカンを振り返ることもなく、ぴしゃりと言いながら、わたしはミライに駆け寄る。
「ミライ、大丈夫?」
「幸福な未来、怪我は?」
「心配ないわ……掠っただけよ。それより、ぼうっとしている場合じゃないわ。早く……帰りましょ」
ツバサに助けられつつ起き上がった彼女は肩を押さえ、気丈にそう言った。押さえる手の周りがうっすらと赤く染まっている。大丈夫、なわけない。次の攻撃がいつ来るか分からないし、ツバサとミライを早く治療した方がいい。とっととここを去って、安全なところに戻ろう。
急がなきゃ!




