思い出のアルバム【2】
サヤと久しぶりに出会った夜、家に帰ってきたシンは、亡き両親のことを思い出し、アルバムを開く。
すると、急にアルバムが、淡く、優しく、光りだした。
淡く光りだしたアルバムから、ふいに声が聞こえた。いつもの心の声に比べて、とても優しい、何か温かさを感じる声だ。
‐うわぁ、しわくちゃでサルみたい…
これは、僕が覚えていた心の声の記憶なのか、それとも…
‐しわくちゃでサルみたいってほんとなんだね〜、赤ちゃんって。でも、めちゃくちゃかわいいなぁ!
なんか、僕の記憶の心の声とは少し違う内容が聞こえてきてる。ためしに、少しページをめくってみる。僕の4歳くらいの頃、幼稚園に入った頃くらいの写真が貼ってある。その時に流行っていた、仮面ライダーの変身ポーズをして写っていて少し恥ずかしい。
‐シンはやっぱカッコいい顔をしてるなぁ、幼稚園でこれだと、こりゃ大きくなったらめちゃくちゃイケメンだな!
ん?そんなこと言ってたかな。僕の記憶だと、もちろん褒めている声もあるけど、直接聞こえてきた心の声は、しんどい、キツイ、辛い、うるさい、などなど割とネガティブな声のが多かった気がする。なんとなく感じたのは、これはもしかしたら、その時の心の声というより、この写真自体に宿った、両親の思念のようなものか。
今までに、モノや何かに触れて、そのモノの声とか、そこに宿った誰かしらの声を聞いたことはなかった。もしかすると僕自身がそれを必要としてなかったから、ということもあるかもしれない。
思い当たるのは、心の声に対しての返信機能だ。あれも、幼稚園のサヤちゃんに対して、なんとなく念じたことがホントに起こってしまっただけで、もしかしたらそれも元々備わっていたということも考えられる。
まぁ元々あったにしても、今この瞬間に発現したにしても、今までなかったような現象に少し驚いている。アルバムを少しずつめくる。これは小学校の低学年の時くらいかな。
‐シンも8歳かぁ〜、あんなに小さかったのに、今はこんなに大きくなってなぁ。自分で歩いて、走って、少し言葉は少ないかもだけど、喋ることもできて。なんかしみじみするな…
心の声というのは、その時の瞬間瞬間の、ありのままに思ったことが、漏れるというか、溢れて出てきたものだと思う。なので、この今聞いている、モノに宿った声というのはそれとは性質が違うような気がする。少しずつ蓄積していった感情というか、割と落ち着いた気持ちで語られている言葉なのかもしれない。またページをめくる。
‐来年から中学か…すくすくと育ってくれてるのはすごく嬉しいんだけど、シンって笑ってくれることが少ないんだよな…たまーに笑ってくれる時っていうのも、なんか苦笑いというか、心からの笑顔じゃないような感じで。なんか悩み事があるのかな…
その通りなのだ。僕はあまり笑わない。これは元々の僕の性格もあると思うんだけど、それに加えて、心の声をこれでもかこれでもかと聞いたことによる、感情を上手く出せなくなった感じなのかなと、自分では思っている。
写真はたしか中学入った時くらいに撮ったくらいで終わってると思うけど…あ、最後のページになぜか、僕が就職したあとの製缶工場で働きだしたあとの写真があった。歩いてるところを横から撮ったような感じだな、たぶんだけど、仕事にいく時の姿な気がする…もしかして、親がこっそり撮ったんだろうか。
‐シン、立派に働いてくれてありがとう。そして、ごめんな。父さんも母さんもシンのことすごくかわいくて、誇りに思ってる。でも、なんだかシンが何を考えているか、わからなくなることもあるんだ。たまに話しかけても、いつも避けてたよな。しっかりしてるシンはすごくカッコいい。でもな、たまには甘えたり、弱いとこも見せてほしかったのもあるんだ。
