Heart番外編 雪の華【シンジとハナ】
スナックで働くハナの前に突然現れた客、シンジ。
いつもの客と違う感じに調子を狂わされるハナだが…
シンくんが初めて来店した、その1週間後。
◇◇◇◇◇◆◆◆
ちょうど1週間前に来た、オドオド君、シンくんのことをふと考えていた時。1週間前と同じ22時を過ぎた頃に、シンくんはやってきた。
「あ、いらっしゃいませ♪来てくれたんですね」
「あ、はい…この時間なら空いてるって言ってたので」
「あはは。よく覚えてますね〜、今日は先週よりもう少しゆっくりしてってくださいよ〜」
お酒があまり強くないっていうのがわかったので、今回はビールじゃなく、めちゃくちゃうす〜い、ジントニックを作ってあげた。
「あ、これなんかサイダーみたいで美味しいですね。実はビールは苦手なんですよ…」
「でしょでしょ?てかほとんどトニックウォーターだからシンくんでも大丈夫だと思います」
「ありがとうございます」
それでも、ゆっくりゆっくりとジントニックをちびちび飲んでいた。
「お仕事とかで、ストレスとかあるんですか〜?」
「え?」
「いや、お酒が好きじゃないシンくんが、こんなとこに来るのって、なんか悩みっていうか、ストレスがあるのかなーって、なんとなく気になっただけだから、言わなくてもいいですけどね~」
「は、はい…」
ホントに言わないんかい!
「あ、私も少し飲んでもいいですか?」
「あ、はい、どうぞ」
「ありがとうございます、ママ〜!水割りお願いしまーす!」
私の飲み物代が、支払いになるってわかってるんだろうか。まぁそこまで世間知らずではないか。
「じゃあ、あらためまして…かんぱぁ〜い♪」
「は、はい…乾杯」
ジントニックをちびちび飲む。
「実は…子供が笑わなくて…」
唐突に話し始めるシンくん。
「はぁっ?」
思わず素が出てしまった。そのあとフォローをする。
「お子さん5歳って言ってましたよね〜、そりゃ機嫌悪かったり、お腹すいたり、眠かったりで、いつでも笑ってるわけじゃないんじゃない?」
「いや、それが…もう全く笑わないんですよね…たまに笑っても苦笑いみたいな」
そんな5歳児気持ち悪いだろ。まぁその言葉は飲み込んで…
「へ、へぇ〜、なんか早すぎる思春期とかそういうのかもですよね〜。家族で遊びにいったりとか、ほら遊園地とか喜ぶんじゃないんですか?」
「あっ、うん、僕もそう思って。子供が喜ぶようなとこ色々探して、連れていったりするんですけどね。なんだか人が多いところが苦手みたいで。楽しむというより、ひどい時は両手で耳を覆ってしまって、座りこんでしまったり」
なんか、精神的な病気とかじゃないんだろうか。
「そうなんですね…ずっと、なんですか?」
「うん、ずっと、です。あと、たまに何かこっちの考えてることを見透かしたかのような、顔をする時もあるんです」
「え、それはなんか不思議というか、気になりますよね〜」
「僕も嫁も、どうしたらいいかわかんなくて…この前なんか、幼稚園で仲良くしていた女の子に、急に避けられるようになったらしく、女の子いわく、なんか呪われているとかなんとか…」
え、なんかそういう霊感強いとかそんなんなのかな…まぁ他人の子供のことだし、別にいいんだけど。
「そうなんですね〜…あ、お酒おかわりいただいてもいいですか?あとできたらチーズ頼んでいいです?」
「あ、はい、どうぞ」
「あ、ちなみに、これは割り勘じゃなくて、シンくんのおごりっていうことなんだけど、大丈夫ですか?」
「あ、はい、大丈夫です」
なんか調子狂う。
「ありがと〜、ママ〜、私のおかわりと、チーズ盛り合わせくださーい♪」
結局ほとんど私が飲み食いして、シンくんは始めにいれたジントニック1杯だけで終わった。滞在時間、1時間。
「シンくん、また来てね〜♪」
そのまた1週間後。
◇◇◇◇◆◆◆◆
さすがに毎週は来ないか。でも、なぜか22時過ぎると気になってしまう。
…来た。
「シンくん、いらっしゃいませ♪また来てくれたんだね〜」
