009_02_リスクいっぱい銀と金#2
「では早速、始めさせて頂きます」
真剣な面持ちでアマネさんが話し始めた。
「既にお知らせした通り、私達はリスクオンというギルドに戦いを挑まれました。彼らはスターリングの支配権を狙っています」
「リスクオン!? やっぱり、ジョー達……」
アマネさんの口から出てきた聞き覚えのあるギルド名に、わたしは思わず叫んでしまった。銀騎士団に戦いを挑む、ってずっと言ってたもんね……。
「知り合いなのか?」
カレンさんが何かRPGっぽい趣のある紙――これもしかして羊皮紙ってやつかな――を配る手を止めてわたしの方を見た。
「あ、はい。わたしの友達のギルドで、実はわたしもメンバーでした」
「そうか……。だが過去はどうあれ、今は我々と共に戦ってもらわねばならない」
カレンさんは少し困った顔をしていたけれど、すぐにきっぱりとそう言った。そしてわたしに紙を手渡す。
見るとそこにはリスクオンの情報が書き込まれていた。ジョーやセイの名前もある。っていうかこの戦績、ホント武闘派だなあ。自分達より規模の大きなものを中心に、スターリングの多くのギルドを倒していた。
「で、何か奴らの有益な情報はねえの?」
と、聞いてきたのはシンさんだ。
「ごめんなさい、ここに書いてある以上の事はわたしにはわからないです」
ギルドの情報はもちろん、各人の得意な武器とかの情報は全てカレンさんが配った羊皮紙に書かれていたから、いまさらわたしに付け足せることはなかった。
「はっ、使えねえな」
シンさんは冷たく吐き捨てると、紙に視線を戻した。
「シン、そんなこと言っちゃダメだよ。かわいそーでしょ?」
タクさんの言葉は優し気だけど、浮かべるのは嫌味な笑顔だ。イヤな感じ! でもここで抗議しても仕方ない。わたしも黙って配られた紙を見つめる。
「彼ら――というよりは、彼らの背後にいる運営の過激派ですか――の狙いは単にスターリングの支配者になることではありません。この町が持つ港の機能を手にして、帝国に侵略することです」
きっぱり言い切るアマネさんからは、静かな怒りが感じられた。だけどわたしはその意味がすぐには理解できなかった。
「運営の一部が、帝国を攻めようとしているんですか? どうして、そんなこと!?
それに……ジョー達リスクオンは、知らないんですよね? ゲームだって思ってるんですよね? それって……そんなこと、絶対ダメですよ!」
質問しながら、アマネさんの怒りの内容が少しずつわたしの中で理解できてきた。そんなわたしを、金騎士団の二人が鼻で笑った。
「どうしてか、だって? 理由なんざ決まってんだろ。金だよ。帝国にある財宝をかっさらおうって腹だ。異世界の財宝、きっと高値で売れるぜ。ま、ちょっと考えりゃわかるわな」
シンさんはは頭の後ろに手を組み椅子に思いっきりもたれて、完っ全に見下した発言をわたしに浴びせた。何でこんな態度デカいの? 最強だか何だか知らないけどすっごい腹立つ!!
「……ですが、こちらと現実をつなぐ【ゲート】は、それほど色々なモノを転送できなかったはずでは?
だからこそ、レポートに価値があったわけでしょう?」
怒りで煮えたぎってるわたしとは対照的に、カンが静かに聞いた。アマネさんもそのことは疑問らしく、カンにうなずくとシンさんの方を見た。どういうことなんだろう?
「どうも最近、ゲートが拡張しているらしい。それで財宝を持ち帰る目途が立ったって話だ。そうなりゃ財宝を手に入れるのに何の障害もないわな」
シンさんがニヤリと笑って答えた。アマネさんとカレンさんの顔に最初は驚きが、次に怒りが浮かんだ。
持って帰れなかったから奪わなかったのが、持って帰れるようになったから……奪うことにしたってこと? そんなの、怒りしか湧かない。
「ですが、何故ゲートが急に? 拡大の動向等のデータはありますか? それに、一体誰が調査しているんです?」
カンは淡々と、矢継ぎ早にシンさんに訊いた。怒りなんてかけらもなくて、ただ探るような視線を向けている。
「それはこっちも今――」
「ねえ、ゲートの話っていまいま必要? 時間ないんでしょー?
どーせ戦闘に対して貢献できない奴が関係ない事で時間使うの良くないと思わない? 喫緊の課題は攻城戦でしょ?
