003_06_出会いの次は何がある
「ああ、そういえばカン君、スイフトフェザーが探検家に大型生物……トライホーンだったか? を狩らせようとしていたってレポート出してたね? あれ、詳しく話を聞きたいんだが」
帰り道、教授がふと思い出したようにカンに言った。スイフトフェザーが探検家に……? あれ、その光景、なんかどっかで見たことある。ごく最近、ありありと。
「それってもしかしてこの前のトライホーン狩りの時のわたしのこと? レポートって何!? っていうかそんな見てる暇あったら助けてよ!」
カンが教授に答えるより早く、わたしが彼に詰め寄ると、
「……あー、申し訳ない。面白い光景だったからつい……」
彼は恐怖に引き攣った顔で慌てて謝ってきた。それにしてもつい、ってひどい。けど、そんなのもレポートの対象になるんだ。レポートを出すのはタダだから、何か面白いモノ見つけたらとりあえず送って、報酬が払われたら儲けものって感じでいいのかな。
「と、いう事で教授、詳しい話は彼女に聞いて下さい。俺は途中から見てただけで、当事者は彼女なので」
「わかった。といっても今日はもう疲れているだろう? 話は後日、ということにしたいんだが。そうだな、僕の空き時間を送っておくから、都合のいい時間を選んで研究都市クレーディトの研究所に来てくれ。当然、報酬は出すよ」
何だかよく分からないけど、新しいイベントが勝手に進行しているみたいだ。どうしたらいいんだろう?
「おっと、混乱するのも無理はないか。そういえば僕は名乗ってすらいなかったね、すまない。
僕はビッド。研究都市クレーディトでフォルトゥナの生物、特にフェザー類の行動を研究している。今回は遺跡内部に最近出没するようになったテラーフェザーを調査していたんだ。マドカ君はその護衛、兼手伝いだね」
教授はうっかりしていた、と照れたように笑って自己紹介した。
「そうですか。分かりました。あんまり詳しい事を話せるわけじゃないですけど、そういうことなら協力します。
ところで研究都市クレーディトってどこなんですか?」
「スターリングから南西方向にある都市だが、【ゲート】を使ってくれればいい。ああ、勿論クレーディトまでの往復のゲート代は僕が持つから安心したまえ」
教授は笑顔でそう答えた。ゲート?
「えっと……ゲートって何でしょう?」
「探検家協会にある都市の間をつなぐワープ装置だわね。一瞬で別の都市に行けて便利よ。歩いていくと結構かかるものね。その分おカネがかかるんだけど」
横からマドカさんが教えてくれた。うーん、時間節約のためにお金を払うか、お金を節約して時間をかけるか、なのかな。どっちがいいんだかよく分からないけど、今回は教授が払ってくれるってことだから、ありがたく使わせてもらおうっと。
そんな話をしながら何だかんだで無事にソリドゥスに戻ってきた。探検家協会前の広場はたくさんの人で賑わっていた。
「じゃ、アタシはこれからちょっと用があるから、ここでお別れね。バイバーイ」
マドカさんは投げキッスをすると、ソリドゥスの街中に消えていった。教授とカンがちょっと……ううん、かなり困った顔をしていた。多分わたしも、二人と同じ顔をしていると思う。
「ええと……僕はクレーディトに戻るよ。レポートの件、よろしく頼むよ」
教授はゲートでクレーディトに帰るらしく、ゲートのある協会に入っていった。さて、二人ともいなくなっちゃったしどうしよう?
「じゃ、俺もこの辺で。そういえば、今回キャンセルになったから次どうするかって聞いてないな……ま、次があれば、また」
またそうやってすぐいなくなろうとするなあ、と思いながらカンの方を振り返ったら、白いビスチェのかわいい女の子と、黒い鎧の長身のイケメンという、キラキラ目立つ二人組が目に飛び込んできた。
「あ、ちょっと待って。あれ、セイとジョーじゃない?
