003_04_不思議な少女は幻か
ドッポの悲鳴のした方へ慌てて行ってみると、白い服を着た屈強な大男にドッポが腕を思いっきり捻り上げられていた。誰なんだろう? 何があったんだろう? どうすればいい?
助け……るのは無理だ。だってあの人強そうだもん。それにわたしの事置いてとっとと逃げ出した奴だし、そんな義理はない。けど、ドッポは誰も来たことのないエリアって言ってたのにどうして人が? 人……だよね。魔物じゃないよね。
「痛い! 放せよ、プレイヤーへの攻撃は禁止だろ!?」
ドッポが暴れながら叫ぶけれど、がっちり押さえ込まれていてそれもムダなあがきだった。
「よく言うわねー。最初に襲ってきたのはそっちでしょ? アンタが教授に襲い掛かってこなかったらこんなことになってないわ。アタシはアタシの仕事をしただけ。正当防衛よ。問題ないわ」
ものすごく体格のいい、目つきの鋭い角刈りのおっさんは、その見た目と野太い声に似つかわしくないオネエ口調で呆れたようにドッポに言った。いろいろ含めてものすっごく怖いんだけど、魔物じゃないよね。
「マドカ君、彼ももう攻撃しようなんて思わんだろう。彼を放してやったらどうだ? ……うるさいし。
それより何で襲ってきたのか事情を訊こうじゃないか」
後ろにいた50代前半くらいで中肉中背、学者風のローブを着た知的な感じのナイスミドルが、宥めるように屈強な男に言った。この人が襲われたっていう教授かな。たしかに服装といい雰囲気といい、教授っぽい感じする。この人もプレイヤーなのかな? それとも何かイベントのNPC?
「……確かにそうね。いいわ。放してあげる。で、何でアンタいきなり襲ってきたわけ?」
捻り上げていたドッポの手を離すと、その拍子に床にしりもちをついた彼を鋭い目でギロリと睨みながらマドカと呼ばれた男――名前は女性っぽいけど――が尋ねた。
彼は白を基調とした折襟で二列ボタン、上腕の部分に鍵とグリフォンの意匠のワッペンがついたショートコートに白いニッカボッカ、黒い編み上げブーツと、ファンタジーっていうよりは妄想世界の軍隊っぽい格好をしていた。雰囲気と相まって、ホントに軍人っぽい。っていうか絶対民間人じゃない。
こっから見てても怖いから、多分当のドッポは生きた心地がしないんじゃないかな。どう見たって絶対からんじゃいけない人なのに、どうしてその連れを襲うなんてバカなことをしたんだろう?
「あんたらがボクの見つけた場所に勝手に入ってきたから! ここはボクが一番乗りのはずだったのに何でいるんだよ!!」
ドッポは相当イライラした様子で怒鳴った。自分が発見した場所にいきなり他人がいたから、カッとなって襲った、ってことみたい。
「でも……今度こそ! 次の部屋はボクのものだ!!」
そう言うとドッポは立ち上がり、見た目に似合わずものすごい速さで崩れた壁の奥へと駆けていった。二人があっけにとられた様子でその後ろ姿を見ていた。
「何だったのかしら……? このあたりなんてもう、とっくに探検済みのエリアなのに」
「探検済みのエリア?」
不思議そうにマドカ……さんがつぶやいた引っかかる一言に、わたしは思わず声を上げてしまった。だってドッポは最近見つけたエリアだって言っていた。彼はここが誰も行ったことない場所だと思ってたから、わたし達を盾にしてまでやって来たっていうのに、探検済みなんておかしい。
「そ。今は立ち入り禁止になってるから入れないけど、とっくの昔に探検済みのエリアよ。
で、さっきから気になってたんだけど、アンタ誰かしら? どうやってここに……って、あら? カンじゃない。何逃げようとしてるのかしら。
あー、そう、そういう事。最近なんかやったら理由をつけてサボると思ったら、そういう事……」
彼はわたしと、いつの間にかやって来て、そしてそぉっと前の部屋に戻ろうとしていたカンの方を見比べて、なぜかニヤニヤと笑った。どういう事? っていうか、カンはこの屈強な人と知り合い? もう何だかさっぱり分からない。
「マドカさん……あの……すみません。ここに来たのは偶々、さっきの似非探検家が“バグ”を見つけたみたいで……」
カンはものすごーく気まずそうに、ひきつった笑顔をマドカさんに向けていた。やっぱり知り合いなんだ。どういう関係なんだろう。まさか……。
「あーら、かわいいコじゃない。何か普通っぽいし性格良さそうだし、良かったわ。
アンタもガァルフレンドに楽しく遺跡案内とかしちゃう、ごくごく普通の男の子っぽいFX生活を送れるようになったのね。良いのよ、性格歪んだコが更生するんて喜ばしいことだわ。成長したのね。それならアタシ一人に仕事を押し付けてるのも許してあげる」
マドカさんはわたしの方をちらっと見ると、感動の涙を拭うような素振りをした。何か話がおかしい。
「ちょっと、ガァルフレンドって何ですか! ぜんっぜん違います! カンは友達の彼氏の元クラスメートで、本当はその友達の彼氏と友達とカンとわたしの四人で魔物退治するはずが、今日たまたま友達とその彼氏がドタキャンしたから二人なんです!
