009_14_ミライとツバサと皇女様#2
「どういう意味よ!」
ツバサに野心があれば、もっと違う関係だったのに、と嘲笑う皇女の意図がつかめず、ミライが食ってかかった。
「そのままじゃ。皇帝がその男をどういうわけか気に入ってな、妾を娶り自分の臣下となれば、旧王国に便宜を図る、と約束したのじゃ。そ奴はその条件を呑んだ、というわけじゃな。
亡国の民を想う、優しい男であろう?」
皇女はありったけの皮肉を込めて嗤い、蔑むような目をミライに向けた。えっと……それって……?
「そんな……それじゃあ……」
ミライは頭を抱え、ふるふると小刻みに首を振っていた。皇女の言葉に動揺を隠せないようだった。皇女は震えるミライに追い打ちをかけるように冷めた目で彼女を見つめ、更に言葉を続ける。
「何じゃ、深い仲かと思っておったが、この程度のことにも考えが及ばぬのならば、妾の見当違いだったかのう?
誰かを恨まねば気が済まなんだか? まこと、愚かで身勝手なことじゃな。所詮――」
「よかったじゃん!」
愉快そうに追い打ちをかける皇女を遮り、わたしはミライに向けて明るく言った。ミライと皇女の視線がぱっとわたしに向いた。
「何を言っているの?」
「何を申しておる!? 黒雲が勝手に割り込んできおって!」
割り込まれたことにご立腹な皇女は無視して、怪訝な顔のミライにわたしは笑顔で答える。
「だって、ツバサはやっぱり帝国の地位とかそんなんが望みだったわけじゃなかったんだし。昔と――ミライが好きだった頃と――変わってないってことでしょ?」
「そんなはずない! そいつは裏切ったのよ……あの時故郷の為と言ってわたしを捨てて……その故郷も捨てて帝国について……その女の横で帝国の支配者になろうとしてる。
だから……帝国もその男も私も、全て破壊神に滅ぼされてしまえばいい。そう思って、私はここまで……なのに今更……そんな……」
わたしの言葉にミライは頭を抱え、弱々しく呟いた。
「もうやめたらいいだけでしょ。今更っていうけど、今解っただけいいじゃん! ずっと誤解し続けたままでいるよりずっといいよ!
破壊神の復活だって、何とかする方法、もしかしたらツバサが手がかりを知ってるかもしれないんだよ! 再封印の方法、見つけ出せばいいよ!
そのためにも、まずツバサをここから助けださなきゃ!」
彼女は何も言わず俯いていた。そんなにすぐに割り切れるものじゃないから、仕方ないよね。助けないとか反対しないだけいいのかな。
ツバサを助けるためには、まず皇女をなんとかしないと。どうしようか、と彼女を睨みつけると、彼女は見下したようにふん、と鼻を鳴らした。
「助ける? どうする気じゃ? その男が死ぬ前に、我らを全て屠ってみるか? 破壊神の僕の真の力を持ってすれば、それも可能かもしれぬな」
そう言いながらも皇女は余裕だった。言葉とは裏腹に、そんな事は出来ないと思ってるみたいだけど。護衛の二人が凄く――ツバサくらい――強いのかな。それもあるかもしれないけど、単純にツバサを人質にしてるからかなあ。確かにそのせいで下手に動けないけど……でも何とかしなきゃ。
スモークだとツバサもミライも巻き添え喰っちゃうし、効果が出るまでに少し時間がかかる。眠る前にツバサに攻撃されちゃうかもしれない。
うーん……あ、攻撃を当てると相手を動けなくさせるスタンバトンがあった。これで動けなくなってもらって、その間に助け出そう。
そう考えて、わたしはカバンに手を伸ばす。協力してもらおうとカンに目配せすると、彼は小さく首を振った。
「我々が真の力を隠していることを見抜いておられるとは。殿下のご慧眼、敬服仕ります。
既にお察しの通り、我々は殿下の同盟者でもその敵対者――帝国に不干渉を貫きたい者達――でもありません。ですから、殿下に危害を加えない理由もありません。
目的は、果たします」
カンがきっぱりと言った何だか意味の分からない言葉を、皇女は冷たく嘲笑した。護衛が殺気のこもった目でカンを睨みつけたけれど、皇女はそれを制した。
「成程異端者か、面白いな。だがその真の力とやら、お主等だけが持つわけでもあるまい。であれば黒雲の中で決着を付けた後で妾の元へ来ればよいからのう。
首尾よく妾を弑しても、次は両陣営の黒雲から制裁が待っておるじゃろうな。勝ち残れるかのう? 中々難儀な事じゃ。破壊神の僕でありながら傷つくことを厭う黒雲が、わざわざそんな真似をするとはな」
と、余裕たっぷりに笑みを浮かべた。えっと、どういう事?
同盟……そっか、帝都を攻めるって過激派の人達は、もう皇女と組んでたんだ。皇女と組んで帝都を攻めるわけだから、皇女がいなくなったら困っちゃうのか。
じゃあその敵対者……は従来の運営や騎士団って事だよね。帝国には関わらない方針だから、皇女に攻撃した、なんてなったら当然問題になる。
だから両方ともそれぞれの理由で、自分を攻撃しないはず、っていうのが皇女の余裕の正体だった、ってことなんだ。
あれ? でもちょっと待って。わたし達だって帝国には関わらない側だよ! 今だって、そりゃあツバサを助けなきゃだけど、この人達に危害を加えるようなことはしないつもり――せいぜい気絶してもらうくらい――なのに。カンのはただの脅し……だよね?
あ、そもそも危害を加えられる武器を持ってなかったか。こっそり持ち込んだ……なんてこともないから、やっぱりただの脅しなわけだ。わざわざそんな事言ったってことは何かアイデアがあるのかな? まだ皇女は攻撃してくる気はないみたいだし、なんとか平和的に解決したいけど……。
ああ、もう、カン、何かあるなら早く言ってよ! ひょっとしてないのかな……とにかく、わたしも考えなきゃ!
「しかしこの男にそうまでする価値があるのかのう?
ああ、お主等はこの男に奪われた宝剣を取り返しに来たのじゃったな。それに、こやつが破壊神の復活に関わる話を知っているとか申しておったな。破壊神などと、まさかそんな伝説をお主等が信じておるのか?
無知蒙昧の輩が信じるのをいい事に、破壊神の僕を騙り続けるただの欲深な人間共が」
わたしがどうしようか必死に考えていると、皇女はくっくっ、と馬鹿にしたように嗤った。
ん? 欲深な人間? そんな風に言うってことは、彼女はわたし達が伝説の黒雲じゃないと思ってるってこと? 破壊神にまつわる伝説も、宝物の伝説も全て信じてないってこと?
ミライにしてもツバサにしても、伝説を当然のことと思っていたし、わたし達の事をその伝説の黒雲だと信じていたから、こっちの人はそういうものだと思ってたんだけど。
破壊神の復活――大規模な噴火、らしい――が迫っていて、止めないと取り返しのつかない事になること、それを止めるためにツバサの協力がいるんだ、ってこと、ちゃんと分かってもらわなきゃ!
皇帝になっても、世界自体が滅んじゃったらしょうがないわけだし、それで説得してみよう!!




