シンとサヤと…?
たまたま仕事帰りに遭遇した、同い年くらいの女性は、シンが幼稚園の時に同級生だった女の子、サヤだった。
まさかの偶然に驚くシンだったが…
こんな偶然ってあるんだろうか。
「どうりで見たことある気がした…まさかサヤちゃんだったなんて。久しぶりだね」
「ほんとだよ〜!幼稚園の時から、シンくんラブだったの覚えてる?でも、なんかね。急に空から変な声が聞こえてきたりとかして、怖くなって、心霊現象!?とか思い出して、シンくんと仲良くするの怖くなったの!シンくん知ってる?」
「いや、あの、それは…」
「まさか。その時の声って、シンくんの声だったってこと!?」
まずい。適当にごまかしてたほうが良かったのかも。せっかく久しぶりに出会った幼なじみが、実はその時から変態ストーカーだった!とか思われてしまったらどうしよう…
「う、うん。その時はあまり自分のこともよく分かってなかったんだけどね、サヤちゃんが大好きって言ってくれてた声に、ただ返事しただけっていうか…」
「うわぁ〜!そうだったんだ!完全に両想いじゃん、めちゃ嬉しいかも♪」
‐シンくんだいすき!
えっ、ここで心の声?でも、聞こえてるのわかってても出すんだ。でもただただ照れくさいんだけど…
「あー、ありがとう。というか、さっき悩んでたことって大丈夫?僕、心の声聞くだけでほんとに何もできないんだけど、もし力になれそうなことなら聞くけど…」
「あぁ〜、全然大丈夫だよ。ちょっぴり仕事でミスして凹んでただけだから。あっ、それよりシンくん晩ごはんまだ?一緒に食べにいこうよ♪」
大丈夫なんかい。なんか死んじゃいたいとか言ってた気もするけど。まぁ大丈夫なら大丈夫なのか。
「うん、さっき仕事終わって帰ってるとこだから、ごはんはまだだよ。あ、でも安月給だからそんなに高いお店は無理なんだけど…」
情けないけども、こういうことは無理せずはっきり言うほうがいいと思ったので伝えた。現に僕の勤めている製缶工場はものすごく給料が安い。安いかわりに楽なのである。むしろ今の僕の生活を考えると、必要最低限のお金しかいらないのだ。
「うんうんっ、私も安月給だから大丈夫。ここまっすぐ行って、角曲がったとこのファミレス知ってる?そこ行こー!」
そのファミレスは知っている。あまり1人では行かないが、たまーに職場の先輩たちとお茶をするときに行ったりするところだ。
「うん、わかったよ。あ、僕は一人暮らしだから大丈夫なんだけど、サヤちゃんは連絡とかしとかなくていいの?」
「うんうん、ごはんテキトーにしといて、ってパパに連絡しとく。いつもテキトーなんだけどね」
ファミレスでは、ドリンクバーを頼んで、あとは夜はお互いに少食というのがわかり、軽くつまめるものだけを頼んで、少しの間、今までのことだったり、仕事のことや、好きな食べ物、趣味などを話した。
人と、直接話すのがこんなに苦手だったのに、なぜかサヤちゃんとは気をつかわずに、気楽に話せた。それはたぶんサヤちゃんも気楽に話してくれたからかもしれない。
生まれたときから今までずっと、人と関わることをなるべく避けていた。それは厄介事を避けるためでもあったし、人間の表面上と、心の中のあまりにもの違いに、いつも傷つけられたし、それを見て見ぬふり、いや聞いて聞かぬふりをするのが辛かったからだ。自分を育ててくれた親でさえも、心をひらけず、困らせたくないという理由で家を出たくらいなのに。結局、僕は厄介事が嫌だと人との関わりを避けていたくせに、実のところ、寂しかったのかもしれない。
仲良くまではなれなくていい。むしろ仲良くなってしまったとしたら、そのあとに嫌なことが増えてきて、普通に接することもできなくなってしまうほうが怖い。もちろん、そんな心配をすることもないかもしれないけど、僕は、たまにこうやって仕事帰りにお茶をするだけで、他愛もない世間話ができればそれだけでいい。
「あー、楽しかったね〜♪てか、シンくん幼稚園の時もかっこよかったけど、大人になって更にイケメンになったよね!びっくりしちゃった!」
