Heart番外編 雪の華【孤独なハナ】
今回はHeartの番外編でございます。
逆瀬川 雪、ユキちゃんの母親、
逆瀬川 華さんの物語です。
本編では、鉄塔から聞こえた声だけの出演のみだったので、お母さんのキャラクターがいまいちわかりにくかったですね。
この番外編で、ユキちゃんのルーツ、母親のハナさんのことを少しわかっていただければと思います。
※本編のエピソード20までをお読みいただくと、より内容がわかる仕様になっています。どうぞ本編と合わせてお楽しみください。
あと、年代によっては知らない方もおられると思いますが、中島美嘉さんの「雪の華」という曲が華さん、雪ちゃん親子のテーマというか、BGMになっています。とてもいい曲です。この曲をはじめの冒頭と、途中、あとラストに挟みたいくらいでございます。僕自身は脳内で流しながら執筆しました。
「ハナちゃん、ハナちゃんは大人になったら何になりたいの?」
「えーとね、やっぱりお嫁さん♪」
「え〜!お嫁さんなんて誰でもなれるじゃん、つまんなーい」
これは私が、ちょうど小学校に入る前くらいの、友達との会話だった。
誰でもなれるお嫁さん。
私は、なれなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ユキ…どうかあなただけは、幸せでありますように…
2021年11月某日 私は死んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◆
時は遡り、2003年。
私は、とあるスナックで働いていた。学生の頃は特にさぼっていたわけでもなく、賢くはなかったが、それなりに勉強はしていたと思う。ただ、特に将来の夢があったわけでもなく、高校卒業後、ぶらぶらとフリーターをしながら生活をしていて、いつからか友達の誘いでスナックで働くことになり、誘われた友達が辞めてしまったあとも、だらだらと私だけが続けていた。元々とくにこだわりもなく、日々の生活ができればと、それしか思ってなかったからかもしれない。常連のおっさんが聞いてくる。
「ハナちゃんは、何か目指してるものとかはあるのかい?」
またこれだ。何か会話がなくなると、夢だのなんだのと聞いてくる。興味もないくせに。
「あー、そうですね〜、できたらお嫁さんに、なりたいですかね」
「かわいらしい夢だね〜。ハナちゃんならきっといい嫁さんになれるよ。俺で良かったらどう?」
「妻帯者には興味ありませ〜ん」
「あちゃ〜、やっぱダメか〜。ハナちゃんと10年前に会いたかったな〜」
「10年前って、私、小学生ですよ!犯罪ですよ〜」
くだらない。こんな会話を、毎日、毎日、しながら。ただ、嘘にまみれた中に、ひとつだけホントのことは、お嫁さんにはずっとなりたかった。なりたかったんだけど、まだなれていない。
スナックのママは私より一回り上の32歳だ。でも歳よりずいぶん若く見える。化粧もそんなに濃くなく、華やかっていうわけではないんだけども、全身から放たれるオーラ、っていうのか、なんか凄いなって思う。ママが私に聞く。
「ハナちゃんの苗字の逆瀬川、ってあまり聞かないよね〜?なんかすごい偉い人だったりしないの?」
「ですよね、私もあまり聞いたことないんですよ。なんか聞いた話では日本に1000人くらいしかいない苗字らしいです」
「へぇ〜、すごい貴重じゃない!じゃあ結婚して苗字変わっちゃったら、更に減っちゃうよね〜」
まぁ言われれば確かにそうだ。
「ん〜、でも別にこの苗字に愛着もないですし、私はどうでもいいかな〜」
そう、心底どうでもいい。私が物心ついた時から父はいなかった。母は私を1人で育ててくれていたが、疲れている顔を見ることはよくあったが、母の笑顔をあまり見たことがない気がした。そんな母も、私が高校在学中に、いつのまにか蒸発した。置き手紙いわく、男ができたんだそうだ。
