004_05_期待いっぱいリスクオン
「ジョー、ギルド設立条件の達成、おめでとう! 君ならもう少し早いかと思ってたんだが……。
ああ、今後の円滑な運営のために余裕を持って、というところか」
通されたVIPルームのような部屋に、パチ、パチと拍手が響いた。手を叩いているのは、白い探検家協会の制服を着た、30代半ばくらいかな、撫でつけた短めの黒髪で、メガネを掛けた、いかにも頭の良さそうなできる男って感じの人だった。サエさんと同じ案内人かな、と思ったんだけど、マントの刺繍と、手に持った帽子の羽根の色が青だったから違うかも。
彼はそれから、セイやリカ、それに後ろに控えるわたし達の方を一瞥した。メガネの奥の瞳はどこか冷たい。品定めというか、使える人間かそうでないかを判断しようとしているみたいだ。ちょっと嫌な感じだな、と思ってしまった。
「ショウさん!? わざわざ来てくれたんですか!」
ジョーが驚いた様子で高級感ある革張りのソファから立ち上がり、男の方を見た。ジョーと探検家協会の男――ショウさんというらしい――は知り合いなのかな。話してる感じからすると、NPCじゃなくてホントに運営の人が中にいるっぽい。
「ああ、当然だろう。君には期待しているからね。
きっと君ならトップのギルドを作れる。そのスタートには是非立ち会っておきたかったんだ」
ショウさんは口角を上げ、目を細めた。
「ありがとうございます! 絶対一番のギルドにしてみせます!
騎士団にだって勝ってやりますよ!!」
ジョーは強い口調で言い切った。一番なんて大きなこと言ってるけど、でもホントにそうできそうな気がしてくる。それを聞いたショウさんは満足そうに笑った。運営の人に直接期待してるって言われるなんて、すごいな。
「楽しみにしているよ。さて、あまり時間を取るのも良くないな。早速手続きに入ろうか。
まず、ギルド名は【リスクオン】だったね?」
ショウさんの問いかけに、ジョーだけじゃなく、セイやリカ達もこくこくとうなずいた。この名前は前からみんなで決めてたみたい。意味は分からないけど、リスキーな感じ。今までの活動方針からすると、ちょうどいい名前なのかも。
「拠点は探検家協会前の中央広場沿いか、人を集めやすくて良い場所だな。その分値は張るが、なぁに、君の手腕ならすぐに取り戻せる。
それからギルド運営ルールは……ああ、この内容なら問題はない。
では、設立の書類にサインを頼む」
ショウさんは手元の書類に目を走らせながらうなずくと、探検家協会の紋章の象嵌が施された高級感ある応接机に一枚の紙を置いた。ジョーは誇らしげな笑顔を浮かべてそれにざっと目を通すと、用意されていた羽ペンをさらさらと走らせサインをした。羽ペンてなんかRPGぽくていい感じ。ちょっと書いてみたいな。
「みんな分かってるとは思うけど、一応、ここにメンバー登録のサインして貰う前にもっかいギルドのメリデメについて説明しとくな」
ジョーがこちらを振り返った。
「まずメリットは主に三つだ。
今後、協会の方針で優秀なギルドには優先的にいい仕事が回ってくる。
ギルドでベッドルームを用意するから、ログアウト費用はタダだ。
ギルド内では攻略情報を共有するつもりだから、ハズレを掴むリスクを減らせる。
次にデメリットは二つ。
他のギルドとの掛け持ちは禁止で、パーティはギルド内でしか組めない。仕事も強制的に割り振る。要はうちの活動に専念してもらうから、ちょっと不自由かもな。
それとギルドの維持費として、報酬の一部は徴収させて貰う」
セイもリカも親衛隊もみんな、当然分かっている、というようにうなずいていた。わたしも別に問題ないな、と思ってうなずいたんだけど、彼は違った。
「……へえ。仕事と情報をくれる代わりにノルマがあってピンハネされるってことか。
ま、この手の組織にありがちな奴だからそれはいいとして、仕事がギルドに優先的に回る、ってのは確か? ソースは?」
カンがジョーを探るような目で見て、早口に質問した。仕事や報酬に関していつも何も言わないのに、こんなふうに訊くなんて珍しいな。だけど、ギルドのことそんなに悪意のあるまとめ方しなくてもいいのに。
「それについては私から答えよう。
最近は探検家の仕事の成功率が低かったり、あまり活躍しないまま探検家をやめてしまう者も多かったりで協会も困っているんだ。だから新人育成やパーティでの仕事を上手く進められる者にギルドを組織して貰い、それに対応しようとしている。
後は、今後大がかりな仕事も増える予定で、それをクリアするにはどうしても組織の力が必要になるのだよ。
