004_07_君の隣で幻想を
「お疲れ様でした。ご気分はいかがでしょうか?」
VR装置の蓋を開けて、係のお姉さんが笑顔で気遣ってくれた。わたしは「大丈夫です」と答えて装置から抜け出る。
木曜日、そして今日と、二日続けてセイやリカ達、それに他のリスクオンのメンバーと一緒に魔物退治だった。セイとリカの間の緊張もあったし、ちょっと疲れたな。それにゲットした報酬は次のイベントに備えて盾とか傷薬を買ったりしたから、別にホーラも増えてないんだよね。パーッと気晴らしに使っちゃう、とかもできないしちょっとつまらない。
っていうか、イベントはもう明日なのか。結局ジョー、セイ、リカとその親衛隊と同じチームってことになったんだよね。それも楽しみではあるけど、今日はもっと楽しみな事があるんだ。
……おっと、待ち合わせの時間までもうあんまりない。まあ、ここからすぐ近くだから間に合うと思うけど、混みまくってるから急いだほうがいいね。遅刻なんて、絶対したくないし。
センターから外に出ると、駅前の広場に向かう道は人がごった返していた。人混みをすり抜け、待ち合わせ場所へ向かう。今日は約束していたクリスマスのプロジェクションマッピングショーを見るんだ。ふふ、久しぶりに行雄と一緒だ!
待ち合わせ場所には他にも人がたくさんいた。みんなスマホを見たり辺りを見回したり、そわそわしながら相手を待っている。もちろん、わたしもその一人だ。
「待った?」
「ううん、今来たところ。それにしてもすごい人だねー!」
「人気のイベントだしなー。SNSでもかなり話題になってるし。
さ、行こうぜ。ちょっと離れてるけど見やすくて、この辺よりは空いてる……はずのいい場所があるんだ」
そう言うと、行雄はパッとわたしの手を引き、人の間を縫って進む。はぐれないように、わたしは彼の手をぎゅっと握り返す。皆が陣取っている、プロジェクションマッピングされるビル群の下のスペースを足早に駆け抜け、その先の階段を上る。
そうして彼が連れていってくれた場所は会場の向かいにあるビルの空中テラスで、確かにさっきまでいた所より空いていた。ちゃんと調べておいてくれる気遣いがすごく嬉しい。こういうところ、ぬかりないんだよね。
間もなくショーが始まった。数年後には再開発されるらしい古いビル群は一気にヨーロッパ風のお城に姿を変え、その上に銀色に輝く雪がちらちらと静かに降っていく。そしてまるで本物のように降り積んだ雪の上に、天から色とりどりの光が降り注ぎ、白い世界を様々に染め上げていく。
普段のなんかちょっとごみごみと、都会らしい汚さのある姿からは想像もつかない。そんなつまらない現実を全て上書きして、全く別の美しい、幻想的な世界が映像によって作り上げられていた。
「すごーい! めっちゃきれい!! 見に来てよかった!」
最初にFXにログインした時もびっくりしたけど、こういう映像技術ってホントにすごいんだなあ。凄くリアルに、幻想的な世界を作り上げることができるなんて。
「ホント、一緒に来れてよかったよ」
行雄は笑顔でそうつぶやくと、とん、とわたしの肩に手を乗せた。
「ごめんなぁ、最近あんま会えんくて。就活とかゼミとかバイトとかバンドとか色々、とにかく忙しくてさー。
……って、言い訳はよくないよなー」
彼はプロジェクションマッピングを見ながらため息交じりに苦笑した。
「でもマジで、今日は会えてよかった」
ふいにわたしを振り返って、行雄が微笑みかけてくれた。ショー終盤のクライマックスシーンらしい、きらびやかな風景も相まって、なんだかとてもドキドキする。
「え? ああ……ええと、いいよ、仕方ないよ、忙しいと思うし。学校もレポートいっぱいで大変なんでしょ? バイトも結構入ってるんだっけ。その上就活なんて。
そりゃあ、ホントはちょっと寂しいよ? でも今日会えたし、しかもこんな素敵なイベントに来れたし」
わたしは慌ててぶんぶん手を振りながら答える。ドキドキして何だかしどろもどろだ。最後の方なんて、もう何言ってるか分からなくなってきた。
でも、もうちょっとだ。次のイベントをクリアすれば、人の勧誘に必要な、【報酬を100ホーラ稼ぐこと】って条件を達成できそうなんだ。そうしたら行雄を誘って、一緒にゲームできる! まあ、結局忙しいのは変わらないから、あんまり時間は取れないかもだけど、収入あればバイトも減らせるかもしれないし。
行雄、ゲーム好きだし、頭いいし器用だから、きっとFXでも上手くクエストこなせると思うんだよね。セイとジョーみたいに、わたし達もガンガン活躍して、どんどん稼いで、そのお金でちょっと贅沢してみたりして……。
「どうしたの、にやにやして?」
そんな風に妄想を拡げていたら、行雄に怪訝な顔をされた。
「ううん、何でもない」
わたしは慌てて手を振って否定する。ゲームの事は話しちゃダメなんだから、誘う時までは黙ってないと。
「そっか。じゃ、そろそろ帰ろうぜ。駅まで送るよ」
「え?」
ちょっと期待と違う一言に、行雄を少しだけ恨めし気に見つめてみる。すると、彼は軽く苦笑を浮かべた。
「ホントはもうちょっと一緒に居たいんだけど、オレ明日イベント……あー、就活のセミナーあるからさ。
ほら、あれだ。その……うちの大学だと狙ってる大手は厳しいんだよ。だからちょっとでも頑張らんと」
彼は少し慌てた様子でそう言った。行雄の大学でも厳しいなんて、大手企業に入るのって大変なんだな。就活、わたしも来年はやらなきゃなんだよね……。
「そっか……。大変なんだね。分かった、頑張って。応援してるから」
将来、かかってるもんね。そっちの方が優先に決まってる。っていうか、そっちを優先してほしい。
「ごめんな。けどできるだけ、時間作って会えるようにするからさ!」
わたしの言葉に、行雄はぱっと笑顔を輝かせた。
「ありがとう。わたしもなるべく、予定合わせるようにするから! 時間ある時は連絡して!
それと、今日はホントにすっごく楽しかった!」
わたしも笑顔で答える。まあちょっと残念なところもないでもないけど、そんなぜいたくは言いっこなしだ。
そうだ、行雄とFXができるように、頑張ってお金を稼がなくちゃ。まずは明日のイベントだ。よし、タイラントドラゴンでも何でも、絶対倒してやるんだから!