男だからとか、女だからとか、そういう戯言を言う気はない。そもそも人間なんて信用できない。表面では優しくしていても、心の中では何を考えているかわからない。信じればバカを見る。だから信じることなんてクソ食らえだ。こうやって日々、バカみたいなふりをして、過ごしていけばいい。
私は考え方がドライなのかもしれない。いや、私だけがそうというわけでなく、きっとみんなドライなのだ。それなのに、演技でウェットなふりをしている。
◇◇◇◇◇◇◆◆
ある日の夜のことだった。いつもより店は忙しく、ママと私ともう1人の子の3人で回していたが、22時過ぎ頃になって、ようやく落ち着いてきた頃。
1人のスーツ姿の男が入ってきた。あまりみない顔だ、歳はたぶん私より何歳か上かなという感じ。
「あ、お店まだやってますか…?」
お客がほとんどおらず、片付けはじめてたからだろうか、確認をしてきた。
「まだ大丈夫ですよ〜、お客さんはじめて見ますね。水割りにしますか?」
「あ、いや、ビールを…ください」
なんだか、おどおどした感じで、落ち着かない。はじめて入る店で緊張してるとかだろうか。もう1人の子が帰り、ママと私と、サラリーマンだけになった。
「ハナちゃん、そのお客さんよろしく。私片付けとかしてくから」
「わかりました」
常にお客さんに接客というか、対応するわけではないのだが、1人で来てるお客さんや、常連客、今回のようにはじめてのお客さんなどは、また来てもらえるように愛想をしたりする。もちろんそれが必要ないような場合は無理にはしない。
「隣座っていいですか?」
「えっ、は、はい…どうぞ…」
相変わらずおどおどしている。どっちかというと、私の嫌いなタイプだ。しょーもないおっさんとかでも、偉そうにしてるヤツでも、堂々としている、接客してくれと言わんばかりに振る舞う客のほうが、こちらも扱いやすい。そういう客はこうされたら嬉しいだろうというのがわかりやすい。オドオド君の場合(ひとまずそう名づけた)こちらがなんか気を使うので、普段より骨が折れる。
「普段あまりこういうお店は来ないんですかー?」
「そ、そうですね…外で飲みにいくのもあまりしないほうで、お酒弱いから」
弱いんかい!じゃあなんで来るんだよ。
「あ、そうなんですね〜、たまにははっちゃけたくなっちゃったりとか?」
「あぁ…まぁそんな感じです…」
はっちゃけたいんかい!そうは全然見えないんだけど…。
「お兄さん、面白いですね。あ、私はハナ、華やかの華です。全然華やかじゃないんですけど。お兄さんは?」
「え、えーと、僕も華やかではないほうです…」
「じゃなくて!お兄さんの名前を聞いてるんですけど」
「あっ、あぁ。名前は真司です。松岡 真司」
フルネーム聞いてないっつうの!
「シンジさん…シンくんですね♪どうぞよろしくお願いします。割とこの時間はお客さんも少ないので、ゆっくりできますよ」
「あ、はい。そんなにゆっくりはできないかもだけど…」
「あ~、待ってる奥さんとかですかぁ〜?」
「はい、嫁さんと息子が1人います…」
子供まで聞いてないって。なんだか調子狂うなぁ…
「そうなんですね〜、いいなぁ〜、お子さんはまだ小さいんですか?」
「はい、今年で5歳です」
「めちゃ可愛い時じゃないですか〜、早く帰ってあげないと…てか子供は寝てる時間か」
「はい、そうですね…」
シンくんは、結局ビール1杯も飲みきらないままに顔が赤くなってきていた。
「あ、それじゃごちそうさまです…」
「えっ、もう帰るの?顔はいっぱい飲んだ顔してるけど…」
「はい、またきます…」
滞在時間は約30分。注文は生ビール1杯のみ。しまった、先に私の分もお願いしとけばよかった。まぁ仕方ないので、名刺だけ渡して、送り出した。
シンくんが帰ったあと、
「ねぇママー、さっきのお客さん、なんか不思議な感じだったね〜」
「んー、あまり話してないからわかんないけど、どこにでもいるような、若パパなんじゃない?」
若パパ…ね…