【騎士団】もあるが、あれは入団条件が特殊で人数も少ないし、対応しきれない面があるからな。それが協会の見解だ」
ジョーの代わりにショウさんが答えた。運営の人がそう言うなら、確かな事に決まってる。
「協会の見解……そうですか。ご回答有難うございます」
ショウさんの答えに少し引っかかるところがあるような感じだったけれど、カンはそれ以上は何も言わずに引き下がった。
「ま、そういうわけで、お前らももし納得行かなかったら、別に登録しなくてもいいぜ。理解した上で、それでも一緒に頑張ってくれるって奴だけ登録してくれりゃいい。
皆がそうだったらうれしいけど、な」
ジョーはそう言って、わたしたちをぐるりと見回した。まずセイが、それからリカと、みんな次々にサインしていく。
初心者のわたしとしては、特にデメリットが大きいって思うことはないし、これまで通りみんなで冒険できたらいいなって思うし、ギルドで新しい仲間が増えるのも嬉しい。
「もちろん、わたしも一緒に頑張りたい! これからも、よろしくね」
わたしは羽ペンを手に取り、書類にサインした。RPGって感じで楽しい。
「さっきは色々言って悪かった。面白そうだから、俺も宜しく」
カンが最後にサインして、これで全員書き終えた。ショウさんが書類を手に取った。
「では、これで設立完了だ。ギルド登録の通知が行くはずだ。確認してみてくれ」
少ししてリスクオンに入団しました、という通知が来た。ステータス画面を見てみると、所属:リスクオンと表示されている。みんなもそれを確認して、嬉しそうにはしゃいでいる。そんな中、カンだけ何だか嫌な感じの薄い笑みを浮かべていた。気になって彼の探検用情報端末をつい、覗き込む。
「登録エラー……?」
わたしの呟きに、みんなが一斉にカンの方を見た。
「は? エラー? マジかよ。
オレに繋がってない奴には仕事の履歴で条件つけてたが、それに引っかかったっつーことか? そんなに厳しい条件じゃねーのに……お前よっぽど討伐の仕事クリアしてねーんだな」
ジョーが困ったような、呆れたような顔をした。こなした討伐の仕事の件数で足切りしてたんだ。あれ、じゃあ何でわたしは大丈夫なんだろう? あ、多分セイがジョーからの紹介で始めてて、わたしはそのセイの紹介で始めたってことでジョーと繋がってるからかな。
「悪いね、折角誘ってもらったのに入団条件満たせてなかったみたいで。本当に残念だよ。
でも仕方ない、じゃ、俺はこれで失礼するよ。いつか条件を満たせたとしたら、また」
彼はあっさりそれだけ言うと、呼び止める隙も与えずそそくさと部屋から出て行った。あれ? 興味があるとか言ってた割にずいぶんあきらめが早い。けど、討伐の仕事とか苦手そうだし、そもそもあんまり集団行動とか得意そうじゃない感じだし……ホントは興味なかったのかな? わたしには彼の意図は分からなかった。
「入団条件を変更するか?」
ショウさんが尋ねたけど、
「いえ、本人も入る気ないみたいですし、例外作るのも良くないんで」
と、ジョーは首を横に振り、ドライに答えた。うーん、ジョーの言う事ももっともだし、まあ仕方ないのかな……。
「そうか、分かった。改めて、ギルド設立おめでとう。
ところでジョー、話があるんだが、少しいいかな?」
ジョーはショウさんにうなずくと、わたし達の方を振り返った。
「じゃ、今日はこれで解散。本拠地が使えるようになるのは次回ログインかららしいから、今日のところはフツーに宿屋でログアウトよろしく。
明日拠点づくりとか制服作りとか、ギルドの立ち上げをするから、時間がある奴は参加して。ログインしたら拠点集合な!」
そう連絡すると、ジョーはショウさんと一緒に出て行った。
「ジョー、行っちゃったなー」
セイがジョーの後ろ姿を目で追いながら、寂しそうに呟いた。でも、彼女はそれを打ち消すように明るく、
「さーてリン、ウチらもログアウトしよーぜぃ!」
と言ってわたしの背中をばしっと叩いた。わたしはうなずいて、セイと一緒に宿屋に向かった。
「次からギルドでログアウトできるから、今日で宿屋も最後だね。次からは宿代にドキドキしなくていいんだよね!」
わたしが言うと、セイは笑った。そんなわたしに告げられた最後の宿代は8ホーラだった。う……報酬は5ホーラしかなかった。ってことは今回は3ホーラの赤字だ。防具のおかげでダメージ、あんまり受けなかったと思ったのに!
でも、ギルドに入ったし赤字は今回限りになるといいな!
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
評価・感想・ブックマーク等お待ちしております。切実に。
何卒よろしくお願い致します




