009_01_リスクいっぱい銀と金#1
「銀騎士団の本拠地って、ここ……? なんか、すごいね」
起伏の大きいスターリングの街外れ、丘の上に現れた大きな白い城壁を見上げながら、わたしは驚きの声を上げた。豪華な装飾とかはほとんどなくて、壁と見張りの塔がそびえている。なんか騎士の城って感じ。そして、わたし達の拠点よりずっとずっと大きくて立派だ。ちゃんとRPGっぽいし。
「そう。このいかにも、な城が銀騎士団の拠点」
カンは軽く頷くと、城壁に設けられた大きな扉の方へ歩いて行った。閉ざされた大きな扉のところには誰もいなかった。どうやって開けてもらえばいいんだろう? あ、ここはやっぱりあれだ!
「たのもー」
思わずちょっと言ってみたかった言葉を言ってしまったんだけど、カンが苦笑いしているのでやめとけばよかったと思った。
う……何かちょっと恥ずかしい。と、下を向いていたところに、気まずい沈黙を破ってギィ、と扉が開いた。よし、結果オーライ!
わたし達は扉を抜け、城の中へと進む。ちょっとした広間で、カンが足を止めた。向こうから人のやってくる足音が聞こえる。
「白騎士団か、よく来てくれた。おや、今日は団長不在か? お前が副団長……だったよな? そっちは見ない顔だな……新メンバーが入ったんだったか。まあいい、こっちだ」
わたし達二人を上から見下ろして――実際にはカンの方が背が高いんだけど、彼は関羽、とか呟くやすっかり小さくなっているからそんな感じ――そう言ったのは、銀の全身鎧に、ユニコーンと盾の紋章の入った青いサーコートを着た、短い髪のいかつい女性だった。関羽じゃなくて確かカレンさんだ。
カレンさんの後を追いかけ、燭台の明かりと騎士鎧の並ぶ石壁の廊下を進む。その先にある重厚な両開きの扉をカレンさんが開けると、中には大きな丸いテーブルがあり、周りに並べられた椅子の一つに青いドレスに銀鎧を着た清楚な女性が静かに座っていた。ヴァルキリー様だ。彼女はこちらに気づくと立ち上がり、こちらに歩いてきた。でも、少し近づいたところで、彼女は足を止めた。
「あら? あなた、どこかで……?
あ、無謀にも竜人に近づいた挙げ句人質になって、私達の捕獲任務を邪魔してくれた人ですね」
ヴァルキリー様はわたしの事をじっと見ると、静かな声でさらりと言った。さらっと言った中にビシビシとトゲがあって怖い。ああ、やっぱり、ツバサと一緒に銀騎士団から逃げ出しちゃったから怒ってるよね。何かとても気まずい。
「あ、ええと……そうです。ごめんなさい。あの時はこっちも必死で……捕まるわけにはいかなかったんです。そちらの事情も、知らなくて。
銀騎士団の邪魔をする気なんてなくて、ただ、あの人を助けたかっただけなんです。
それにこれ以上わたし達と戦ってほしく無かったし……」
結果的に銀騎士団の邪魔をしてしまったのは事実なので、そこは素直に謝っておいた方がいいよね。でも邪魔する気は無かったんだ。そう説明すると、ヴァルキリー様はふっと軽く微笑んだ。
「結局あの竜人は自主的に帝国に帰ったと運営の方から聞いています。
あ……その説得をした人が新しく白騎士団に入ったと聞きましたが……あなただったのですね。
結果的には誰も傷つかずに済んだのですから、私達が捕まえるより良かったのでしょう。それなら私も、邪魔したと責めるわけにもいきませんね」
良かった、何か丸く収まってるみたい。……ってあれ!? なんか説得したことになってる! ヴァルキリー様も納得してくれてるからそこはいいけど、でもわたしはそんな大したことしてないのに何か誤解されちゃってる!
