009_15_ミライとツバサと皇女様#3
「皇女様は、伝説を信じてないんですね。でも本当なんです! わたし達は破壊神の僕じゃないけど、実際、破壊神の復活は近づいているんです! 三つの封印の内二つは解かれて、少しずつ破壊神が復活しているって。だから止めないと。で、そのために彼が必要なんです」
破壊神にまつわる伝説を全く信じてない様子の皇女に必死に訴えるけれど、皇女の顔から嘲るような笑みは消えなかった。どうしたら信じてくれるのかな?
「またその話か。そこの男も言うておったが……。そんなもの、ただの伝説であろう?」
皇女はつまらなそうにふっと息を吐き、そしてふと思い出したように、
「そういえば先帝はその伝説を信じておったな。自分が死ぬときには三つの封印を解き世界を道連れにしてやる、とか妄言を吐いておった。
自分が居らずとも世界が動くのがそんなに許せぬものかのう? 愚かなことじゃ」
と冷たく言い放った。でも前の皇帝ってことは自分の父親だよね。それなのにずいぶんヒドイ言い方だ。親子仲も最悪だったのかな。家族を大切にしない人みたいだ。
「ああ、そうじゃ、そなたが奴に突然の死を与え、宝物を持ち出したお陰で妾の臣下が下らぬ遺言に従わずに済んだぞ。その点は礼を言っておこう」
彼女はミライに向けて、嫌な笑みを貼りつかせたまま皮肉たっぷりに言った。ミライは苦虫を噛み潰したような顔だった。
「……皇帝と同じ考えとはね」
カンがミライの方をちらりと見て、ぽつりと呟いた。ミライは宝物を使って世界を滅ぼそうとしてたわけだから……それって大っ嫌いな皇帝の望みを叶えるために動いちゃってた、ってことか。それは辛いなあ。
カンは一呼吸すると、皇女に視線を戻した。
「けれど殿下、先ほどそちらの黒雲も申した通り、妄言でもないようなのです。確かに封印が解かれ、世界の崩壊が近づいております、我々の調べでは。
最近の地震やらの天変地異は、こちらの方にも起きたかと存じます。民の間にも不安が広がっているのではございませんか?
そうでなければ、このようなことをしてまで宝物を探されることもありますまい」
ツバサの方をちらりと見ながら、相変わらず変な口調で彼は一気にまくし立てた。皇女はフッ、と息を吐く。
「偽りとはいえ、破壊神の僕が破壊神の復活を阻止したいとはな。全てを破壊してしまっては帝都の宝物も手に入らぬ、か……」
そう、低く嘲笑する皇女につい苛立って、
「違います! 宝物なんて手に入れたいわけじゃない!」
と、思わず叫んでしまった。けど……しまった。そういうことで納得してたなら、そのまま触れない方が良かったのかな。皇女がじっとわたしを見て、理由を話せと促した。
「えっと……ミライに世界を破壊する、なんてさせたくないし、それに、黒雲……わたし達の仲間が帝国を侵略するのもイヤです。破壊神の復活を止めれば、どっちも防げるかも、なんです。詳しくは分からないんですけど、でもわたしはそう信じて、それに賭けてるんです!
破壊神の復活を止めるためのヒントを、彼は知ってるかもしれない! だから助けたいんです!!
ほら、皇女様だって世界が滅んじゃったら、皇帝になってもしょうがないから、困りますよね?」
必死に訴えるわたしを、皇女は怪訝な顔で見ていた。そんなに変な事言ったつもりはないんだけどな。
「嘘を言っておる、とは思えぬな……。妄執に取りつかれているだけ、と切り捨てる事はできるが……」
皇女のごく小さな呟きが聞こえた。何か迷ってるみたいだ。そういえば、さっきまでの嘲るような感じではなくなってる。ちょっとは信じる気になってくれたかな?
「その将軍は、殿下にとってさして必要ではないはずです。こんなところに閉じ込めている以上、実は彼がおらずとも軍を動かすことはできる。まあ将軍、兵士に人気はありそうですから、何なら敵側に騙し討ちにされたとか何とかでっち上げて、敵討ちと彼らの士気を上げようとしてたのかもしれませんね?
そこの暗殺者の利用価値も、せいぜい処刑することで自分が皇帝の敵を討ったと主張して兵を盛り上げる程度のものでしょう。
二人とも、殿下の覇業にはさほど必要のない者です。彼らと我々の安全を、殿下にとって今必要な物と交換したく存じます」
カンは薄い笑みを浮かべて、袋から何かを取り出し、黙っている皇女にそれをかざしてみせた。短い刃が、たいまつの炎に照らされて揺らめいている。
「それは……宝剣!? どういうことだ……? いや、持っているのなら少なくとも愛玩鳥がここになど来るものか。
……ではそれは、お主らが作った偽物だというのか? そうじゃな、宝玉の輝きが違う」
驚く皇女に、カンは大きくうなずいた。あ、そういえばレイさんにレプリカの宝剣を貰っていたんだっけ。
「一目で見破れるのは聡明な殿下だけかと存じます。普通は偽物が作れるなどと思いますまい。
伝説の宝物など殿下にとっては無価値でしょうけれど、民にとっては違いましょう。彼らはこれを持つ者が皇帝になれると信じているのですから。
関係無い、などと彼らは思いますまい。少なくとも、今すぐには。彼らは殿下とは違い愚かで頑なでしょうから。
ですから殿下が帝都を落としたとしても、これが無ければ、やがて不信を生み、帝国に混乱を招くことになりましょう。……現皇帝がそうであるように」
カンが話す間、皇女は口元に手を当て、たいまつの炎に煌く宝剣をじっと見つめていた。今のところ攻撃してくる気はなくて、カンの話を聞く気みたいだ。
「でもそれが必ずしも実際に建国の英雄が持ってきた本物でなくてもいい。伝説の宝物だと皆が納得するものであれば、殿下にとっては十分なはずです。だから、口を割るか――いや、そもそも本物の在処を知っているかすら――定かでない男を拷問し続けるより、手っ取り早いと思います。それに――」
皇女が話を聞く気でいることと、護衛の二人が大人しくしていることをちらりと横目で確かめて、カンは続ける。
「黒雲と組む主たる理由は武器と食料の供給で、帝都攻めの戦力としては正直微妙でありましょう。更に帝都攻略が終われば殿下にとっては完全な厄介者のはずです。我々に破壊神の件を任せて頂ければ厄介払いできる可能性もあります。悪い話ではないかと存じますが」
彼は一息に言い切って、皇女にうさんくさい笑顔を向けた。皇女は黙って、カンとわたしを少しの間見ていた。
「……良かろう。宝剣を渡せ」
ふっと息を吐いて、皇女は淡々とそれだけ言った。
「ツバサ……黎明の翼を放してからです!」
渡したけれどツバサを解放しないとかありそうだ。睨みつけるわたしを皇女は軽く鼻で笑うと、兵士にツバサを解放するように命令した。兵士はツバサを壁に繋いでいた鎖を外したけれど、まだ彼の腕を掴んで拘束していた。
「これで良いかの? さあ、取り換えようぞ。宝剣をこちらに」
カンが進み出ると、兵士はツバサをこちらに向かって突き飛ばした。わたしはよろめくツバサの肩を支える。
大丈夫……じゃないよね……。早く連れて帰ってケガの手当てをしないと。彼は全身傷だらけで呼吸も荒く、辛そうだった。だというのに、彼はわたしの手を振り払った。
やっぱり、すぐには信用してもらえないよね。でも、それでも協力してもらえるように頑張るぞ!




