007_03_いきなり始まる非日常#2
「何で、撃ったの……?」
少女を切り伏せようとした男を止めたのは、わたしの言葉ではなく銃声だった。最近は聞いていなかったその音の後に、男の呻き声と、どさり、と男が倒れる重い音が聞こえた。
うっすら煙の立ち上る銃を下ろす白いコートの男は、わたしの問いかけには答えなかった。彼はゆっくりと大きく呼吸しながら、倒れた男を見つめていた。右だけが真紅の、何を考えているのか分からない、死んだ魚の様な目だった。
「カン君? まさか撃つとは。意外と規則に忠実なんだねえ。君は言われたことしかしてくれないと思ってたけど。
……そんな顔しないでよ。別に僕は君を責めてる訳じゃないよ? 大丈夫、僕の期待通りだから。
それより彼女だったね。早く行こう、ほら早く」
彼は、震える白いコートの男の背中を叩き、動くように促した。
「そう、ですね……。それにレイさん、銀騎士団が来てますよ、面倒なことに」
「え? ホント? うーん、彼女達はちょっと僕のデバッグ作業には邪魔なんだよねえ。よし、急ごう!」
聞き覚えのある二人の声が、知った名前を呼び合うのが耳に入ってきているのだけど。
でも言っている意味は全く理解できない。わたしがぼんやりしている間に、二人はさっと、無表情に倒れた男を見つめる少女に近寄った。少女は踵を返し、そう促す二人についていった。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。でも動かなきゃ。とにかく、できることをしなきゃ。
わたしは急いで男に駆け寄ると、恐る恐る首筋に触れてみる。温かい……けれど脈があるのかないのか、よくわからない。応急処置の仕方とかもっとまじめにやっとくんだった。いつだったか、習ったはずなのに!
「しっかりして!」
とにかく声を掛ける。そうするうちに少し気分が落ち着いてきた。そういえば、意外と血が出てない。撃たれたんならもっと、ドバっと血が出るはずじゃない?
やっぱり……わたしの勘違いで、バーチャルだから? それとも、上手く弾が逸れた?
「ぐ、うっ…………」
そんな事を考えていたら、苦しそうな呻き声が聞こえてきた。ってことは、生きているってことだよね! よかった!
ふと見ると、お腹のあたりに何かが刺さっている。ダーツの羽根みたいなのが付いた、小さな筒形の物体だった。
「なにこれ?」
つまんでぶちっと引っこ抜いたら抜けた。何だろう? 装飾品ってわけじゃなさそうだから、これで撃たれたのかな? 何か毒矢――銃で撃ったんだから、矢じゃないけど――的なもの? だとしたら、ヤバいけど……でも撃った本人がいないし、確かめようがない。
「う……私は一体……? 彼女は……?」
少しして、男が体を起こした。
「あ、よかった、気が付いたんだ! あの子なら、連れて行かれちゃった……」
「黒雲……! そうか……私は、黒雲の使う破壊神の到来を告げる雷に打たれて……! だが、同じ手は喰わん!」
男はさっと体を起こすと、そのままわたしを押し倒す。一瞬のことで、何も反応できなかった。なすすべなく、わたしは押さえつけられた。
「痛……放して! 何とかのいかずち? 何のことか分からないけど……とにかく撃ったの、わたしじゃ、ない! 白いコートの奴! 何で間違えるかな!
後、さっきから黒雲って何!!」
幸い声を出すことはできたので、わたしはとにかく抗議した。カンとわたしを見間違うなんてひどい! あんな中二病感あふれる格好の無気力な男と間違えるなんて!
つい声を荒げるわたしを、男は怪訝な顔で見ると、
「黒雲は黒雲だろう!」
と突っぱね、全く話がかみ合わなかった。
「大体さっきから黒雲黒雲ってなんなのそれ!? わたし達のどの辺が黒雲だっていうの!?」
「破壊神の尖兵として、破壊神が降臨する前に現れこの世の終わりを予告する者だ。
見た目の通り、黒い雲の塊ではないか!」
男はきっぱりと言った。何を言っているのか、さっぱり分からず、わたしは顔をしかめた。
「わたし達、そんなのじゃない。大体……黒い雲の塊ってどういう事?」
男は何を言っているのか分からない、という顔をしていた。また、わたしを放っておいても危険はないと思ったらしく、わたしの拘束を解いて、立ち去ろうとした。
「待って。もしかして全員同じ……黒い塊にしか見えない?」
「さっきからそう言っている」
足を止め、ため息をつくと、きっぱりと男は答えた。嘘は言ってない感じだ。だから多分……多分それが正しいんだ。黒い人型の塊。それがこの世界でのわたし達。
そういえばゲームオーバーの時、黒っぽいキラキラした粒になって消えてた。その粒が塊になったもの――機械か何かなのかな――がプレイヤーってことになるんじゃないかな? でもわたし達にはそうは見えてないんだよね。何でかな?
まあ、何かあるんだと思うけど……今はそんなことよりも、もっと彼の話を聞かなきゃ。一体本当は何が起きているんだろう?
「そっちこそ一体何なの? あなた何者? あの女の子とはどういう関係? これからどうする気?
まさかあの子を……その……殺す……気なの?」
「……黒雲には関係のないことだ」
男はにべもなかったが、わたしは食い下がる。
「関係なくない! 破壊神を復活させるなんて、よく分からないけど……多分わたし達にとっても関係があることだと思う! ものっすごくうさんくさい奴らが追ってるし!!
あの子が何をするのか、どうしてそうするのか、何も分からないまま――」
殺させるわけにはいかない、と言おうとしたところに、がさり、と音がした。
「一般プレイヤー? その竜人は貴女では手に負えません! 早くそこから離れて、立ち去りなさい!
……従わないのなら、命の保証はしません」
はっとして振り向くと、そこには青いドレスに美しい装飾の銀鎧を着たヴァルキリー様が、青く輝く刀身の長剣を携えて立っていた。いつかの関羽、じゃなくてカレンさんをはじめ銀騎士団の人々が後ろに控えている。そういえば、セイが銀騎士団も竜人を追ってる、とか言ってたっけ。
そう言われても、わたしだって気になることがあるから、退くわけにはいかない。大体ギルドに運営に騎士団、次から次へと竜人を追ってやってくるなんて、絶対、何か秘密があるに決まってる!
何があるのか、はっきりさせなくちゃ!
いつもお読み頂きありがとうございます。
白いコート誰だっけ、という方は3章辺りを読んで頂ければと思います。いなくなった顛末は004_05です。読んで頂けますと、私もPVが増えて嬉しいです。すみません、冗談です。
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