シンとユキ
物に宿る声を聞くことができないか、街中をうろついていたシン。
小さな頃に住んでいた家の近くの鉄塔からは、誰かの声が聞こえたが、それ以外に収穫はなかった。
帰り道、これは古くからそのままの商店街が残っていて、そこで何かお昼ごはんになりそうなものを買おうかなと寄ってみる。普段は寄らないからどんなお店が出てるかはあまりわからないんだけど、お弁当屋さんとかはあるんじゃないかな。商店街をぶらぶら歩いている時。
‐助けて!
ん?これは助けを呼ぶ心の声。
‐待って、ユキちゃん!待って、ユキちゃん!
ん?これは追いかけてる人の声?かな?
なんかさっき鉄塔で聞いた名前もユキっていってたような…。この声の感じだと、この商店街をもう少し行って、脇に入った路地のあたりかな。行ってみるか。
‐助けて!誰か!お願いっ!
‐ユキちゃん!ユキちゃん!
これは追っかけてる方に仕掛けるか。
『おーい!そこの鬼ごっこの鬼さん!』
‐え?なんだなんだ!?
すぐ反応がきた。
『君のことだよ、鬼さん。非力な女性を追いかけまわして、何が楽しいんだい?』
‐うるさい!うるさいうるさい!全部ユキちゃんが悪いんだ!邪魔するなー!
なんかわかんないけど、話しても無駄な感じだな。女の子とそれを追っている男の進路を、心の声の位置情報から割り出して、先回りをすることにした。この商店街のあたりは路地が無数に張り巡らされていて、先回りをするにはうってつけなのだ。
まずユキちゃんが通り過ぎる。
‐助けて!助けて!
『うん、大丈夫。そのまままっすぐ走って!』
‐えっ?
心の声の返事にびっくりはした反応だったが、それよりも逃げるほうに必死だったからか、そのまま走っていく。で、その5メートルくらい後ろを、ストーカーが走っている。追いつけなかったのは、まぁまぁ大きめの体なのと、普段運動はしなさそうな体つきだったからかもしれない。ということは反射神経もそんなにないはず。男は僕が横にひそんでいるのも気づかず、まっすぐ女の子のほうを向いて必死に走っている。で、その男の足元に、ひっかけるように足を出した。
「えっ、わっ、わぁ〜!!」
見事に足をひっかけ、走っていたもんだから、その勢いもついて、思いっきりコケた。と、それを確認して、すぐ僕も走り出し、女の子が走っていったほうを追っていく。
‐もう追ってこないような感じだけど、大丈夫かな…
『そのまままっすぐ行って、次の交差点を左に曲がって』
‐えっ!はっ、はいっ!
普通なら急に心に直接響く声に、不信感出るんだろうけど、元々機転が利くというか、賢い子なのかもしれない。
『左に曲がって、まっすぐ行くと、左手に小さめのショッピングモールが見えてくる。そこに入れば大丈夫だと思う』
‐わかりました!ありがとうございます!
機転が利くうえに、素直な子だ。状況判断が早い。
『僕は、男が完全に見失ったか、確認できたらそっちに行く。それまでモールの中の女性用トイレとか、そういうところに隠れてて』
‐わかりました。ちょうどおトイレ行きたかったので、ついでに行ってきます
それは言わなくてもいいんだけどね。根が真面目というか素直というか…まぁいいか。
しばらく道路脇の目立たないところで待機して、男の心の声を探ってみる。もう走ってもなく、たぶんさっきの転倒ダメージが大きかったのもあるかもだけど、男に動きはなかった。よし、じゃあまぁ一応様子を見に行くか。少し聞きたいこともあるし。
『ユキさーん。聞こえますか〜?もう大丈夫そうですよ〜』
‐えっ、なんで私の名前を…?もしかして神様とかそっち系ですか?
『えっ、ま、まぁ神様みたいなそういうことをしたこともあったかな。まぁ、そういう系ってことで。それより、少しだけ聞きたいことがあって。あ、あとでいいんだけど、モールのフードコートのマックの前に座ってるから来てもらっていいかな?』
‐わかりました。あっ!てかこれおトイレの音って聞こえてたりします?ミュートってできないんですか!
