003_05_遺跡の異変は何のせい
「リンさん? 大丈夫かい?」
不意に声がして、振り返ると眉間にしわを寄せたカンがいた。後ろにマドカさんと教授も来ていた。さっきの女の子はいなかった。
「あ、見える……動ける……! 良かった!
そうだ、女の子見なかった? 入り口の天使像みたいに、腕に白い羽根の生えた女の子!」
この部屋の入口は見たところ入ってきた壁の隙間だけだから、彼女が出て行ったならカン達がすれ違ったはずだ、と思って聞いたのだけど。
「……いや、俺は何も見てない。お二人は、何か見ましたか?」
カンはそっけなく否定して、他の二人の方を振り返った。
「アタシもそんな子は見てないわ」
「僕もだ」
二人とも見ていない、と即答だった。おかしいな、誰も見てないなんて。絶対、女の子がいたんだけど。
「あ、何か急に目の前が真っ暗になっちゃったけど、カンもそうだった? じゃあその隙にすれ違っちゃったのかな……」
「あ、ああ、そう……だろうね。落ちてたのはシステムトラブルっぽいが、運営からはまだ何も連絡はないね」
カンはこくこくとうなずいた。システムトラブル、かあ。じゃあ仕方ないかも。そうだ、そんなことより。
「けど、ドッポはどこに行っちゃったんだろう? 落ちる前も見なかったんだけど。
そういえばこの部屋、なんか変わった雰囲気……。あ、ボスの部屋で、それにやられちゃったとか?」
部屋の真ん中に台座があって、そこにいかにもな宝玉がはめ込んである。これに触れるとボスが出るとかありがち……と手を伸ばしてみたけれど、何も起きなかった。何か他に条件でもあるのかな。一回出たらしばらく出ないとか?
「ボス、ねえ……。
遺跡の呪い、密室から忽然と消えた遺体の謎……とかいうわけではないか。ここでゲームオーバーだったみたいだ。これ、拉げてるけど、何かに潰された……?」
床に落ちた、多分ドッポの持ち物だったのであろう何かの破片を拾い上げながらカンがつぶやいた。何その三流ミステリードラマのサブタイトルみたいなやつ。周辺を調べたりパシャパシャ写真撮ってるあたり、ミステリードラマのワンシーンみたいでもある。
「潰された? 何か上から降ってきた、とか??」
天井からいきなりボスが降ってくるとかもありがちな展開だな、なんてふっと上を見上げると、天井に何か、白いふわっとしたものが引っかかっているのが見えた。
「あれ……よく見えないけど、羽根??」
さっきの女の子のじゃないかと思い、確認しようと見上げたけれど、天井までは高さがあるのではっきりとは分からない。
「え? 羽根? あら、本当。そんな感じね。でも何でこんなところに? 確認したいところだけど……。
そぉねえ、アタシが担ぐから、アンタ、近づいて写真取ってくれるかしら?
あ、取るのは写真だけよ? 遺跡から物を持ち出しちゃだめだから」
「え? ええと……はい、わかりました」
会って数分のよく知らない屈強なオネエに肩車されるっていうのもどうかと思うけれど、幸い服のボトムはズボンだし、とにかくその羽根というか天使の女の子のことが気になったので、わたしは提案に乗ることにした。
「あ……やっぱり羽根だ。絶対これ、さっきの女の子のだ! 天井に挟まってる! でも、何で?」
そんな隙間なんてなさそうだけど、羽根は確かに天井に挟まっていた。なんでだろう?
「ほら、見て下さい! やっぱりこれ、白い羽根!」
マドカさんの肩から降り、撮った写真を見せる。ちょっと薄汚れた白い羽根だ。大きさは募金の緑の羽根よりだいぶ大きい感じだった。
「テラーフェザーの羽根ではないね。新種かな?」
写真を覗き込み、まじまじと見ると、教授が言った。
「挟まってた……? 似非探検家が消えたのの真上辺り……悲鳴……。天井が急に落ちてきて、元に戻った時に羽根が挟まった、とか……?」
少し俯いて顎に手を当て、部屋の中をうろうろしながらカンが何かブツブツと呟いている。どっかの探偵みたい。
「この上……部屋のはずだよな……確か……」
「祭壇ぽいのがある大きい部屋ね。行ってみましょ」
探検用情報端末を操作し、地図を確認しながらマドカさんがカンの独り言に答えた。って、地図あるんだ。ドッポの持ってた地図にはここは書いてなかったはずなのに。
「アンタも来るでしょ? 来ないなら置いてくわよ」
「え? あ、はい、ちょっと待って下さい!」
おっと、今はそんなことよりこの謎の羽根の方が先か。わたしは慌ててみんなの後を追いかける。置いて行かれるわけにはいかないし。
「っていうか、カン! おいてかないでよ!」
急いで走ってみんなに追い付く。そして一言もわたしに声を掛けることなく、すっかり何か考えるのに夢中になっているカンに文句を言ったけれど、全く聞いちゃいなかった。もう!