ねえ、アマネちゃん。今回の作戦は? 僕らに何してほしいわけ?」
答えようとしたシンさんを遮り、タクさんが話を元に戻す。カンは一瞬だけ不機嫌そうな顔をした。
アマネさんがコクコクと頷き、再び話し始める。
「すみません。そうですね。
ルールはリスクオンがこの拠点を攻め、この石を破壊するか、私達を全滅させることが出来れば彼らの勝ち、出来なければこちらの勝ち、という事になりました。
イベント期間中、スターリング市内全域で対人戦が解禁になります。また、ギルド本拠地以外の施設は使えません。ですが――」
「ゲートでスターリングに入れねぇだけで、封鎖されるわけじゃねぇから、普通に外から街に入りゃ戦闘に参加できるってことか。で、オレらに助けに来い、と。ああ、いいぜ。貸しにしておいてやるよ」
アマネさんの説明の途中で、状況をもう理解したらしいシンさんがニヤリと嗤った。銀騎士団は拠点で守ってて、それをリスクオンが攻めてるから、外から入ってリスクオンの後ろからわたし達が攻撃、ってことなのかな。挟み撃ち? いい作戦だけど……。
「けど……そんなのジョーが――リスクオンが――認めたんですか? 最強な金騎士団に協力を頼むことくらい予想してそうだし、いくらなんでも二ついっぺんに相手するなんてリスキーなこと、しないと思うんですけど」
わたしは疑問を口にした。セイならまとめて倒してやる、とか言いそうだけど、ジョーはそんなことせず、確実に一つずつ潰しそうなんだけどな。
「あいつら最近向かうところ敵なしだからな、調子に乗ってんじゃねぇの?」
シンさんが短く息を吐いた。わたしの疑問なんてどうでもいいって感じだ。
「向こうも同じこと――他の都市のギルドとの協力――を考えているのかもしれません。そちらにも十分、気を付けて下さい」
アマネさんは真剣な顔で考えていたけれど、シンさんもタクさんもそんな深刻そうではなかった。最強な人達の余裕、なのかなあ。
「ソリドゥスで無謀にも俺らに挑んできた奴らは叩き潰したし、クレーディトはそもそも強いギルドいねえし、だからそっちは心配するこたねえだろ。
リスクオン自体が防衛にも人を割くだろうが、大したことねえ、それは潰せばいいだけだ。
それより、俺らが行く前に潰されんじゃねえぜ?」
シンさんは皮肉っぽい笑いを浮かべてアマネさん達の方を見た。アマネさんの眉がピクリと動いたけれど、彼女は努めて笑顔を崩さないようにしていた。その隣のカレンさんの顔には、はっきりと怒りが浮かんでいた。アマネさんがカレンさんを押しとどめるように視線を送り、カレンさんもギリギリで踏みとどまったようだった。
銀騎士団だけじゃリスクオンを防ぐのは難しいってことなんだろうな。
「ええ、勿論です。でもなるべく早く来て下さいね。
後は、私達が仕掛ける罠についても伝えておきますね。同士討ちなんて不幸ですもの。
カレン、見取り図をここに」
アマネさんは笑顔を作ってそう言った。大人の対応、っていうやつだ。わたしはすぐ頭に血が上っちゃうからな、見習わなくちゃ。
カレンさんが部屋の隅から大きな紙を持ってきて机の上に拡げた。城の見取り図だ。そして罠の位置や、人の配置を説明してくれた。しっかり覚えて、当日頑張らなくちゃ。
でも、リスクオン……セイ達と戦わないといけないのかあ……。怒りでいっぱいだったデッドクロスの時とは違って、やっぱりちょっといやかなあ。無視されちゃってるとは言っても、やっぱり仲直りしたいから、これ以上敵対するネタが増えるのもホントは困る。
「異世界だからといって、他の国を侵略するなんて、そんなひどい蛮行を許すわけにはいきません。リスクオンを……いえ、その後ろにいる運営の一部過激派の野望を止めなければ!
皆さん、頑張りましょう!」
でもアマネさんの言う通り、そんなこと許すわけにはいかない。セイ達が何も知らずに運営に乗せられるまま、帝国侵略なんてしてしまうのは嫌だ。それは止めなくちゃ。だから、絶対勝たなきゃ。わたしはアマネさんの言葉に大きくうなずいた。
「ああ、何もわかってねえ馬鹿共をのさばらせるわけにはいかねえな!」
シンさんが自信たっぷりな笑顔でわたし達をぐるりと見回した。タクさんも「だよねー」、と笑顔でうなずいている。よし、みんなで頑張ろう!
……と、テンション上がっていたんだけど、ふと隣を見たらカンが頬杖をついて、死んだ魚のような目でぼんやりとその様子を眺めているのが目に入った。大事な事だと思うんだけど、彼にとっては興味のないこと、なのかなあ。
あ、シンさんがちらっと見た気がする。目を付けられたら、彼の嫌いな“面倒なこと”が起きると思うんだけどな。その辺、もうちょっと上手くやってくれたらいいのに。
「では、今日はわざわざスターリングまでありがとうございました。当日は宜しくお願いしますね」
と、心配していたのだけど、シンさんに何か言われることはなく、アマネさんのにこやかな一言で今日の会議はお開きとなった。
今後のためにも絶対、頑張らなくちゃ。
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