「あ…いやそんなことはないよー。サヤちゃんも可愛いよ」
「やだー、シンくんってば!そんな面と向かって女の子にかわいいとか言うと勘違いしちゃうよ!」
そ、そうなのか。いや、でも嘘じゃないから勘違いじゃないんだけどな…え、どっちの勘違いのことなんだろう。
「あ、そういえばサヤちゃんの家はこの近く?結構遅くなっちゃったし、家まで送るよ」
「うんうん、歩いて10分くらいだからそんなに遠くはないんだけど、結構暗いところ通ったりするから、一緒に行ってもらえると心強いかも、ありがとうね」
素直にそう言ってくれるところが、また嬉しい。
「わかった。お父さんにも遅くなったのを謝らないとだしね。じゃあ行こう」
サヤちゃんとファミレスで話してた時に、聞いたところでは、サヤちゃんはお父さんと2人暮らしで(お母さんは3年ほど前に病気で亡くなってしまったらしい)、そのお父さんは個人で写真館みたいなことをしながら、インターネットを通してフォトアルバムとか写真を使ったアクセサリーや、プリントの商売をしているらしい。なんか楽しそうだな。
それでサヤちゃん自身は、美術の専門学校に4年通って、その後学校からの斡旋で、雑貨とか小物みたいなものを作る会社のアートデザイナーの仕事をしているらしい。なんかすごくカッコいい仕事だ。それを褒めると、照れくさそうにしてた。でも、最近はパソコンなどを使ったものがほとんどらしくて、パソコンの知識があまりないサヤちゃんは、どうしても大きい仕事ができなかったり、手作業ですべてをやると、どうしてもミスも出てしまうらしい。なかなか大変なんだろうなぁ。
で、ファミレスからホントに10分くらいの距離にサヤちゃんの家、ていうかマンションはあった。
「パパただいま〜♪遅くなってごめんねー」
「遅くまで娘さんを連れ出してしまいすみません!昔、幼稚園で同じでした松岡と申します。たまたま仕事帰りに出会って、近くでお茶をしていました」
なんだか普段より早口で喋って、自分らしくないなーと思いながらも、娘のことを心配してる父親の気持ちを考えて、そういう感じで接してみた。
「あーどうもこんばんは!いやぁ全然大丈夫だよ。サヤは昔っから男まさりというか、せっかくかわいいのに、男より強いとこがあるから、なかなかいい人もできなくてね。たまにこういうことがあるくらいのほうが、いいような気がするよ」
なんかすごく人の良さそうなお父さんだな。
「いえいえ!あ、もうすぐ帰りますが、さっき送る道すがらサヤさんに聞いてたんですが、写真を撮ったり、プリントをしたりという仕事をされてるって聞いて、楽しそうだなぁと思ってたんです」
「あー、まぁこの仕事をはじめて5〜6年てとこだから、手さぐりの状態での仕事なんだけどね。実はサヤがまだ専門学校の2年目くらいの時まで印刷工場の仕事をしてたんだけどね、もう全然ダメでね。あぁもう首くくるかどうするか…て途方にくれてた時に、神様のお告げがあってね〜」
え。印刷工場、5〜6年前、娘がサヤ、首をくくる…
「へぇ〜、そんな神様のお告げってホントにあるんですね〜、すごいな〜はじめて聞きました」
「いや、そうでしょ?俺も生きててこの方、そういう神様っていう存在自体そんなに信じる信じないというより、わかんなかったんだけどね、あっ、なんとなく松岡くんに声が似てるような気もしないでもないなー」
「は、はは。僕に似てる声って、すごい神様って若いんですねー、はははー」
そうなのだ。サヤちゃんのお父さんは、僕が6年ほど前に、はじめてなんちゃって神様作戦をした時に救った、あの人の良さそうなお父さんだったのである。
「パパも変なことばっか言ってないで!もう遅いんだから早く寝るよ〜!シンくん、今日はホントありがとうね」
「あっ、うんうん、こちらこそありがとう。楽しかったよ。じゃあまたね、おやすみなさい」
‐シンくん、パパのことも助けてくれてありがとうね、大好き
バ、バレてる…それにしても、こんな偶然ってホントにあるんだ。でも、その偶然は僕にとって面倒とかでも煩わしくもなくて、とても素敵なきっかけだったのだ。