ひたすら追いかけていただけだからよく分からないけど、行きとは違う道を通って、二階に出た。見たことない部屋を抜けると、そこが問題の部屋らしかった。
「これ……どうなってるんだ……?」
「普段と様子が違うわね……やっぱり、何かあった、って事かしら?」
目的の部屋に入るなり、周りを怪訝な顔で見回すカンとマドカさん。マドカさんの感じだと、何か以前と変わっているみたいだけど、初めて来たわたしには違いはわからない。
ただ、何か壁のあたりに明かりがともっていたり、祭壇らしきところになんだかわからないメーターのようなものが動いていたりで、朽ち果てた遺跡、というよりは、何か稼働している施設のようで、なんだか変な感じはする。
「動いている……? こんな表示、前はなかったわ」
マドカさんがそれらを見回りながら驚きの声を上げた。
「遺跡を動かした……? いずれにせよ、詳しい調査が必要ですね」
「そうね」
祭壇らしきものの周りを写真を取りながら、カンはそんな考えをつぶやいた。マドカさんがそれに同意する。
遺跡を動かした……? やっぱり、あの少女?
「そうだ、羽根! ここにも落ちてたりしないかな!?」
床を注意深く探してみると、細くて長い、白い毛が落ちていた。
「これ! さっきの女の子の髪の毛だ! やっぱり、ここにいたんだ!」
見間違いなんかじゃなく、ホントに彼女はいたんだ、という証拠に興奮して、つい叫んでしまった。
「見せてくれないかね?
これは……羽根だね。ほら、真ん中の軸から細い毛が沢山生えているだろう?
……なんの羽根かは分からないが。新種かもしれないね」
教授は髪の毛をしげしげと見つめて言った。
「絶対それ、天使の女の子のですよ。入り口の像みたいな天使の。何で誰も見てないのかなあ……。絶対いましたし、さっきのとこれが証拠ですよ!
あ、そうだ、像があるくらいだし、何かそういう種族、いるんじゃないですか?」
わたしが尋ねると、三人は困った様子で顔を見合わせた。
「いや、そんな種族はいないはずだよ。それに女の子なんて、きっとリンさんの見間違いだ」
カンがそう答えると、他の二人もうなずいていた。うーん、やっぱり信じてもらえないか。
「そうだ、女の子の事はさておき、今日のこれって何だったのかな? 何か遺跡のイベント?
あ、これってレポートしたら報酬になる?」
何にしても変な事ばっかり起きたな、と思ってカンに聞いてみる。何か運よくフォルトゥナの謎に迫るイベントが発生したなら、チャンスだよね。
「それは――」
彼が答えようとしたところで、ピロン、と通知音が鳴った。全員のところに来たみたいで、それぞれ皆スマホを開いて通知を確認している。
「ソリドゥス南の遺跡でバグによるシステムトラブル? メンテナンスで遺跡周辺を立ち入り禁止にするため、速やかにエリアを去ること……?」
「そうらしいね。残念ながらレポート報酬はなさそうだ。どうもさっきの羽根もバグの一環なんだろうね。
因みに入場料は返してくれるらしい」
通知に思わず眉根を寄せたわたしに、カンが肩を竦めた。
「ねえ、リン……だったわよね? 今回の件だけど、バグにはまった、みたいな事は言わないでおいてくれるかしら」
「え……? どうしてですか?」
マドカさんがなぜそんなことを頼むのか分からず、わたしは怪訝な顔で聞き返す。何か、情報を独占したい、とかなのかなあ。
「もしかすると新しいイベント関連のデータだったのかもしれないし、そういうの、先にバラしちゃうと問題なのよ。多分運営からも口止めされると思うわ。
このゲーム、お金がかかっていることだし、不用意に情報を広めて混乱を起こすと怖いわ。
別にアタシがお金のために情報を独占したいってわけじゃないわ。ゲームの円滑な運営のためよ。御免なさいね、詳しく説明できないのだけど」
真剣な面持ちで、マドカさんが静かに答えた。よくは分からないけど、何か事情があるみたい。ゲームの運営……そういえばマドカさんも教授も何かちょっと変わった感じだし、何か運営に関係している人なのかもしれない。とにかく騙そうとしているわけではなさそう。疑ってしまったことにちょっぴり胸が痛んだ。何かわたし、どんどん嫌な考え方になってる気がする。
「分かりました。誰にも言いません。その……ごめんなさい、疑って」
「良いのよ。疑うのも無理はないもの。何とか人より儲けよう、って奴が多いから、むしろ疑ってかかる方がいいかもしれないわよ」
マドカさんは笑った。あれ? ところで何かわたしだけやたら念押されたけど、カンはいいんだろうか。マドカさんに文句を言うと、真っ当な返事が返ってきた。
「え? カンには何で言わないのかって? あのコは大丈夫よ。話す友達なんていないもの」
「えっ……!? 何故俺が唐突に貶められてるんですか!」
「アタシは事実を述べただけよ」
「え……まあ、事実ですけれども……事実だからこそ突きつけないのが優しさというものでは?」
「現実逃避の幇助は優しさではないわ。むしろ罪よ」
「人の心を傷つけるのも罪だと思いますけど……」
ふう、とため息をつき苦笑いするカン。
「アンタほんっと、かわいくないわねー。
リン、こんなどうしようもないコだけど、それなりに良いところもあるかもしれないから、仲良くしてあげてね。あ、別にガァルフレンドとしてじゃなくていいから。ただの友達で」
ばしばしとカンの背中を叩きながら、マドカさんは笑った。
「はあ……」
ヒドイ言われようだな、と思いつつ、まあ仕方ないよな、とも思う。
「さーて、じゃ、早いとここのエリアから出ましょ」
マドカさんの一言にみんな無言でうなずくと、わたし達は遺跡を後にした。
ここまで読んで頂きありがとうございました。謎を残したままですが、遺跡探検も終了です。今後回収していきますので、ブックマークの上続きをチェックして頂けますと、嬉しさで筆が進みます。