え、なにそれ。そんな声、聞いたことないぞ。避けてたのは避けてたかもだけど、それは僕が親から少し鬱陶しいというか、お荷物のような感情を向けられてたからで。モノに宿る声はつづく。
‐父さんたちが、うまくシンに接してあげれなかったのもあると思うんだ。でもね、シンが家を出て離れて暮らしても、自分の力で生活をしていったとしても、そしていずれ好きな人ができたりして、結婚して、子供が生まれて、シンの子供はさぞかし男の子ならカッコよく、女の子ならかわいく生まれるんだろうなって思ったり。シンが大きくなって、歳をとっていったとしても、シンは僕たちの子供だ。大人になって、歳をとって、40歳になっても、50歳になっても、僕たちの子供であることにかわりはない。それだけはよく覚えていてほしい。
なんか僕に語りかけるように声を残さないでほしいんだけどな…なんか遺言みたいになってるだろ。それに、今さらズルい。そんなの僕が一緒にいるときに言ってくれよ。直接顔を見て言ってくれよ。それに、結婚て、子供て。好きな人は…一瞬サヤちゃんの顔が浮かんだ。
‐シンがもし今の生活をしていて、もし何か困ったことがあったら。つまづくことがあったら。いつでも僕たちに言ってほしい。頼ってほしい。勝手な親の言い分かもしれないけど、子供はいつまでも子供なんだから。あ、困ったことじゃなくて、嬉しかったこと、楽しかったこと、聞いてほしいこと、なんでもいいぞ。これから長い人生なんだから、色んなことがあるはずだから。シンはしっかり者だから、僕達に迷惑かけないように、って、気を使って言ってこないかもしれない。でも、どんな些細なことでも、どんな大きなことでも、ものすごく迷惑なことでも、いつでも聞くから。気にせず連絡してほしい。
連絡したくても、できないじゃないか…
‐シン、君はすっかりもう大人になってしまって、立派に働いているけど、僕達はまだ君の赤ちゃんの時のことも覚えてる。白目で寝ながら面白い顔で笑わせてくれたシンのことを覚えてる。僕たちはこれから、年老いていく一方かもだけど、君には素晴らしい未来が待っている。だから連絡をしてほしいと言ったけども、決して僕たちのことを心配しての連絡はいいからね。それは気を使わないでほしい。
困ったことも、辛かったことも、しんどいことも、あったにはあった。でもそれよりも伝えたかったことは、たまに嬉しかったことがあったり、ランチの美味しい店を見つけたり、職場の人の面白いアイドルの歌の心の声を聞いたり、どうでもいいような、しょうもない、日常だったんだよ。
でも、もうできないじゃないか。遅いよ…
‐シン、ずっと大事に思ってる。
気持ち悪いっていうかもだけど、愛してる。
ずるいだろ。今さら優しくしないでくれよ。こんなはずじゃなかっただろ。てか、死んでからこんな優しくされても、ありがとうも言えない。僕はずっと自分が、両親の負担になってると思ってたんだ。だから就職したし、すぐ家も出た。家を出てからも連絡もしなかった。
‐シン、たまには連絡くれよな。
もう、連絡できないじゃないか…
‐父さんも母さんもたまにさみしくなるんだぞ。
そんなこと一言も聞いたことない!生きているときに言ってくれたら…
‐シンは、寂しいとかって甘えることはないのかもだけど、お酒飲んだりとかして、酔っ払った勢いとかでもいいから、甘えてきていいんだぞ。
酔っぱらった勢いってなんだよ。どっちにしてもお酒は飲まないよ。
てか…てか…もう遅いだろ。今更だろ。
気づいたら、頬に涙がつたっていた。たぶん、きっと、体が痛くもなく泣くのは、初めてかもしれない。3年前に両親が亡くなった時も、泣かなかったのに。
父親のこの声を聞いて、はじめて気づいたことがあった。
そう。僕は、寂しかったんだ。




