幸せのパンケーキ
シュウジのアドバイスは、とても的確で、僕に色々な注意点を聞かせてくれた。
それは僕が今まで、思いもしなかったことだった。
シュウジと別れ、サトシとサヤちゃんと合流し、旅の続きを楽しむことにするシン。
サヤちゃんに連絡すると、大阪城を見に行って、そのあと通天閣を見に行って、今から心斎橋のグリコがあるとこへ撮影に行くみたいだ。地図で調べると、心斎橋は今僕がいる本町から歩いても10分ちょいくらいの距離だったので、歩いていくことにした。
本町の駅周りより、心斎橋に向かっていくと、より人通りが多くなってきた。あまり人通りが苦手な僕にはちょいキツイ。大きい商店街は避けて、ひとつ隣の道を、地図に従いまっすぐ南へ歩く。
はじめに車を停めたなんば駅のあたりはすごく建物もいっぱいあって、都会という感じだったが、このあたりはもちろん綺麗な建物もあるんだけど、昔ながらのお店とか、ごはん屋さんも混在している感じで、少しホッとする感じがした。
てくてく歩いていると、サヤちゃんが言っていたグリコの看板が見えてきた。大きい電飾の看板だ。ちょうどその近くにサトシとサヤちゃんを見つける。
「シンくーん!おーい!」
サヤちゃんが手をふって知らせてくれた。手にはなんか色々持っている。
「お父さん、サヤちゃんお待たせしました。色々観光できたかな?」
「んーとね〜、大阪城のとこで美味しいクレープ食べてねー、あとは通天閣のとこで串カツ食べて〜、あ、あとたこ焼きも食べたよ。たこ焼きと串カツはお持ち帰りもしてきたからシンくんお腹空いてたら食べてね」
「わぁ、色々楽しめたんだね〜、よかった。さっき伯父さんと一緒に、お昼は食べてきたから、あとでオヤツにたこ焼きと串カツは食べるね、ありがとう」
サトシはというと、少し顔が赤くなってきているところを見ると、まぁまぁ飲んできているみたいだ。
「いやー、大阪はいいねぇ〜。食べ物も美味しいし安い!東京はなんだかんだ言って高いからね~」
「あっ、シンくんせっかくだから、グリコの前で撮影しよーよ〜!」
人が多くてしんどかったけども、サトシとサヤちゃんが一緒にいてくれると、少し楽になった気がする。こうやって誰かといるのって、大事なんだなと気づく。サトシがスマホでサヤちゃんと僕を撮ってくれるみたいだ。
「はいっ、じゃあ撮るよ〜!せーのぉ!ぐりこぉ〜〜!」
その掛け声はあってるのか。まぁサヤちゃんが楽しそうにしてるから、それでいいか。僕とサヤちゃんは2人で両手を上げてグリコポーズで写真を撮ってもらった。
「今14時くらいなんだけど、これからどうしようかな?運転をサヤとシンくんに任せれるなら、神戸の方に今日中に行って、そのあたりで一泊して明日の朝に帰ろうかなと思うけど…」
「うんうんっ、神戸に行こ〜!スイーツスイーツ!」
サヤちゃんはトラベリングハイになっているようだ。そんな言葉があるかはわからない。心斎橋から電車でなんば駅に向かって、車を停めていたパーキングに来た。
「あっ、もし神戸に行くなら、ちょっと遠いかもなんだけど、淡路島の【幸せのパンケーキ】ってとこに行ってみたいな〜!ここならパパの目的の映え写真も撮影できるんじゃない?」
淡路島は兵庫県から明石大橋という大きな橋をわたって、すぐ行けるみたいだった。ナビで見ると、高速を使うと意外と早く、1時間半くらいでたどりつくみたい。サヤちゃんが調べてくれたパンケーキのホームページによると予約をしたほうがいいということだったので、ちょうど空いていた今日の16時の予約を取って、淡路島に向かう。
「俺はパンケーキはあんまりなんだけども、そのお店って酒も出してくれるのかな〜?」
サトシは撮影よりもそれが大事なようだ。僕が運転をしてる横で、サヤちゃんがスマホで調べながら、
「あっ、パパ。ちょうどパンケーキのお店の近くに、チーズ工房っていうのがあって、そこで地元のワインが飲めるみたいよ」
「おっ、ワインもいいねぇ〜、昨日は冷酒、今日はビールとハイボールだったから、そろそろワインの口になってきたところだったんだよ~」
ワインの口とはなんだ…
ちょうど時間帯が仕事帰りの時間でなかったこともあって、高速も空いていた。遠目にだが、明石大橋が見える。大きな橋だ。
