007_04_いきなり始まる非日常#3
「盟約に従いここから立ち去りなさい。さもなくば捕らえます」
ヴァルキリー様は青く輝く刀身の剣をこちらに向けて男に警告した。立ち去らないわたしは、無視することにしたみたい。
「また、黒雲か……次から次へと」
男はふっと息を吐くと、銀騎士団に向けて剣を構えた。銀騎士団も武器を構え、何だかすぐにでもバトルが始まりそうな雰囲気になった。それはまずいと思い、わたしは止めようと彼をつつく。
「ちょっと待って、銀騎士団と戦うより、あの子を追う方が先でしょ? あの子を連れてった奴らの行きそうなところ、一つ知ってる。
一緒に連れて行ってくれるなら、案内するから」
男が振り向き、じっとわたしの顔を見た。一応話は聞いてくれるみたい。心当たりはあるとはいえ、ホントにそこにいるかはわからないんだけど。彼は乗ってくれるかな?
「良いだろう」
わたしの心配をよそに、彼は意外にあっさりとうなずいた。他に手がかりもないし、銀騎士団全員を相手にするのは面倒だと思ったのかな。
男はヒュッと指笛を鳴らし、わたしに近づくと、
「仕方あるまい」
と、あきらめ交じりにつぶやいてわたしの手を掴む。
「えっ!? ちょっ!? 何すんの!? 放して! 下ろして!!」
そしてあっという間に担ぎ上げられ、手足を押さえらえる。抗議の声を上げるけど、彼は取り合わなかった。
「人質を取るなんて! 団長! どうしますか?」
銀騎士団がその様子に迷い、ざわついた。そんな中ヴァルキリー様は毅然とした態度だった。
「彼女は私の警告を無視したのですから、巻き込まれても仕方ありません。
さあ、捕ら――え?」
でも、そんなヴァルキリー様の命令を下す声に驚きが混じった。泉の向こうにいた飛竜がすいっと飛んできて、担がれたわたしごと、男をその背にすくい上げ、空に舞い上がる。
飛竜が羽ばたき、ぐん、と高度が上がる。ヴァルキリー様と銀騎士団のあぜんとした顔がどんどん遠くなった。
「どこへ飛べばいいのだ?」
わたしを自分の前にぞんざいに下ろすと、男が尋ねた。
「ちょっと待って……ええと……あ、こっち」
ナビを起動させて、クレーディトへの道を探る。レイさんてクレーディトにいたし、竜人の研究、ってことならやっぱりクレーディトでしょ。違ったら……違ったときに考えよう。もう一回強制労働かな。
男が手綱を引き、飛竜をくるっとターンさせると、凄い速さでぐんぐん飛んでいく。飛竜に乗って空を飛ぶなんて、ファンタジー好きならわたしを含め、きっとみんな一度は空想したことがあるシチュエーションじゃないかな?
でもって、よくよく考えると割と露出度の高い格好をした精悍な男前が後ろから、わたしの体を抱え込むような感じで飛竜の手綱を握っているわけで……。うわあ、めちゃくちゃドキドキする。
って、そんなバカな事考えてる場合じゃない。つい成り行きで追いかけちゃってるけど、この人はあの少女を殺そうとしてた。二人を会わせたらまた、そうなるんじゃないか。それってマズイ。
「あなたとあの子の間に何があったのかは分からない。皇帝を殺した、とか言ってたし、許せないのかもしれないけど。
でもそうだとしても……捕まえて、事情を聞いて、それで裁判にかけるとか、とにかくいきなり殺すのはダメだよ」
部外者が何か言うのもどうかと思うけど、目の前で人が死ぬのは嫌だ。それに二人の間には何かわだかまりがある感じで、それが解消しないまま相手を手にかけるなんてダメだ。そう思ってわたしは何とか説得の言葉をひねり出す。でも、男の返事は無かった。
そんなすぐに説得できるわけないか。だけど、ホント何があったんだろう? それに、破壊神を復活させる、とか言ってたけど、一体……。復活……儀式……。どっかで……。
「あ、遺跡。遺跡で何かしてたのが破壊神復活の儀式的なものなんじゃない!?」
「何!? 彼女はもう既に、封印を解いているというのか!?」
ふっと閃いて、思わず口に出しちゃってたわたしの言葉に、それまで黙っていた男が食いついてきた。
「え? 封印? あー、多分、少なくとも二ヶ所、解いていると思う」
「くっ……後一つ、ということか。遅かったのか……」
男の声には悔しさと焦りが滲んでいた。ん? あと一つだって?