で、困ってたところにさっきあなたに捻り上げられてたドッポから誘われて、遺跡探検に来たんです。
まだ誰も行ったことのないエリアに連れてってくれるって言われたんですけど、途中でテラーフェザーに襲われてドッポだけ逃げちゃって。追いかけてきたらあなた達がいて、彼を捻り上てた、と……」
こういう誤解は早く解いておかないと何かめんどくさいことになりそうだ、と思って、わたしは必死で今までの経緯を説明した。一気に早口で沢山しゃべったので息が切れた。
わたしの剣幕にマドカさんはしばらく目をパチパチさせていたけれど、やがて理解してくれたのか、ふぅ、と大きく息を吐き、うなずいた。そして、
「なーんだ。やっぱりそうなのね。まぁ、違うとは思ったわよ。
でもそんなガァルフレンドとか言われるの冗談でもマジ迷惑、みたいな感じに速攻で、しかも丁寧な説明まで入れて否定されるなんて。撃沈ていうか轟沈だわね!」
と、ひどくがっかりした様子だった。それを聞いたカンに苦笑いが浮かぶ。
「あー、ところで君、今テラーフェザーに襲われたって言ってたね?」
それまで成り行きを黙って見守っていた教授が、マドカさんをひょいと押しのけ急に目を輝かせてわたしに尋ねてきた。
「え? あ、はい。ここの手前の回廊で、急に襲われて。カンが気絶させて、逃げて来たんです」
「じゃ、まだいるかもしれないね! そうと分かればこうしちゃいられない。さ、早く行こう、マドカ君!」
教授はすごく嬉しそうに、ワクワクした様子で言うと、男の背中をパシパシと叩き回廊の方へ早く行こうと促した。なんで今の話でそんなにテンション上がっているのか分からない。
「え? ああ、そうね。そっちが目的だったものね」
そういって二人はわたし達が来た扉の方へ向かう。一体どういうことなんだろう? 全くついていけてない。ま、いっか。彼らの事は気にせずわたしはドッポを追おう。
「ぎゃあああああああ……!」
そう決めて、壁の方へ向かったところで、断末魔の、とでもいうような、ドッポのものっぽい悲鳴が聞こえた。わたしは急いで壁の隙間を抜け、悲鳴のした方に向かう。
その小部屋にドッポはいなかった。代わりに、小さく細い人影があった。
(誰!?)
声を掛けようとするけれど、なぜだか声が出なかった。冷たくこちらを見つめる紫の瞳に射竦められたから……? けど一体何者だろう? 目の前の少女はとてもプレイヤーとは思えない。紫の瞳だけでなく、白い肌に、白い髪、それに、まるで遺跡の入り口に立っていた天使像のような腕に生えた白い羽根。わたし達とはまるで違う外見だった。
(天使……? ちょっと待って! ねえ、あなた一体――)
声を掛け、彼女に近づこうとするのだけど、やっぱり声は出ないし、体も動かなかった。彼女の形の良い唇が動くのが見えたけれど、何も聞こえなかった。嘲笑うかのような紫の瞳を見たのを最後に、目の前のものがふっと消えて真っ暗になった。感覚が全部、無くなった。
一体、どうなっちゃったんだろう?
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