007_05_わたしが見つけた真実は#1
「動けば撃つ。彼女は渡さない」
警告するカンに、男の足が止まる。一回撃たれているから警戒しているのかもしれない。だったら、わたしがやるしかない。別に撃たれても死ぬわけじゃないんだし。
「リンさんも。将軍閣下がどうなっても良いなら別だけど。
恐らく、俺が引鉄を引く方が速いだろうから」
男に銃口を向けたまま、いつも通り淡々とカンが言った。
「なっ……最っ低!!」
「うっわ、性格悪っ!! そんな子に育てた覚えはないよ!?」
何故か味方からも便乗して非難(?)の声が上がった。でもどうしよう……これじゃ動けない。わたしはせいぜい、もう一回強制労働で済む。でもあの人は?
あれ? そういえばカンはどう思ってるんだろう? わたしの考えている通りなら、当然運営のレイさんは知ってるはずだ。なぜかレイさんと一緒にいるカンはどうなんだろう? 知らされているのかな、それともいないのかな? でも、知ってたら普通、撃ったりしないはずだ。
じゃあ、真相――かどうか、ホントのところは分からないけど――を知れば、少なくともそういう可能性があるって分かれば、きっとためらうに違いない。そうすれば、チャンスもあるかも。
「カン、その人を撃たないで!
彼らはNPCでも、プレイヤーでもなくて! ここはゲームでもない!!
バカな妄想って呆れると思うけど、でもここは異世界で、彼らはその世界の本当の住人なんだよ!
だから……殺さないで」
こんな事を言うのは恥ずかしいけど、そんなこと言ってられない。止めるためなら何でもしなくちゃ。
「は? 何故そんなこ――」
わたしの呼びかけに戸惑っていたカンの隙をついて、男が飛び掛かる。え、ちょっと待ってよ!
「ちっ……!」
忌々しげな舌打ちに続けて銃声が響いた。
「くっ……さっさと殺せばいいものを!」
男が膝をつき脚を押さえ、カンを睨みつけていた。
「何で! 何てことを! もう! このわからず屋!!」
かっとなってカンに攻撃しようと走るが、届く前に撃たれた。思いっきり殴られたような衝撃を受け、わたしは倒れた。
うう……あれ? 結構痛かったけど、意外と傷は大したことないみたい。耐えられないこともない。銃使えない説はホントみたい。ラッキー。
立ち上がって見ると、ちょうど彼はポーチの方に手をやっていた。お? 弾切れ? チャンス? 痛みをこらえて、わたしがもう一度攻撃するより先に、
「戦う覚悟の無い者が、私の邪魔をするな!」
「しまっ……!」
もう一度、あの男が飛びかかっていた。撃つことができずに距離を詰められ、銃を取り落とすカン。銃さえ撃たせなければ敵じゃないよね。わたしはダッシュして、彼の銃を拾って奪い取る。よし、こっちはあの人に任せて、わたしはあの子をレイさんから取り返さないと。
「あー、ホント、カン君詰めが甘いよねぇ……あ、全体的に色々甘いか」
苦戦するカンの方を見ながら、やれやれ、とレイさんが呟いた。そんな余裕、ないと思うけど。
「その子、放してあげて下さい」
レイさんに拾った銃を向ける。撃つ気はさらさらないけど、話を聞いてくれそうにない相手に要求を聞いてもらうためには、こうするくらいしか思いつかない。
「それ、弾は入ってないはずだし、撃てたとしても彼女を巻き込む可能性の方が高いよ? それから免許無しの銃保持はペナルティ対象。今回は見逃すからさ、銃口向けないでよ。
撃たれないって分かってても、あんまり気分の良いものじゃないしね」
でもレイさんは全く動じることなく、おどけた調子でそう言いつつ、少女を自分の前に引き寄せた。これじゃまずい。わたしは唇を噛み、銃を捨てる。そんなわたしを見て、彼は愉しそうに嗤った。
「君は良い子だね。あんまり頭は良くなさそうだけど。
彼女は渡せないよ。だってそうしたら、彼に渡しちゃうんだろ?
そしたらきっと、彼がここで彼女を殺すか、帝国に連れて行かれて処刑だろうね。
いずれにしても、彼女は死ぬ」
レイさんは演技がかった口調で言って、すっと2本の指で首を切る真似をした。きっと、そうなるんだってわたしも思う。迷う私をニヤリと笑って、彼は言葉を続ける。
「でも、僕達なら彼女を救える。彼女の願いを叶えてあげられる。
ねえ、そっちの方がいいと思わない? 皇帝殺しだって、やむにやまれぬ事情があったんじゃない? それが分からないまま、処刑なんてさせたくないでしょ? 君は、彼女を助けたいと思ってるよね?」
彼はわたしに次々と問いかけてきた。確かに、わたしは彼女を助けたいって思ってる。何も分からないまま、あの人が彼女を手にかけるような事は防ぎたいって、そう思ってる。だけど――
「ならこんなところでグダグダ言ってないで、さっさと私の望みを叶えて欲しいわね!