おーい! セイ!! ジョー!!」
呼びかけてぶんぶんと手を振ると、向こうも気づいたらしく、手を振り返してきた。
「あ、リンとカン!! うわ、ちょーどいいところに! ウチらツイてるんじゃね?」
そんなことを言いながら、セイがこっちに向かって駆け出してきたのだけど。
「あ、セイ! 危な――」
わたしが注意する声は間に合わず、あんまり周りを見てなかった彼女はちょうど横合いから急ぎ足でやって来た銀の鎧を着た集団とドン、とぶつかり、広場にしりもちをついていた。何かものすごく固そうな人にぶつかったけど、大丈夫かな? わたしは慌てて彼女に駆け寄る。
「いっったぁーー! もう、気を付けてよ!!」
体を半分起こし、ぶつかった相手を見上げてセイが怒鳴った。相手は銀の全身鎧に、盾とユニコーンの図案の紋章が入った青いサーコートを着て、薙刀のようなものを持ったいかつい女性だった。
こう言ってはなんだけど、ぶつかったセイが吹っ飛ばされて、ぶつけられた彼女は無傷なのも納得な見た目の人だ。さすがにマドカさんほどではないけれど、なんていうか威圧感のある女性だった。
「何だと! そっちこそ――」
ぶつかったのはそっちだろう、というように凄むいかつい女性を、横にいたもう一人の凛とした美人さんが手ですっと制した。
「カレン! おやめなさい。怖がらせてごめんなさいね。大丈夫でしたか?」
彼女は青いロングドレスの上に、いかつい女性のと同じ紋章のついた豪華な銀の鎧を付け、両サイドに淡い青の羽根の付いた銀の兜をかぶっている。物凄い美人にそんな優美な微笑みを浮かべて言われたら、わたしなら逆に恐縮してしまいそうだ。けどセイはそんなことは無かった。
「ぜってー今のでダメージ受けたし!
てか、そのカッコ、スターリング銀騎士団? 何でソリドゥスにいんの? 大人しくスターリングにいればこんなことにならんのに!」
悪態をつくセイに強そうな女性――カレンって呼ばれてたっけ。ちょっと見た目と合ってない名前だ――は怒り心頭って顔だったけど、美人さんがなだめて何とか押しとどめていた。
「これからソリドゥスで騎士団の会合があるのです。私達はそこへ向かう途中で急いでいたものですから。本当にごめんなさいね」
美人さんは努めて笑顔を保ち、兜を脱ぐと深々と頭を下げた。編み込まれた艶のある長い黒髪が揺れる。セイはどういうわけか、まだ納得していない様子だったけれど、ジョーが慌てて頭を下げた。
「こちらこそすみません。こいつの不注意で。こっちは大丈夫ですから……。早くホラ、お前も謝っとけって」
言いながらジョーはセイの頭を無理やり押し付けていた。親に無理やり謝らされる子供みたいだ。
「いえいえ。それでは、私達、予定がありますので……」
美人さんがもう一度微笑んで去っていこうとしたとき、彼女はこちらを見た。切れ長の、意志の強そうな黒い瞳と目が合……ってないや。わたしを見てるわけじゃないみたい。もう少し視線は後ろだ。
「あら……あなた、どこかで……?」
と言って、彼女は後ろの方でなんかコソコソしていたカンを怪訝な顔で見た。まさか知り合い、なんだろうか?
「え? ええ……あ……ええと……覚えていて頂いて光栄です! ヴァルキリーさ――」
いつもとテンションの違うやや上ずった声でカンが言い終わる前に、
「下がれ下郎! ファンクラブなどと称しアマネに付きまといおって!」
いかつい女性が物凄い速さでカンの喉元にぶん、と薙刀を突き付けた。そして他の強そうな鎧の人が数人、視線を遮るかのようにヴァルキリー様とカンの間にさっと立ちはだかった。うわあ、ガードが徹底してる。殺気の籠った目で睨みつける屈強な騎士達に守られながら、足早に立ち去るヴァルキリー様。
「凄いな関羽(仮)……。下郎とか普通言わんだろう……」
去っていく銀鎧の集団を遠い目で見ながらカンがポツリとつぶやいた。
「突っ込むポイントそこなの? すっごい速さで攻撃されたことじゃなくて?
