幼きころの鉄塔
アルバムから聞こえてきた両親の声は、シンが今まで聞いてきた心の声とは大きく違う、両親の愛が詰まった声だった。
少しずつだが、シンは心を動かされていく。
ちょっとしたきっかけで手にした、自分の赤ちゃんの時から中学くらいまでの写真を整理していた両親が作ったアルバム。それに触れることで、両親の僕に対する思いを聞くことになる。今までもできていた、人の心の声を聞き、それに返信する力に加えて、モノに宿った声も聞くことができるようになった。
それが良かったのか悪かったのか、僕にはまだわからない。でも、僕が思っていた両親が僕に対して感じていると思っていた感情とは、大きく違っていたことは確かだ。
今日は仕事も休みだし、少し外を歩いてモノの声を他にも聞けるかどうか試してみるか。いつも通りの、ゆるやかな心の声たちを聞きながら、今まであまり意識してなかったけど、電柱とか、信号の押しボタンとかをちょいちょい触りながら歩いてみる。
んー…なんも聞こえないな。というより、親の声が聞こえたアルバムとかって、まぁたぶんだけど、それを親が見るたびに色々なことを思いながら見ていたと思うんだ。そういう強い思いが宿ったものだったり、蓄積した思いがないと、このモノの声っていうのは聞こえないのかもしれない。信号の押しボタンにしても、早く青になれ!とかそこまで強く念じて押すもんでもないよな。
なんの目的地もなく歩くのもなんだったので、僕が小さい頃に住んでいた、小学校の途中くらいには引っ越したんだけど、そのあたりを目指していってみることにする。今は10月だからもうそろそろ涼しくなってもいい時期なのに、まぁまぁ陽射しは暑い。温暖化って言葉はなんか柔らかいんだけど、実際このまま地球上の気温がどんどんあがっていくと、海面の上昇、陸地の減少、あとはそもそも暑くて生活できない場所も出てきたり、今もすでにあるが作物の不作、生き物が生きにくい世の中にはなっていくわけだ。これは全部何が原因かっていうと、人間のせいなんだから、やはり人間は罪深い。ていう僕もその人間の1人なんだけどね。
そんなことを思いながらてくてく歩くと、僕が通っていた小学校が見えてきた。たしか1年生の時に描いた、さるかに合戦の絵が、校舎に入ったところの柱に額にいれて飾ってもらってたと思う。さすがに20年以上経ったら他の絵に変わってるだろうけどね。門のところが開いてたら少しのぞいてみようかなと思ったんだけど、最近は不審者だったりも多かったり物騒な世の中になってるからか、元々そうだったのかは忘れてしまったけど、門はかたく閉ざされていた。無理に誰かにことわってまで入ることもないと思って、小学校を横目にまた歩く。
この小学校の歩いて1分くらいのところに僕の小さい頃住んでた家があったんだよな。その時は古い民家がならんでいて、同じような小さい家に、家の前にちょっとした庭というか車を置くガレージのスペースも兼ねた敷地があった。僕はその頃庭にダンゴムシを飼っていて(ただ、ダンゴムシがいただけともいう)庭の一角にコンクリートのブロックの欠片やら、木の枝とか葉っぱとかを使って、ダンゴムシ王国を作って遊んでいた。今みたいにスマホとか携帯さえもない時だったから、友達と遊ぶのも外遊びがほとんどだったな。
学校の通学路の途中に、たまに怪しげな手品みたいな道具を売りにくる、怪しげなおっさんがいたり、タバコ屋と駄菓子屋を兼ねているおばあちゃんのお店があったり、今ではあまり見ない光景だけど、今みたくお店とかご飯屋さんとか、科学技術とかも発展してなかったと思うけども、なんだかその時のほうが、心は豊かだったような気がするな。
ちなみに僕の住んでいた家は跡形もなく、周りの家もほぼ全部が、大きなオシャレな注文住宅に生まれ変わっていた。思い出も何もあったもんじゃない。まぁでもせっかくきたついでだったので、家の近所にあった三角公園と呼んでいた三角の形の公園にも行ってみる。
すごく綺麗になっていた。当時は草ボーボーで、すべり台と、汚い砂場くらいしかなかったのが、綺麗なジャングルジムとか、ベンチがあったり、すごく綺麗に整備されていた。まぁ特別何かを期待して行ったわけでもなかったんだけども、なんとなく自分の小さい頃の思い出が、何者かの手で壊されてしまったような、もちろん仕方ないことなんだけど、そんなイメージを受けた。
帰ろうかな。
帰り道の途中に、これだけは小さい頃のままだなと見つけたものがあった。鉄塔である。周りを鉄の柵で囲っていて、当時もすごい存在感があった鉄塔だったが、今でもオシャレな注文住宅たちに負けじとドンと存在感を放っている。
‐ごめんねユキ…私はなにもしてあげれなくて…
ん?この鉄塔かな?実際は鉄塔には触れてないから、鉄柵に今触れているんだけども。
‐ユキ…どうかあなただけは幸せでありますように
親が娘のことを祈ってるような声なのかな?まぁでもこれだけの情報だとなにもわからないな。まぁモノの声を少しでも聞けただけ、収穫としようか。
この時の僕は、まさかこのすぐ後に、同じ名前を聞くことになるとは、思ってもみなかったんだ。




