012_07_過去の想いを読み取ろう#2
「え、なにこれ何でここだけ格ゲーになってるの? FXはなるべく戦闘は避けた方が得な世知辛いRPGのはずでしょ?」
レイさんが目の前で繰り広げられる、さっぱり見えない凄まじい技の応酬に半分困ったように、半分呆れたように呟いた。それね、ツッコんじゃダメなやつ。受け入れるしかないんだよ。と、経験者のわたしは心の中で彼にアドバイスを送る。
持てる技の限りを尽くして相戦う二人の屈強な漢達は、お互いにクリーンヒットしたんだか何だか、何が起きたのか分からないけど、とにかくそれぞれ逆の方向に思いっきり宙を舞った。そのまま地面に叩きつけられるかと思いきや、二人ともくるりと見事に受け身を取り、何事もなかったかのように体を起こす。
「フ……相打ち、か。やはり、貴方は素晴らしい」
「ウフフ……やるわね……。やっぱりアンタ、いい漢よ……」
そして、心からの喜びを表すキラキラとした笑顔を交わしてお互いをたたえ合った。だけどすぐにふっとうつむき、小さくため息を漏らす。
「しかし、それでもあの黒雲――黒雲と言えるのかも分からんが――と戦えるかどうか……」
「そうね……あの攻撃力と耐久力は異常だもの……技なんて、通じないのかもしれないわ……」
二人の間に暗い空気が流れた。
「だが、立ち向かうしかない」
「でも、諦めるわけにはいかないわ」
二人はぎゅっと拳を握りしめ、それまでの重い空気を振り払うかのように高らかに決意を宣言した。
「えっ、なにこれ何でここだけいよいよ最終決戦に挑む勇者とその親友みたいな感じになってるの!? 変なフラグ立てないでよ二人とも!」
レイさんがすっかり混乱した様子で叫んだ。だからね、それはツッコんじゃだめなやつなんだってば。
「底意地の悪い黒雲は一体何を喚いているのだ?」
「馬鹿其の弐よ。ほっといたらいいんだわ。で、アンタ達何か用かしら? ああ、アタシじゃなくてツバサに用ですって?」
混乱するレイさんと、それに困惑するツバサをさらりと流す通常営業で、マドカさんがわたし達に声を掛けた。レイさんは気を取り直し、
「うん、でもマドカさんも聞いてよ。例の【超越者】の研究室にあったものの調査結果さ。まずあの日記には――」
と、さっきわたしが読んだ日記の内容をかいつまんで二人に説明した。
「それでね、ツバサに聞きたいんだけどさ、君達のところにこの男の日記帳とか、伝わってない? あそこで君が見つけたやつの続きなんだけどさ」
説明し終えると、レイさんはぐいぐいとツバサに尋ねた。ツバサは首を横に振った。
「いや、そのようなものは何も伝わっていない。
ただ、あの図柄自体は我々に伝わっている。【超越者】の文字を読むことはできないから、図だけを後世に伝え、日記は処分したのかもしれんな。あるいは、英雄の墓に共に収められていたかもしれんが……」
「そっか……。ま、じゃあ、あるとしても向こう側か。厳しいなぁ。
ところでその図、君は覚えてたりする? それに破壊神の復活を防ぐための方法が書かれてるはずなんだけど」
ダメ元で、って感じにレイさんが聞いた。
「残念だが、細部までは覚えていない」
ツバサは申し訳なさそうに首を振った。レイさんは「だよね」と小さく呟いて肩を落とした。
「それ……ミライなら覚えてると思います」
「え? どういう事だい?」
レイさんが素早くわたしの方を見て尋ねた。秘密にするって約束したけど、破壊神の復活を防ぐのに必要なことだし、うやむやにするわけにもいかない。ごめんね、ミライ。
「実はミライ、この図に似た柄の刺繍をしてたんです」
「それ、どこに!?」
レイさんがすごい剣幕で掴みかかってきた。その様子がいつになく真剣だったから、わたしはとにかく急いで実物のあるミライの家に向かった。勝手に家に入るのも申し訳ないんだけど、緊急事態だから許して。
家の中で、刺繍はミライが慌てて隠したときのままぐしゃっと机の端に丸まっていた。レイさんがそれを引っ掴みばさりと振って、机の上に広げなおす。
「痛っ! 針が付けっ放しじゃないか。もう、危ないなぁ。
だけどこれ……そうだね。色はともかくこの図と同じ……でもないな。やっぱりあの後修正してるみたいだね……。ああ、これが完成してたら良かったのに!」
レイさんは手元のノートの図が表示されたタブレットとミライの刺繍を見比べた後、悔しそうに机をドン、と叩いた。でも、彼は急に何かに気づいたように、もう一度机の上の刺繍に目をやった。
「いや……でも完成版があったとしてもどうかな? ノートの段階では未完成だったから修正は入るにしろ、ミライちゃんの記憶違いが紛れてる可能性もあるよねぇ。そもそも人手で写して受け継いでるわけだから、どこかで写し間違いが発生している可能性もあるし……。データがあれば、いや、超越者の男がこれを書いたのはデータを残せなくなった後だから仕方ないんだろうけど、でも……! せめてオリジナルの決定稿があれば良かったのに、こんな形でしか残って無いなんて!」
机から顔を上げると、彼はイライラした様子で呟き、もう一度机を叩いた。何だか怖いなあ。どうしちゃったんだろう? 破壊神の復活を防ぐために必要なものかもしれないとはいえ、レイさんもその辺にはあんまり興味ないんだと思ってたけどな。
「レイ、ちょっと落ち着きなさいよ」
そんなレイさんの肩を、マドカさんがトン、と叩いた。レイさんは振り返って、険しい表情のマドカさんを見ると、目を閉じうつむいて、ぎゅっと自分のサラリとした前髪を掴み、大きくため息を吐いた。
「これを、幸福な未来が……」
レイさんが机から少し離れた隙に、ツバサが刺繍を手に取った。そして愛おしそうに、でもどこか寂し気にしばらく見つめていた。
「お前の言うように写し間違いが起きていないとは言い切れない。だが女達は間違えぬように丹精込めてこれを仕上げるのだ。私は元のまま伝えられていると信じている。
それと……幸福な未来は何度かこれを刺繍しているから、正確に覚えているはずだ」
ツバサは刺繍を机の上に戻すと、レイさんの方に真っ直ぐ向き直り、きっぱりと言った。
「そうか……ああ、ゴメンね、決して君達を貶めるつもりはなかったんだよ……。気分を害させて悪かった。謝るよ」
レイさんははっとして、すまなそうに頭を下げた。
「問題ない」
ツバサは首を振った。よかった、これ以上険悪なムードにならなくて。でも分からないことだらけだ。そもそも、この図にどんな意味があるんだろう?
そうだ、ちょうど話に割り込めそうだし、今がチャンス! 聞いてみようっと。