「あ、はい。来ました」
「飲み物は、先週と一緒のにしましょうか?」
「あ、はいっ、あれ美味しかったです♪よかったらハナちゃんもどうぞ」
「あはは。ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えていただきますね」
シンくんの分は極薄で、私のは普通くらいの濃さでジントニックを作った。
「そういえば…お子さんのほうはあれからどうですか?」
「うーん…幼稚園の女の子に避けられるようになってから、尚更ふさぎ込んでしまって…困ってます」
そりゃ好きな子に避けられたら、辛いでしょうね…
「あっ、男の子ですよね?なにかお子さんが好きなものってあったりするんですか?テレビとか」
ジントニックを相変わらずちびちび飲みながら考える。
「あー、仮面ライダーが、好きですね!そういうとこは男の子っぽいというか」
あまり私は詳しくなかったんだけど、仮面ライダーはウルトラマンとかみたいに、特撮系の番組みたいで、毎年キャラクターが変わって、変身アイテムやら、武器やらが、おもちゃ売り場でも人気だそうだ。
「ふむふむ…あっ、シンくん、お子さんと仮面ライダーごっこをしたげるというのはどうかな?」
少し苦笑いをしてから、
「あ〜、それね、何回かしようとしてみたんだけど、あまり上手くいかなくて…なんか息子がシラケてしまうというか」
「シンくん、もしかして、本気でやってないんじゃないの?恥じらいながらというか。子供ってね、そういうのすごくわかるんだよ。仮面ライダーごっこに限らず、遊ぶ時はいつも全力なんだから。大人が、親が全力でぶつからなかったら、子供は楽しくないに決まってるじゃない」
「本気で…ですか?」
「かけっこだったり、鬼ごっこだったり、勝ち負けがある遊びだったとしても、子供だからって手加減とかするじゃない?そうしたら子供って、あー子供扱いされてるな、って、逆にがっかりするんだよ。それよりも、本気でやって、負けたとしても、うわー、パパすごいなぁ!って。そのくらい全力でやるほうが、きっと楽しいよ」
もちろん適当に言ってるだけである。だって、私は結婚もしてないし、子供もいない。あ、でもね、自分が子供の時に、そうやって親が遊んでくれてたら、楽しいだろうなって。それは妄想はしてたかな。
「なんかハナちゃんって、なんでもわかるんだね。今度子供と遊ぶ時、やってみるよ」
何やってんだろ、私。別にシンくんが子供と上手くいったところで、なんにもならないし。むしろ、親子円満になれば、店にも来なくなるかもしれないのに。バカだな、私。
「うんうん。全力仮面ライダー、また結果知らせに来てよね♪ところで、お子さんの名前はなんていうの?」
「息子の名前は、心と書いて、シン。僕もシンジだからややこしいんだけどね」
「ほんとだ、ややこしい」
今日は少し早めにシンくんは帰った。
1週間後。
◇◇◇◆◆◆◆◆
きっと、シンくんは来ると思ってた。
22時を過ぎても来ない。
23時を過ぎても…来なかった。
「ハナちゃん、もう店閉めたいんだけど…もう来ないよきっと」
「はい…」
そのまた1週間後。
◇◇◆◆◆◆◆◆
なかば諦めていた。たぶん息子と折り合いが着いたのかもしれない。そして、奥さんとも。少しのきっかけで、物事が上手くいって、そして元通りに修復されていく。店に来たきっかけが、そうであったように、来なくなる時もまた同じ。
22時半くらいになって、ほぼ店も片付け終わったころだった。
「あっ、まだ店、あいてますか?」
シンくんだった。
「シンくん!いらっしゃい♪まだいけるよ〜」
先週来なかったことをたずねたかった。でも、言えなかった。別に約束ではないからだ。
「あ、あのね、あのね、お礼を言いたくて!」
「え、お礼?」
「やったんだ!シンが、笑った!!ハナちゃんのおかげで」
「ちょっとシンくん落ち着いて。まぁまぁ座って、いつものいれるね。私ももらっていい?」
