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Heart〜生まれつき心の声を聞く能力を持った僕は、神様のまねごとで人との絆を紡いでいく〜  作者: くろくまくん


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Heart番外編 雪の華【ハナとユキ】

シンジと心を通わせることができたハナ。


これはそれから十年以上先の話。

 それから十数年後。




◇◆◆◆◆◆◆◆




 2021年10月。


「ユキ〜!お弁当ここに置いてるからね〜、ママ行ってくるからね〜」


「はーい!ありがとね〜。いってらっしゃーい」


 ユキはもう17歳になる。月日の経つのはあっという間だ。私がずっと夢見ていた、お嫁さんの夢は、結局叶わなかった。だが、ユキがいる。あの人との間に出来た大事な娘だ。


 もちろんシンくんにはそのことは話していない。妊娠がわかり、周りからもわかってしまう前に、お店のママに相談して、辞めさせてもらった。きっと打ち明ければ責任を感じて、何かしようとしてくれたに違いない。でも、そんなことをしてほしいわけじゃない。シンくんの家庭を壊したいわけじゃなかったから。


 人の事を心から信じることが出来なかった私が、はじめて信じることができた。だから、その瞬間だけでよかったのだ。ユキには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。産まれた時からお父さんがいないのだから。でも、私はシンくんの分まで、私とシンくんの2人分、いやそれ以上の愛情を、この子に。ユキに注いできたつもりだ。もちろんこれからもそうするつもり。


 そうするつもり、だった。


 パートで働いている、スーパーでレジを打っていた最中の出来事だった。


「ありあとうおあいまいたー、んっ??」


 なんか呂律がまわらない…


 最近、疲れからか肩こりがひどいなとは思ってて、手が痺れたりとかはあったんだけど、ついにちゃんとしゃべれなくなるなんて…疲れすぎかな…


 パートが終わったあと、気になったので病院に行ってみる。症状を詳しく聞かれ、脳神経外科で精密検査を受けることをすすめられた。今の段階ではなんとも言えないそうだ。え、そんなに重い症状なんだろうか…


 今までも健康診断とかはちゃんと受けたことはないんだけど、特に何か身体が不調を訴えたことはない。脳神経外科では、問診のあと、MRIとCT検査、血液検査をした。


「ALSですね…」


 へ?なにそれ?まったく聞いたこともないアルファベットだった。詳しく聞くと、筋萎縮性側索硬化症きんいしゅくせいそくさくこうかしょうという、ものすごく長い名前で、言うだけで舌を噛んでしまいそうな、病気らしい。簡単に言うと、体中の筋肉の力がなくなっていく病気みたいだ。手足が動かなくなって、しゃべったり、息をしたりができなくなるらしい。


 なんだか、あまりにも急なことで、頭が真っ白になってしまい、なんだか自分のことじゃないような気がしていたくらいだ。


「えーと、これって、なおるんですか?」


「ALSは現在の医療では治すことはできないんです。薬や点滴で、症状を遅らせることはできますが、完全に治癒はできません。あと、逆瀬川さんの場合、かなり症状が進行してまして…申し上げにくいんですが、あと1年というところですね…」


 え、え。1年。1年で死ぬ、ということだろうか。


「手足がまず動かせなくなってくるので寝たきりになります。あと、呼吸ができなくなるので、人工呼吸器を使うことで、延命はできますが、知能は働いてはいますが、しゃべることも食べることもできなくなります」


 そんなの…もう人間じゃない。


「ユキは…娘はどうなるんですか」


「もしご家族がおられるなら、逆瀬川さんが状況判断が難しい場合、その娘さんに委ねられることになります。今後どうするかということを」


 医者の説明は、あくまでも淡々としていた。それがもちろん仕事であろうし、これを泣きながら必死に語ったところで、私が治るわけではない。ただ、これから死を待つだけの人間である私を前に、一片の感情の揺らぎもなく、話ができるというのは、医者はある意味すごいんだなと、変に感心してしまった。人の死を飽きるくらい見てきた、人間の境地なのだろうか。


 とにかく。私は即入院となった。医者には、ユキには詳しいことは一切伏せてほしいとお願いした。過労でダウンした上に、安静にするために数日入院するということで、口裏を合わせてもらった。


「ママ大丈夫??先生もなんか疲れてるだけだから、って言ってたけど…びっくりしたよ〜」


「うんうん、ごめんね…たぶんすぐ良くなるよ」


 しゃべるのも少ししんどかったので、ユキにはすぐに家に帰ってもらった。


 医者には、明日までにどうするか返事しますと伝えた。そして、少しの間、眠った。


 


◆◆◆◆◆◆◆◆




 夜中、目が覚めた。眠る前にも、ある程度決意は固まっていた。だが、動く気力を養うために、少し体を休めたのだ。


 今の状態から、いつ寝たきりになってしまうか、予測ができない。医者の1年という見立ても、もちろんアテにはならない。例えば寝たきりになった場合、それまでに私が希望を出してなければ、ユキにすべて委ねられることになる。安楽死を望めば、ユキには深く傷を残すことになるし、もし延命を望んだ場合でも、多額の医療費がユキの身に降りかかることになる。どちらにせよ地獄だ。


 ごめんねユキ、私は何もしてあげれなくて。


 でも、なぜか悲しくはないの。私はこれまでの間、あなたに幸せをいっぱいわけてもらった。それに、あの人、シンくんも、その家族もきっと、あれから幸せに過ごしているに違いない。あなたに、ユキに負担をかけてしまうのは、淋しい思いをさせてしまうのは、申し訳ないけども、私は、とても、幸せだった。


 だから、ここで、力を振り絞ろうと、勇気を振り絞ろうと思う。こんなことしか、できないママを許してね。




 ユキ…どうかあなただけは幸せでありますように



 違うな…



 どうかあなたも、幸せでありますように



 あとひとつ、もし叶うならば、ユキを、あの子を、守ってくれる人が現れますように。




◇◇◇◇◇◇◇◇




 2021年11月某日 私は死んだ。




 完



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― 新着の感想 ―
え? え? 実話ベースかと思えるほどのリアリティで脳内がパニックになりましたよ! (≧Д≦) シンの名付け理由とかを見て、何で父親が隠し子を作ったのか謎だったのですけど、それが全部晴れました。 ハナ…
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