005_02_金と名誉とタイラント#2
「ねえ、セイ。わたし達、こいつらを囲んで倒そうって作戦だったよね?
それが何で、囲まれてるんだっけ……?」
こちらを嘲笑うかのようにじっと見ているテラーフェザーとスイフトフェザーの群れに、わたしは思わず呟いた。勝手に作戦から離れて、ストーンドラゴンを倒しにいったからだ。そんなことは分かってるんだけど。
でもコイツらがここにいるってことは、包囲から洩れた奴がいるってことだよね? だからホラ……コイツらを倒すのだって作戦に貢献していることになる……よね? そう信じよう。
「ってかそんなこと言ってる場合じゃなくね? こいつら倒してはやくジョー達と合流しようぜぃ!」
言い終わるが早いか真正面に向かって走り出すセイ。
「ちょっと、待ってよ!」
もうちょっと囲みの薄いほうとかあるんじゃないの、とも思うけど、わたしだけ取り残されても困る。わたしも慌てて剣を構え、セイに遅れないようにダッシュする。
……って、あれ? 包囲が緩くなった? なんか、みんな、逃げ出してる……?
何か、おかしい。
「ウチらに恐れをなした感じぃ?」
「違う! そんなんじゃない! なんか来る!!」
茂みの向こうから、何か大きな生き物が近づいてきているようだ。重い足音が地面を伝わってくる。その振動とともに、蜘蛛の子を散らすように全速力でフェザー達が逃げていく。
光沢のある、黒に近い灰色――ガンメタルっていうのかな?――の巨体が見えた。
背の高い草を踏み倒して進むがっしりとした二本の脚は私の身長くらいあり、体に比べると小さな腕には鋭い爪が見える。遥か高いところから、頭の割には小さな金色の瞳が逃げる鳥達を鋭く追いかけている。
傷を負って他よりも逃げ足の遅いテラーフェザーをめざとく見つけると、巨大な竜は大きな口を開け凄い速さで頭を獲物に寄せ、びっしりと生えた鋭い牙をテラーフェザーの体に食い込ませた。
宙に黒い羽が舞い散り、閉じた口の隙間から真っ赤な血がドロリと滴った。あっさりとテラーフェザーを飲み込むと、そいつはもの足りなそうに辺りを見回した。
その時一瞬だけ、その金色の瞳と目が合った。
ゲームの敵キャラ、それだけの存在のはずなのに。もう倒すことにも慣れたはずなのに。そう思っていたわたしの体に、初めてトライホーンドラゴンと戦った時に感じたような……いやそれとは比べ物にならない恐怖が走った。
これが、絶対的な捕食者というものなんだ。
「うっそー! まぢ? やった、タイラントドラゴンじゃね!?
まだ出てないって言ってたから、ウチらチャンスじゃん! 行くしかないっしょ!!」
飛び跳ねながら嬉しそうにセイが叫ぶ。セイの声に、わたしははっと我に返った。あんな補食シーンを見てそのテンションの高さはすごいよ、ほんとに。怖いとか、ないんだろうな。
気を取り直し、急いで生物図鑑を確認すると、確かにタイラントドラゴンだった。倒せるんだろうか? もう圧倒的にボスっぽさ全開で、勝てる気がしないんだけどな。
「セイ! なんにしても二人じゃ無理!
ジョーに連絡して、倒すなら倒すでみんなを呼ばなきゃ!」
「あっ、そーだよね! ジョーだって倒したいよね!
……ジョー? 聞こえるぅ? こっちにボスが出たよ! タイラントドラゴン!!
他のザコは逃げちゃったから、任務完了?
とにかくぅ、早く来てよ! こいつ倒したら、ウチら超有名になれるんじゃね?」
「マジかよ! こっちはもうすぐ……イヤすぐに行く! それまで持ちこたえてくれ!!」
いつになく高揚したジョーの声がイヤホン越しに聞こえてきた。
「おっけーい!
じゃ、リン、あいつの足止めするよ!!」
セイがやる気十二分にニヤリと笑った。
ああ、やっぱり戦う気なんだね。でも、そういう方針に決まった以上、怖いけどやるしかない!
大丈夫、セイもいるし、ジョーもすぐに来るって言ってた。きっと金騎士団の最強の二人も連れてきてくれるよね。
それに……タイラントドラゴンてやったら大きいから、小さいわたしたちのことなんて目に入らないかもしれないし。小回りきかなくて、意外に攻撃できないかもしれないし。そうだ、きっと大丈夫!
セイがタイラントドラゴンに切りかかった。わたしもやらなきゃ! そうだ、大型の場合は足を狙うんだっけ。どのくらいのダメージになるかわかんないけど、とにかくやらなきゃ。タイラントは二足歩行だし、意外とあっさりバランス崩してくれるかもしれないし。
わたしはタイラントドラゴンの大きな脚に近づき、斬りつけた。けれど、鱗が固すぎて全くダメージになっていなかった。武器、買い替えとけばよかった!
って、そんな反省、今したってしょうがない! タイラントは気にした様子もなく、わたしがついさっき攻撃した脚を大きく上げる。これじゃ、足止めなんて無理だ。
ずん、とすぐ近くで踏みしめられたタイラントの新たな一歩に地面が震え、わたしはバランスを崩し、地面に倒れた。倒れたわたしの頭の上を、ぶん、となにかが横切っていった。
「きゃぁあああ!!!」
甲高い悲鳴が聞こえて、慌てて立ち上がると、吹っ飛ばされ宙を舞うセイが視界を横切った。ちょうど攻撃しようと飛び上がったところに攻撃を受けたみたいだった。たぶんさっき横切ったの、しっぽだったんじゃないかな。
「セイ!!」
わたしは彼女のところへ急ぐ。
「うぅ……いっったぁあい……」
少し離れた草地で、セイがゆっくりと上半身を起こしたけれど、それ以上動かなかった。首筋にうっすらと赤い線を走らせたタイラントドラゴンがそんな彼女を睨みつけた。金色の目が、許さないと言っている気がした。
もしかして、セイはダメージでうまく動けないんじゃ? わたしじゃあダメージを与えられないから、こっちにターゲットを移すこともできない。このままじゃセイが危ない。
「セイ、ひとまず逃げよう!」
わたしはセイの肩を支え、安全な場所までつれていこうと走る。タイラントの歩みはゆっくりに見えるけれど、一歩が圧倒的に大きいために、すぐに迫ってきた。だめだ、逃げ切れない。それでも……できる限り逃げなきゃ。
「リン、ごめん。ウチ回復したからだいじょーぶ! ってか逃げてる場合じゃねーし!! うわっ、てかウチの大剣、あんなところに!!」
逃げてる間に傷薬を使ったのか、元気を取り戻したセイはわたしの肩に掛かっていた手をどけると、倒れた時に落としたらしい大剣の方に向かって駆け出した。
「あ、ちょっと!!」
追いかけようとしたけど、なぜだか体がついていかなかった。早く追いかけなきゃ、いけないのに……。
読了ありがとうございます。しばらく戦闘が続きます。怖がってますが主人公も頑張りますので応援よろしくお願い致します。
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