「ええと、わたし、そん――」
「許して頂けたのなら幸いです。彼女もこれからは銀騎士団と是非協力したいと思っているでしょうから。
ああ、そうだ、すみませんね、今日は団長が不在なので、彼女と俺の二人で参加します。ご了承下さい」
誤解を解こうとしたわたしを遮って、カンがそう言って頭を下げた。うーん? 強引に話を打ち切ったところからすると、何か言ったらマズイことがあるんだろうなあ。
あ、アマネさんに話を伝えた運営の人ってレイさんなのかな、それだったら色々隠して伝えてるのかも。それで良いのかな? でも……よくよく考えてみると、わたしもあの時のこと、上手く説明できなそうだし、仕方ないのかな。
「あ、わたし、つい最近白騎士団に入ったリンと言います。これからよろしくお願いします」
ということで、とりあえずごく軽く自己紹介して流すことにした。
「こちらこそよろしくお願いします。銀騎士団団長のアマネです」
ヴァルキリー様、じゃなくてアマネさんが笑顔で会釈すると、彼女の編まれた黒髪が揺れた。やっぱりキレイな人だなあ。ヴァルキリーってあだ名はぴったりだと思うけど、でもそう呼ばれるのイヤみたいだし、これからはちゃんとアマネさんって呼ぼうっと。
「副団長のカレンだ。よろしく頼む」
カレンさんもそう言って大きな手を差し出してきた。わたしがその手を握り返すと、彼女はぶんぶんと振った。けど、団長も副団長も女性なんだ。確か団員には男性もいたから、別に女性専用の団ってわけじゃないよね。ふう、女性専用だったとしたら、どうしてわたしは入れなかったんだろう、とちょっとへこむところだった。
「ああ、でも残念です……マドカさんは、今日はいらっしゃらないのですね」
アマネさんは肩を落とし、がっかりした表情でそう、ポツリとつぶやいた。この雰囲気は一体なんだろう。何かマドカさんがいないと問題があるのか聞こうとしたけれど、すぐに彼女は元の凛とした顔に戻り、話を続けたのでそんなことは聞けなくなった。
「スターリングシティ防衛戦へのご協力、感謝します。白騎士団は少数ですけれど、団長が……コホン、団長はじめお強いですから、助かります。
一部の運営の暴挙は許せませんし、何も知らずにそれに乗るプレイヤーも止めなければなりません。一緒に頑張りましょうね。
作戦については金騎士団が着き次第ご説明しますから、そちらにかけて少しお待ちください」
と、アマネさんは頭を下げ、わたし達に椅子を勧めた。ちょうどそんな話になったから、お願いするなら今がチャンスかな。
「あの、ちょっと図々しいのは分かってるんですけど、協力しますから、こちらのお願いも一つ、聞いてもらえないでしょうか?」
わたしは思いきって切り出した。
「何です?」
アマネさんが小首をかしげた。よし、聞いてくれそうだ。
「わたし達、どうしても帝国に行きたいんです。……あ、別に彼らに危害を加えようとか、そんなんじゃないんですけど……ええと……」
話し始めたものの、ミライのことは言っちゃダメ、となるといい理由が思い浮かばない。何か適当な嘘言っても、追及されたら困るっていうか、アマネさんをごまかすのはムリそうだし……。
「竜人の伝説の調査のために、向こうにある彼らの遺跡を訪ねたく。今までの発見を元に立てられた仮説について、そのエビデンスを集めたい、ということでして」
詰まるわたしをカンがそうフォローした。アマネさんは少し眉根を寄せ、カンをちらりと見て考えていたけれど、やがて、
「帝国領にある遺跡の調査、ですか……。白騎士団は――というより特に貴方が、ですか――遺跡探検には強いですものね。研究所としても我々よりそちらに依頼したい、ということなのでしょうね。
街の防衛が終わった後で、研究所からの依頼書があればいいでしょう」
と、条件付きで許可してくれた。
「ありがとうございます!」
わたしは元気よくお礼を言い、頭を下げた。よし、これでひとつ片付いた!
けど、帝国に行くためにはまずスターリングを守らなきゃ、なんだよね。しっかり話を聞いて、頑張らないと!
そんな決意を固めた所に、ドカドカと大きな足音が聞こえてきた。足音が止むと、バン、と大きく扉が開かれた。
「よう、アマネ! 白騎士団に続いて銀騎士団までギルドにケンカ売られるたぁな。全く、騎士団も舐められたもんだぜ!
おっと、時間も無駄にしたくねぇし、とっとと始めようぜ!」
勧められるより早くどっかりと椅子にもたれ、おもむろに緩く脚を組んで、鈍い金の全身鎧を着けた男は、話していたわたし達に早くテーブルに着くよう促した。
「時間は有限だもんねー」
ニヤニヤと薄笑いを浮かべて呟きながら、軽装の中性的な線の細い美少年がひらりと椅子に座る。淡い栗色の髪がふわりと揺れた。
金騎士団の、シンさんとタクさんだっけ。遅く来たくせに早く始めろなんてちょっと感じ悪い! アマネさんのキレイな顔も一瞬ムッとした感じになっていた。なんだかとにかくイラっと来る感じの人達だ。とはいえ早く始めた方がいいのは確かだから、わたしも急いで席に着いた。
これから協力しよう、ってところで喧嘩するのもまずいしね。
新章スタートです。帝国に行くため、銀騎士団と交渉です。
この章は結構長くなりますし、状況も複雑になっていきますが、読んで頂けたら嬉しいです。
皆様の忌憚のないご意見、お待ちしております。