さっさとこいつらを殺して、破壊神を復活させるのよ!!」
いら立ちを隠さず、少女がレイさんに叫んだ。そんな彼女に、彼はうんざりしたようにため息をついた。
「それが出来ないから、今僕が頑張ってるんだよ。彼女に寝返ってもらってさ、2対1ならあの竜人も何とかなるかもしれないでしょ? 僕も君も戦力にならないし、彼一人じゃ押さえるのがやっとだしね」
レイさんが少女に冷たく言い放った。
「くっ……!」
少女は悔しそうに言葉を呑んだ。それに満足すると、彼はわたしの方に悪い笑顔を向けた。
「さーて、で、どうかな?」
「彼女を助けたいと思ってます。でもレイさんには協力したくないです! だって絶対、彼女の事助けたいなんて思ってない! 何か裏があるようにしか見えない!
それにあの人と戦いたくもないし、破壊神の封印を解いて、世界を滅ぼすのもイヤです!」
話には乗れないと、わたしは精一杯彼を睨みつける。
「じゃあ、君は彼女が帝国に処刑されても良いって言うんだね? ひどいなぁ」
彼は大げさにため息を吐き、わたしを非難した。うう……違うって分かってるのに、何か上手く言い返せない。でも黙ってちゃだめだ。
「そうは言ってません! ただ……きっと何か方法があるはずです!
三つの宝物を彼に返して、破壊神を封印しなおす方法を探して――」
そうだ、うっかり騙されそうになったけど、彼女の望みを叶えるか、そうじゃなければ帝国につき出すか、なんて二択じゃない。あの人は、三つの宝物を返せば引き下がってくれるかもしれない。そう答えるわたしを、レイさんはつまらなそうに鼻で笑った。
「彼女にもう一度遺跡を封印させて――ま、実現性は不明だけど――宝物をあの男に返して、彼女を僕らで匿えって?
冗談じゃない。帝国から逃れることが彼女の望みじゃないでしょ? どうやって彼女を説得する気さ?」
「馬鹿な奴もいたものね。もう一度封印ですって? そんな方法は知らないわ。できたとしても、するはず無いでしょう?
それに、何度も言わせないで。この宝物は渡せない。破壊神を蘇らせるために必要だもの」
レイさんだけでなく、少女からも軽蔑の眼差しを向けられ、わたしはどうしたらいいかわからなくなった。でも……諦めたらだめだ。
「レイさんはどうして世界を滅ぼすのに協力しようとしてるんですか!? 異世界だからって、滅ぼすのに荷担するなんて!」
わたしが詰め寄ると、レイさんはくすり、と馬鹿にしたように笑って、わたしの目を覗き込んだ。
「ええと……ちょっと待ってね? 君、さっきも言っていたね、ここが異世界だって。先に確認しておきたいんだけど、君、まさか本気で異世界にいると思ってたりする? すっごくリアルな没入型VRMMOだからさ、そう勘違いしちゃう人は結構いるんだけど、君もその一人?」
レイさんはどこか、憐れむような目をしていた。頭のかわいそうな人、とでも思ってるのかな。でも彼は運営の人なんだから、真相を知っているはずだ。
だったらやっぱり、わたしの考えが間違ってる? それとも真相を知られたくないから、ごまかそうとしてる? なんとなく、後者じゃないかなって気がする。それに今更、違うなんて思えない。
「そうだと思ってます! だから、破壊神を復活させて世界を滅ぼすなんて、止めなくちゃ!」
わたしはきっぱり言った。
「困ったなあ……。どういうわけだか度々君は遭遇しちゃってるみたいだけど、これも新イベントのテストなんだよね。カン君はテストプレイヤーの一人ね。
だけど感情移入しやすいストーリーも、没入感のある仮想現実も、優秀なAIも考え物だよね。作り物と現実の境目が判断できなくなっちゃうんだとしたら。でも、システムはリアリティがあるとは言え現実とは違うしさ、異世界転移なんて、あり得ないでしょ?
こういう事をゲーム内で言うべきじゃ無いんだけど、プレイヤーがそういう妄想に嵌っちゃうのも危険だしね」
レイさんは大きくため息を吐くと、心の底から困ったように言った。妄想って言われると相当恥ずかしいし、にやにやと嫌な薄笑いでじっと見られるのも心が折れそうだ。
だけど、こんなことをわざわざ言ってきたのは、逆にチャンスかもしれない。異世界だって思う根拠をちゃんと出して、ゲームと異世界の境目をはっきりさせて、異世界転移なんて妄想じゃない事を伝えられれば、きっと何とかなるんじゃないかな?
よし、自信を持って考えをぶつけてみよう。態度にちょっとでもおどおどしたところがあったら、絶対そこにつけこまれて信じてもらえないからね!
間違ってるって言われたら……そのとき考えよう。今は考えない。とにかくぶつけよう!
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