電話じゃあるまいし。まぁ知らない人にしたらトイレの音とかも聞こえてたら、嫌だよね。僕もそういう趣味はない。
『あっ、あっ、それは大丈夫だよ。これは電話みたいな通話じゃなく、心の声を直接ダイレクトに通信しているような感じだから、気になさらず』
というわけで、モールのフードコートで待つことにした。待つ間、自分の分と女の子の分の飲み物をマックで買っておく。もちろんレジでなるべく対話をしなくていいようにモバイルオーダーである。好みがわからなかったので、アイスコーヒーと、スプライトと1つずつにした。僕はどちらも飲めるので。少ししてから、まっすぐにフードコートのこちらに向かってくる女の子の姿が見えた。先ほど姿は確認してるのですぐわかった。さっきは横から一瞬見ただけだったからあまりわからなかったけど、心の声を聞いて感じた通りの素直で真面目そうな、おとなしい感じの女の子だった。そして、かわいい。
「先ほどはありがとうございます。とても助かりました。なんか超能力みたいなのが使えるんですか?テレパシーみたいな?」
さすがに気になるよな。
「うんうん、あまり人には言えないような特技なんだけどね。だからできれば秘密でお願い。あ、これ飲み物。アイスコーヒーかスプライトどっちがいい?」
「そりゃそうですよね。わかりました。というか!助けてもらった上に飲み物までいただくなんて!でも…走ってノドすごくかわいてるので、ありがたくスプライトいただいちゃいます!」
素直だ。でも、僕はそういうほうがいい。それに僕の力のこともさっと軽く流してくれる気遣いがありがたい。
「どうぞ。でも大変だったね~、なんか逆恨みみたいな?」
その言葉を聞いて、女の子の顔が曇る。
「あ、もし言いにくいことなら言わなくてもいいよ。でも、ああいうのって意外としぶとかったり、ストーカー案件とかって警察に相談しても、ちゃんとしてくれなかったり、むしろストーカーをエスカレートさせることになることも聞くからさ。」
「実は…あの人、友達とか恋人とかってわけじゃなくて、お客さんなんです。」
「お客さん??」
「あっ、お客さんって行っても風俗とかじゃなくて!私、コンビニでバイトしてるんですけど、そのコンビニのお客さんなんです。普通にレジとかしてたら、ありがとうございます、とか笑顔で接することあるじゃないですか。それを勘違いして、めちゃくちゃコンビニで買い物をしにくるようになって、もちろんだけどその売り上げが私の給料に反映することはないんですけどね。そのうち私がバイト上がるのを待つようになったんですよ…」
たまにあるのは接待というかサービスをするような業種で、客が店員に恋心をいだいてしまって、っていうのはニュースとかでもたまに見るけど、コンビニの店員にそこまでするのは異常だ。
「それは災難だったね。さっきはそれがエスカレートして、追いかけられたのかな?」
「バイトの出待ちを10回くらいされてて…で、声をかけてきたり、買い物した食べ物や飲み物を渡そうとしてきたり。だいたい無視したりしてきたんですけど、今日はあまりにしつこいので、もうやめてください、って強めに言ったんです。そしたら逆上して…」
「そうなんだね…バイトの上司とか仲間に相談はしてると思うけど、バイト終わったあとまではどうしようもないもんね。どうしたもんか…」
「すみません、迷惑かけてしまったうえに相談まで乗ってもらって。でも、もう大丈夫です。あ、そういえばなんで私の名前知ってたんですか?」
そうそう、話の本題を忘れていた。
「あっ、まぁあの男が心の声で叫んでいたのもあるんだけどね。あの商店街の少し歩いたとこの小学校の近くに鉄塔があるの知ってる?そこでも同じ名前を聞いたんだよ。たまたまかも知れないんだけどね」
