007_02_いきなり始まる非日常#1
「セイ、ちょっと待ってよ! 一人でいったら危な――ああ、もう!!」
目撃情報が多い森に着くや否や、謎の竜騎士を探して彼女は森の中へ消えていき、わたしは見事においていかれた。慌ててナビを起動し、彼女の居場所を表示しその後を追う。
もし、わたしの考え――ここが異世界で、彼らが異世界のホントの住人だってこと――が正しかったら、セイに彼を攻撃させるわけにはいかない。ちゃんと止めないと。
ナビが指すセイのいる方へ走っていたら、暫くして表示されたセイの位置がいつの間にか止まっていた。もしかして竜人を見つけちゃったのかな? とにかく急ごう。
しばらく走ると森の切れ目が見えた。近づくと、刃物がぶつかり合う音が聞こえてくる。まずい、もう戦いが始まっちゃってる!
走っていくと、泉があり、その周りが少し開けた場所になっていた。音のする方を振り向けば、セイが凄い勢いで大剣を振っている。その相手は派手な格好の青い髪をした男――やっぱりタイラントドラゴンを倒した竜人――だった。
男はどっかで見たような波打つ刀身の大剣を軽々と振るってセイの攻撃を受けると、そのままくるりと体を半回転させ横からカウンターを叩きこむ。あっさりとセイの腕が落とされ、体が崩れ落ちる。セイに傷薬を使う間を与えず、二撃目が振り下ろされる。
圧倒的だった。
「セイ!!!」
割って入りたいけど間に合わない。刀身がセイに迫る中、わたしは叫ぶことしかできなかった。
「う……何で……! 緊急帰還!」
セイは信じられない、と言った顔で緊急帰還を叫び、その体は黒い煙となって消えていく。セイが倒れていた場所に男の剣が鋭く突き刺さった。男はセイが消えたことに一瞬驚きの表情を見せたものの、すぐに冷静さを取り戻したようで、次の敵――つまりわたし――に狙いを定めた。
男と目が合った。綺麗な金色の瞳だけど、その視線は鋭く、冷い。その殺意に気圧されていつの間にか後ずさりしていたみたいで、気が付けば背中にとん、とぶつかる木の感触があった。
「黒雲……次から次へと湧いてくるのだな。実体のない化け物め! だがどれだけ増えようと、何度でも倒すまでだ」
男はそう言って、すっと剣をわたしに向けて構える。ちゃんと日本語で聞こえた。でも何て言ったかは分かったけど、何が言いたいのかは分からない。翻訳アプリ、ちゃんと動いてるんだよね? 誤訳?
「ちょっと待って、敵意はないよ!」
翻訳をONにして話しかける。ちゃんと翻訳されるといいんだけど。
「ほう、言葉を話せたのか。だが懲りずに何度も襲ってきておいて今更何を言うか!」
男は真っすぐに突進してくる。何とか防がなきゃ、と剣で受け止める。金属がぶつかる嫌な音とすごい衝撃が腕から全身に伝わった。耐えきれずに、わたしはたたらを踏む。
何度も襲われた……っていうのは他のプレイヤーに、だよね。だから警戒してるんだと思うけど、わたしは戦う気はないのに!
「確かに襲ったのはわたしの仲間だけど、わたしはそんな気ない! ただあなたに聞きたいことがあるだけで! 話を聞――痛っ!」
必死に訴えている間に、足に鈍い痛みが走り、次の瞬間わたしは地面に打ち付けられた。足払いを食らったみたいだ。慌てて体を起こそうとするわたしの喉元に、男の剣が突きつけられる。あっという間に詰みだ。これ、刺されたらゲームオーバーだよね。そういうわけにはいかないので、わたしは必死で呼び掛ける。
「待って!! あなた達竜人とわたし達との間には協定があって、お互いちょっかいを出さないことになってるって聞いた。なのに何でここにいるの!?
あなたも……それにあの女の子も!」
「女……?」
男の手が止まった。何か引っ掛かるものがあったみたい。チャンスだ! 何とか引き延ばさなきゃ!