ってか関羽って三国志の武将だよね? 女の人にそれはないんじゃない?」
そのどうでもいい一言に、思わずわたしは色々と突っ込んでしまった。
「いや、まあ確かに髭はないし赤兎馬にも乗ってないけど。でも屈強だし青龍偃月刀持ってるし」
すると彼はそう反論してきた。相変わらず話がかみ合わない。
「ねえ、あの人達何? 何とか騎士団て言ってたけど。あと、ファンクラブって?」
「スターリング銀騎士団? 貿易都市スターリングって街を本拠地とする騎士団だね。
で、ファンクラブって言うのはそのスターリング銀騎士団団長のヴァルキリー様――これはファンがつけた愛称――を称える会さ。そっちは当然非公式。
まああんな感じですぐに親衛隊の人に妨害されるから、特に何ができるわけでもないと思うけど。結構いるみたいだよ、会員」
冷たい視線を浴びせながらカンに聞くと、そんな事には動じずいつもの調子で淡々と、他人事のような答えが返ってきた。けどヴァルキリーって、確かに強く凛々しく美しくって感じだし、ぴったりだ。男女問わず憧れる人はたくさんいそうだから、ファンクラブができるのも納得。でも、きっと迷惑だろうな。
「ったく、よりによって銀騎士団の団長と副団長に喧嘩売んなよ! 目ぇつけられても面倒なだけだろ! 一応今のところは、色々特権持ってんだし」
そんな事を考えていたら、ジョーがセイを叱る声が聞こえてきた。
「……はぁい。でもさ、ムカつくし。もうあいつらも特別じゃなくなるっしょ?
それにぶっちゃけ、あいつら強いってわけじゃなくね? 弱い魔物とか弱い違反プレーヤーとか集団でボコってるだけっしょ?
なのに自分たちがこの世界の平和守ってますみたいな顔してるとか、まぢウザいし」
セイはふくれっ面で文句たらたらだ。ジョーは分からなくはないが、とうなずき、
「だとしても、今はやめとけって。ここで言い争ったところであいつらを倒せるわけじゃねえだろ。
こっから力をつけて、然るべきところで引きずり下ろしてやりゃいいんだからさ」
不敵に笑った。セイは渋々だけど納得したようだった。
「ところで、騎士団て? 引きずり下ろすってどういうこと?」
「あ? ああ、騎士団つーのは運営公認のギルドだ。
今まではそれしかなかったんだが、今度からフツーにギルド作れるようになったから、オレらもちゃっちゃと設立して、で、みんなで頑張ってフォルトゥナで一番のギルドにしようぜってこと。良いだろ?」
ジョーがさっきまでと違って爽やかな笑顔を浮かべて答えた。あ、何だそういう事か。セイとわたしはこくこくと頷いた。ジョーはそれを見て、満足そうだった。
「ところで――」
ジョーはふいにわたしの方を向くと、そう切り出した。
「ごたごたして言うの遅くなっちまったけど今日は悪かったなー。でもおかげでばっちりスパイニードラゴン狩れたぜ。報酬もかなり良かった。で、お前らはどうだった?」
「スパイニードラゴン? 凄いな。流石。こっちはこっちで色々……まあ楽しかったよ。ところで次回ってあるの? どうする?」
珍しくわたしより先に、そして彼にしては愛想良くカンが答えた。ジョーの問いに適当にお茶を濁すと、次の仕事のことを質問した。
「そうだな。今回ので何とか設立資金の目途はついたから、ギルド設立とその先の仕事のためにスターリングに行く。
で、移動のために荷物運びの護衛ってクエスト受けようと思ってるんだ。一緒にやろうぜ。土曜日の14時の予定だけど、どう?」
「わたしは大丈夫」
「俺も」
「じゃ、決まりだな。それじゃ、オレらそろそろログアウトすっから」
「じゃーね、リン。あ、木曜またカフェ行かね?」
「うん、いいよ!」
「じゃ、俺もこの辺で」
こうしてみんな去っていった。じゃ、わたしもログアウトしよっと。
「お疲れ様でした。今回のご宿泊料はお支払い済みです。ゆっくりお休み下さい」
あれ? どういう事? あ、システムトラブルがあったから、今回の宿代はタダにしてくれたって事かな。
結構ダメージ受けたし、宿代高くなるかもだったから助かった。ラッキー!
ここまで読んで頂きありがとうございました。色々と次につながる情報が出てきましたが、混乱しないように書けていたでしょうか?
皆様の忌憚のないご意見、お待ちしております。
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