「う、うんうんどうぞ。あっ、全力仮面ライダーごっこ。ものすごく喜んでたんだよ。あんなに楽しそうに遊んでるシンを見るのはじめてで」
よかったじゃないか。よかったのよ。でも、私の中では、少し淋しい気持ちもした。きっと、もうシンくんは来なくなる。
「よかったじゃーん!これはお祝いしなきゃね」
「あっ、それでね、先週ホントはこのお礼に来ようと思ってたんだけど、シンがはしゃぎすぎて熱を出してしまったんだよ」
そういうことだったのか。そんなに素直に言わなくてもいいのに。都合が悪くなったとかだけでいいのに。
「僕、ホントに子供とのことで悩んでて。ハナちゃんがアドバイスくれなかったら、きっとずっと悩んでたかもしれない。ありがとう。ホントにありがとね。今日はいっぱい飲んでほしい。あ、食べたいものあったらよかったら頼んでね」
飲み物よりも、チーズよりも、オードブルよりも。私が嬉しかったのは、私が何かの役に立てたこと。それがどんなことであっても、誰かの役に立てたことが嬉しかった。それがいつものような調子のいいことばっかり言うおっさん達なら、きっと違っただろう。
オドオド君な、シンくんが。バカ正直なシンくんが。ありがとうって言ってくれたから、私は嬉しかったんだ。少しの間、私は言葉が出なくて。でも、せっかくだから目一杯楽しい時間を過ごせたらいいな、って。そう思った。
「じゃあ〜、今日はお祝いだね。とことんまで行っちゃう〜?」
ママが、少し迷惑そうな顔をしている。
「ハナちゃん、もう私今日は先に帰るから、あとは適当にやっといて。伝票はもうだいたいでいいよ。あ、カギだけはちゃんと閉めといてね」
「わかりました、すみません」
シンくんが来たのが少し遅かったので、早く片付けたかったママはヤキモキしていたようだ。ママには悪いなと思いながらも、私はシンくんと2人きりになれたので、逆に嬉しかった。
「え、お店大丈夫なの?」
「うんうん、今日は特別だよ〜!だってお祝いだし」
「ありがとう。あ、いつものやつお願いしていい?」
シンくんに、いつもの極薄でなく、普通の濃さのジントニックをいれた。私も同じ。今日はなんだか、シンくんにも酔ってほしかった。少しでも長く、この人といれたらな、って思ったんだ。
飲み物とは別に、冷蔵庫に残ってた刺身の残りと、野菜とかを使って、カルパッチョを作った。
「ハナちゃん、すごいね♪こんなオシャレな料理作れるんだね〜」
「全然こんなの簡単だよ♪並べてタラ〜っとして、パラパラってくらいだから」
「全然よくわかんないけど、すごいね!」
シンくんに、2杯目を入れる。私はすでに3杯目を飲んでいた。
シンくんの綺麗な白い肌がほんのり赤く染まっている。
「なんだかいつもよりふわふわしてる気がするな〜、嬉しかったからかな?」
「うんうん、きっとそうだよ!もう少し飲む?」
「んー、でもあまり遅くなったら…」
私は昔からこういう時、下手くそだった。色んな男と知り合い、体目当てだけの男、興味本位だけの男、なんとなくカッコいいかなという男、優男、ただのおっさん、お金持ってそうなおじさま、表面だけの付き合いは死ぬほどしてきた。そのほうが楽だからである。でも、男のほうが、引いてるのがわかった時、無理に引き止めるような、みじめなことはしたくなかったのだ。今までもずっとそうだった。
だから、今回も…
「私、もう少しシンくんといたい…帰ってほしくない…」
私らしくない。そんなことは私が1番わかっていた。結局こういうパターンって、あとで虚しくなるだけ。でも、でも…なんだか今日はダメなんだ。
「え…」
「お願い、私、ずっと1人で。いつも1人で。今日ももちろん1人。今晩だけでいいから。一緒にいてほしい…」
「あの、僕…」
何か言おうとした、シンくんの口を、私の口で塞いだ。ごめんね、シンくん。決して家庭を壊してやろうとか、独占してやろうとか、そんなことは思わないから。ただ、この一時だけでもいい、今晩だけは、私だけを見ててほしい。