「そう……あの白い髪と、白い羽根の――」
「言え、どこで彼女を見た!」
わたしが特徴を答えると、男ははっとして、剣をわたしの喉にさらに鋭く突きつけた。なんだかすごい剣幕だ。そんなに気になるなんて、一体どんな関係なんだろう? 彼女を見つけたらどうするつもりなんだろう? なんかあんまり、いい事にはならなそうだな。答えた方がいいのか、やめておいた方がいいのか……。
わたしが迷って、答えないでいると、不意に男がピクリと眉を動かした。何かに気づいたのか、わたしに剣を突きつけ、警戒したまま、ゆっくりと振り返り、泉の向こう側を見ていた。何かあるんだろうか。ここからだと木しか見えないけど。
「幸福な未来……!?」
唐突になんだかわからないことを呟き、男は急に走り出した。
「え!? あ、ちょっと、待って、何? 何があったの!?」
訳が分からないけど、逃がす訳にはいかない。わたしも急いで立ち上がると、後を追って全力でダッシュする。でも男の足はやたら速く、追い付けそうにない。っていうか見失った!
泉の向こうを見てたんだから、その辺にいるはずだよね。そう思って走っていたら、声が聞こえてきた。
「本当に、君、なのか……? 何故、皇帝を弑した? 何故、三つの宝物を奪った? 何故、黒雲を従えている?」
声のする方に行くと、あの白い羽根の少女と、それを色々な感情が混じった目で見つめる男がいた。少女の後ろに、探検家協会の白い制服の男と、肩の辺りに鍵とグリフォンのワッペンのついた白い折襟のコートに、白いベレー帽の男が控えている。あれってまさか……? でもどうしてこんなところに? けど、そんな事を聞ける空気じゃない。っていうか、もっと気になることがある。
「あら、相変わらず察しが悪いのね。それとも理解したくないのかしら?
これだけ揃っているなら、考えられることなんて一つしかないというのに」
クスクスと嘲笑う少女に、それを戸惑いながら見つめる男。どうも、何か思い当たるところがあるけど、それを信じたくない、そんな感じだ。わたしには、それが何かさっぱり分からないんだけど。
「三つの宝物を返せ! 馬鹿な事はよせ!」
男が少女に叫んだ。彼女が奪った三つの宝物って、一体何なんだろう?
「馬鹿な事? 馬鹿は貴方だわ、将軍閣下。帝国に忠誠を誓い、皇女の隣で滅ぼされた故郷に君臨するなんて。
その上皇帝の仇討ちにこんなところまでご苦労な事だわ! 見上げた忠誠心ね! まあ、今の地位を与えてくれたのはあの男だもの、当然かしらね」
少女は皮肉たっぷりに男を嘲笑った。なんだかずいぶん、男のことを憎んでいるみたいだけど。 この二人、一体どういう関係?
「地位など関係ない! 平穏な暮らしを守るためだ! また君に乱されるわけにはいかない!
さあ、早く宝物をこちらに渡せ!」
男は少女を見つめ、毅然とした態度で言った。どういうことなのか気になるけど、割って入れる空気じゃない。
それに、彼女の後ろに控える二人も気になる。わたしが何か余計な事をしたら、攻撃してきそうな雰囲気だ。プレイヤーへの攻撃は禁止だけど、相手の一人は探検者協会……運営だから、何されるかわからない。まあそれもあるけど、でもそれより彼らの話の中に、きっと大切なことが潜んでる気がする。だから、様子を見よう。
「渡せないわ。私の望みが叶えられれば、そんな事は全て解決するのだもの。
争乱に暮らしを奪われることもない。
毎夜、毎夜、決して逃れることのできないおぞましい悪夢に圧し潰されることもない。 全てに等しく、平穏が訪れる。
破壊神さえ復活させられれば!!」
少女は煌びやかな短剣を手にすると、怪しく輝く刀身をうっとりと見つめ、高らかに叫んだ。一体彼女は何を言っているんだろう? 破壊神? 急にRPGっぽい単語が出てきた。三つの宝物――彼女が持ってる短剣が、もしかしたらその一つなのかな?――を集めて、破壊神を復活させる? RPGっぽい、いかにもなストーリーだ。
だけど、ぶつかり合う二人の様子からは、それが作り物だとは思えなかった。やっぱり彼らはここに暮らす人達なんじゃないかな。どうしてか、なんて根拠はないんだけど。
破壊神、なんていうのも変な話だけど、ここが異世界だとしたらあってもおかしくないのかも。でも、そんなの復活させたらダメだと思う。
そう思ったのは、わたしだけではなかったみたいで、
「そんな事を、君にさせるわけにはいかない!!」
男は何かを決意したようにすっと真っ直ぐに少女を見て、そう叫んだ。そして背負った剣に手を伸ばし――
「待って!!!」
いくら破壊神の復活を止めるためだからって、彼女を傷つけるのはダメだ! わたしは叫び、男を止めようと手を伸ばす。
けれど、伸ばしたわたしの腕は空を切るだけだった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
物語も急展開です。評価・感想などいただけると狂喜乱舞します。