「知ってますよ、鉄塔!というか私その小学校出身です。鉄塔がしゃべったんですか!?」
まさかの後輩だったとは。たぶん20歳手前くらいだろうから、全然接してはないはずだけどね。
「いや、鉄塔がしゃべったんじゃなくて、鉄塔に宿った、誰かの思念が聞こえた、っていう感じかな。ユキ、って。お母さんみたいな感じの声だったと思うよ。」
「お母さん…私のお母さんはもう3年前に病気で亡くなっているんですけど。もしかしたら、亡くなる前にお母さんが念じていた言葉が鉄塔に宿っていたとかなのかもしれませんね」
やはり状況判断が早い。
「お母さん、そうだったんだね…。んー、それにしてもあのストーカーなんとかできたらいいんだけどね〜。今日みたいに休みの時なら僕がユキちゃんのバイトあがりの時間に迎えに行ってもいいんだけど、僕の仕事のシフトは9時から18時までだから昼とか朝上がりの時は無理そうだなぁ」
「いえいえ!そんな迷惑はかけられません。なんとか周りの方にも相談してもらいながら、考えてみます」
と、僕の背中の方から声が聞こえた。
「シンくんの浮気現場はっけーん!!」
げ。この声は…
「サ、サヤちゃん!」
「シンくんってそういう人だったんだ〜、サヤ、ショックだな〜…私という女がいながら、年下の若い女の子をたぶらかそうと…しくしく」
「いや、たまたまストーカーに追われてたところを助けただけだって。てか、サヤちゃんいつから彼女になったん」
「サヤはもうずっと前からシンくんに身も心も捧げた女ですよっ。てかストーカーなんて物騒ね。どうしたの?」
勘違いするようなこと言うな。で、さっきの経緯を話した。
「あっ、じゃあみんなで手分けして、ユキちゃん護衛隊をするっていうのはどうかな?ユキちゃんのバイトのシフトを事前に聞いて、シンくんと私が行ける時は迎えに行ってあげるし、もし2人ともが仕事とかでダメな時は、私の知り合いで夜勤してる子がいるから、絶対ってわけじゃないけど、そのユキちゃんの働いてるコンビニからそんなに遠くないとこに住んでる子だから、買い物がてら見に行けるか頼んでみるよ。私賢い!」
「えっ、えっ、みなさんにそんなに迷惑かけては!それだけ考えてくださるだけで、お気持ちだけありがたくいただきます」
「いや、名案だと思うよ。サヤちゃんありがとうね色々考えてくれて。ユキちゃん、こういう好意って、素直に受け取るのもまた礼儀だよ。僕は両親を亡くしてて、サヤちゃんもお母さんを亡くしてる。それだからってわけじゃないけど、大変な中で頑張ってる子が、困ってる状況を聞いて、ほっとけないよ」
それにサヤちゃんが、付け加える。
「それに〜、シンくん1人に任せたら、かわいいユキちゃんと浮気しちゃうもんね〜。監視しとかねば!」
半分本気っぽいとこが怖いぞ。でも、サヤちゃんのそういう真っ直ぐなところがいいなと思った。ありがたい。
「ねぇシンくん。私もノドかわいた〜」
「はいはい、何飲みますかお嬢様」
飲み物だけでなく、今キャンペーン中かなんかでお得になっているポテトとナゲットも買わされた。まぁお金使うことそんなないからいいんだけど。
マックで買い物して、席に持っていこうとしたら、すでにサヤちゃんとユキちゃんが仲良く話していた。
「ねぇねぇシンくん。私ユキちゃんと友達になったよ♪今度3人で遊びに行きたいね」
打ち解けるの早くないか。まぁそういうのが得意なのか、それともよっぽど気があったのか。なんにせよ、2人ともいい子なことには変わりはないし、それにかわいい。
サヤちゃんと再会した昨日から、僕の日常生活は、今までの何もないモノクロのような生活から、鮮やかな色が付いていってるような、そんな感覚がした。純粋に楽しいな、って思える自分がいる。
こんな日々がこれからもずっと続けばいいなと思った。