「あと一つって、三つ解けたら、破壊神とかってのが復活するってこと?
じゃあ三つ目の前に彼女を止めなきゃ!」
「三つの封印は破壊神への力の供給を止めるものだ。力が供給され始めたのなら、一つ残っていようと、多少復活を遅らせられるに過ぎん。
……それがどの程度かは分からんが」
わたしの言葉に、男は首を横に振った。
「え、どういうこと? 三つ揃ってないと効果がないものなの? もう一度封印しなおすことは、できないの?」
「封印しなおす方法は伝わっていない」
男はそっけなく言うと、それきり何か考えこむように黙ってしまった。そんないきなり色々話してくれるわけないだろうけど、なんか辛いな。
「あ、あれ!!」
ふと前を見ると大型のドローンが低い位置を飛んでいるが見えた。乗っているのはさっきの三人だ。男の方も気づいたようで、飛竜の進路を変えた。飛竜の方がずっと速いから、追い付けるとは思うんだけど。
「あんまり近づくとまた撃たれるかも! 適当に距離を保たないと!
でも……ううん、どうしよう……」
向こうもこっちに気づいていたらしく、銃口がこちらを向いているのが見えた。射程外なのか、高速で飛ぶわたしたちに上手く狙いを定められないのかはわからないけど、ラッキーなことに撃っては来ないようだった。
「この距離ならば問題ない」
男は右手を手綱から離した。なんだろう、と思って振り返ると、長い棒のようなものを肩の上に構えているのが見えた。
ええと……それは投げ槍? 投げて、ドローンに当てて、落とす……?
「ちょっと、ダメ! そんなの当たったら墜落しちゃう!! あの二人はともかく女の子が……!!」
慌てて止めようとするけれど遅かった。投げ槍は彼の手を離れてヒュン、と飛んでいった。ドローンはというと、大量の黒煙をたなびかせながらゆっくりと高度を下げている。
「煙……黒雲の力か……? これでは狙えんな」
彼は構えていた次の投げ槍を飛竜の脇に戻し、適当な距離を取って煙を上げるドローンを追いかけた。
「あいたたた……。まさか飛竜と追いかけっこする日が来ようとはね。自慢できるかもしれないよ。ねえ、その子は無事?」
頭の後ろを押さえながら、ドローンからひょいとレイさんが出てきた。
「う……痛い、気分が悪いわ……ちょっと、黒雲! どさくさに紛れて何よ!! 離れなさい!」
少女が、彼女を支えていたカンを突き飛ばした。
「……というわけで無事みたいですよ、どうやら。でも今に無事じゃなくなるようですね。
全く、リンさんは何を考えているんだか。さっき消しておくべきでしたかね?」
カンはわたし達の方を見てため息をつくと、銃をこちらに向けて警戒している。
「あれ、彼女君の知り合いだった? それにしちゃあ物騒な事言うよね。そんなんじゃ友達無くすよ?
ま、過ぎたことを嘆いたって仕方ないでしょ? それより次、どうしようねえ?」
レイさんはあまり緊迫感のない様子でカンに視線を送る。
「……詰んでますね」
「いくらなんでも諦めるの早すぎでしょー? ちょっとは考えてよねー。
まあ、まずはとにかく時間稼ぎだね! 彼に宝物も彼女も奪われたくないからね!」
「それでどうするんです? 逃げる手段もなければ援軍も来ないのに。
ああ、やっぱりマドカさんに頼んだら良かったんですよ。俺じゃ瞬殺でしょうから」
「うっわー、いつもの面倒くさいネガティブモード全開だよ! 別に君を責めたりしないし、実費で払うからそんなに予防線張らないでよ。なんでもいいからとにかく頼むよ。
後は……彼女、どうかなぁ? ま、認識が同じかは分からないけどさ。上手く引き込めないかな、そうしたら……。よし、頑張ってみようか」
「……はい」
よくわからない二人のやりとりの後、カンはレイさんの何だか分からない頼みごとに渋々返事をして、わたし達の方に銃口をピタリと向けた。
何だか分からないけど、負けるわけにはいかない!
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ヴァルキリー様って誰だっけ、という方は003_06を参照して頂ければと思います。
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