「わぁ〜、この橋を渡ったら淡路島なんだね〜。パンケーキ!パンケーキ!」
女子はパンケーキが大好きだと、サトシに聞いたような気がするが、サヤちゃんも例外ではないようだ。パンケーキのお店は淡路島に入って、割とすぐのとこにあった。まずサトシをチーズ工房でおろし、あとで各々パンケーキとワインを楽しんだあと、サトシを撮影のために迎えにいくことになった。
夕方のカフェタイムからは外れているような時間でも、そこそこにお客さんはいた。サヤちゃんの説明によると、テレビでも紹介されたことがあるらしく、東京にも店舗はあるみたいなんだけど、ちょうど今来ている淡路島のこのお店がリゾート気分で、一番楽しめるとこらしい。
席は店内とテラス席があったんだけど、店内は予約でいっぱいだったのでテラス席になった。予約なしで並んで入ることもできるみたいだが、すごく待つみたい。店の入り口で並んでいるお客さんもいた。
僕はノーマルのパンケーキと、ホットコーヒーにした。サヤちゃんはいちごショートパンケーキとハーブティーを頼む。サヤちゃんらしいかわいいパンケーキだなと思う。
「わーい、幸せのパンケーキだぁ〜!これを2人で食べたら幸せになれるらしいよ〜」
パンケーキを食べるだけで幸せになれるなら、日本中からお客さんが殺到するに違いない。でも、パンケーキを食べるサヤちゃんは、ホントに幸せそうで、見ている僕まで幸せな気分になる。パンケーキの味はというと、あまりパンケーキを普段食べないので、比べることは出来ないんだけど、ふわふわでとろけるような食感で、確かに美味しかった。パンケーキ好きのサヤちゃんいわく、今までで1番の味だそうだ。
ここの人気な理由が、お店の周りというか、敷地内に、色々な撮影スポットがあって、パンケーキだけでなく、その撮影が目的で来店する観光客も多いらしい。ブランコとか、海が見える階段とか、大きな透明のイスとか、実際に鳴らすこともできる幸せの鐘というのがあった。
「シンくんと一緒に来れて嬉しいなー。なんかもうすでに新婚旅行の気分だよ」
普段は気の強いサヤちゃんなんだけど、こういうとこが可愛いなぁと思う。サヤちゃんが喜んでくれたら、僕も嬉しい。
「なんかパンケーキだけじゃなくて、景色も楽しめて、良かったよね。あっ、そろそろサトシを迎えに行かないと、べろべろになってしまってるかも…」
「あっ、パパ迎えに行く前に、あの鐘のとこに行こうよ〜!一緒に鳴らそう」
幸せの鐘と書かれたところに来て、サヤちゃんと写真を撮る。
「せっかくだから道中の安全祈願をしよっか」
神社みたいな、お参りではないんだけど…
カランカラン♪
「パパと、シンくんと、いっぱいいっぱい美味しいもの食べて、綺麗な景色が見れて、温泉に浸かれて、とっても楽しかったです。ありがとうございましたー!」
やっぱお参りかい。
カランカラン♪
「えーと、明日の帰りもどうか何事もなく、無事に帰れますように。留守番のユキちゃんとコウヘイくんもどうか安全でありますように」
カランカラン♪
「これからも、どうか。仲良く、ずっといっしょにいれますようにー!」
もちろん永遠なんてものはない。僕の両親や、サヤちゃんのお母さん、ユキちゃんのお母さんがそうであったように、寿命よりも早く亡くなってしまう場合もある。サトシも、シュウジも、僕やサヤちゃんや、ユキちゃんやコウヘイくん、サトコちゃんやおかみさんも。いつどうなるか、未来のことはもちろん、明日どうなるかさえもわからない。
でも、この瞬間が。この一瞬一瞬が僕はとても幸せと思うし、これからもその一瞬一瞬を大切にしたいと思う。
僕に出来ることは限られているかもしれない。周りのみんなを守っていくなんて、僕の勝手なエゴかもしれない。シュウジがアドバイスをくれたように、出過ぎた正義感は、もしかすると身を滅ぼすことになるかもしれない。
それでも僕は、これからも僕は、一生懸命に今を生きていく。それが、僕の望んだことだからだ。
「サヤちゃん、大好きだよ」
「えっ、シンくん急にどうしたの?でも…私もだいすきー!」
この幸せが、できるだけ長く。どうか長く、続きますように。
そう言えば…何か忘れてたっけ…
◇
「あれー、サヤとシンくん、遅いよな〜…もうワイン飲みすぎてヘロヘロなんだけどな〜…まぁもう少し飲もっか〜」




