サトコの歓迎会
シンが天川村から帰ってきてから1週間後、サトコが急にシンの前に現れた。
シンはドキドキしつつも、サトコとの再会を喜ぶのだった。
サトコちゃんがこっちに来てくれたその晩、みんなで集まってご飯を食べにいくことになった。みんなとは、サトシ、サヤちゃん、ユキちゃん、サヤちゃんの後輩のコウヘイくん、あと、タケばあちゃんだ。サトコちゃんはステーキって言ってたんだけど、サトシが飲みたいのと、タケばあちゃんはステーキはたぶん食べれないのとで、色々頼める和食のチェーンの居酒屋に行くことになった。
向かい合って座れるBOXの8人席に、奥からタケばあちゃん、サトシ、コウヘイくん、ユキちゃん。向かい合って、サトコちゃん、僕、サヤちゃんが座った。というかそう座らされた。
「サトコちゃんは、おばあちゃんの隣がいいんじゃないの?感動の出会いなんでしょ?」
「えっ、だってウチが産まれる前に、このばあちゃんすでにこっち来とったから、ウチとは血が繋がっとるってだけで、縁もゆかりもないし、気ぃ使わんでいいよ〜、それよりシンくんの隣がいいもーん」
「へぇ〜、そうなんだ〜。なんかシンくんとすごく仲良いんだね〜、シンくん、これはどういうわけなのかな〜?」
サヤちゃんが僕に問う。
「えーと…せっかくだからばあちゃんと話してもいいのかなぁと、僕も思うよ」
「シンくん、ウチとあんなに愛し合ったっちゅうのに、なんでそんなに冷たいん?ウチとの関係は遊びやったん?ウチ悲しいわ〜」
誤解招くようなこと言うな〜!
「なにこの女!少しくらい胸がデカいだけで調子乗るなっての!」
「まぁまぁ…せっかくだからみんなでね、仲良くご飯食べようね〜」
サトシが向かいの席でニヤニヤしている。
「シンくんはすごいなぁ〜、もうモテモテじゃん」
こいつ…今度熱々のおでん口に突っ込んでやる…
まぁそんな感じの始まりではあったけど、食べ物が来て、お酒も飲んで、美味しいものを食べれば、みんなそれなりに和んでくるのである。単純ではある。単純だが、僕はほっと胸を撫で下ろした。
「サトコちゃんも色々苦労してきたんだね〜、もうなんで男ってそういうのばっかなんだろうね〜」
「そやねん〜、もうウチは男衆には苦労させられっぱなしやわぁ、サヤ姉は話がわかるわ。まぁ飲んで飲んで〜」
あれ、いつのまにかサヤちゃんとサトコちゃんが意気投合している。何か通じるとこがあったんだろうか…てかサヤちゃんってこんな飲むのか…さすがサトシの娘だ。
タケばあちゃんとサトシも何やら大人の話をしてるようだし、サヤちゃんと席を代わって、追いやられた僕はコウヘイくんとユキちゃんと、枝豆をつまみながら話すことにした。
「あっ、そういえばシンさん。この前のゴミ出しのお金、めちゃありがたかったっす!いいんですか?あんなにもらっちゃって」
「うんうん、いいよ〜、留守中全部コウヘイくんに任せ切りだったし。もう少し依頼増えてきて、収入安定してきたら、もう少し普段のバイト代も増やすようにするね」
「おっ、シンくん太っぱらですね〜。なんか便利屋の仕事も板についてきた感じだね。よかった〜」
ユキちゃんも最近はサトシの仕事の手伝いと、家の家事とで、それなりに給料も貰えて、しかも家賃はいらないから、だいぶ生活は楽になってきたようだ。
「そういえば、コウヘイくんって、夜の仕事って何してたんだっけ?あまりサヤちゃんからも詳しく聞いたことなかったけど」
「んーと、俺は駅から近くにある、あのライブハウスとバーが一緒になってるとこで働いてるっす。給料は安いんですけどね」
「えー!ライブハウスとバーなんてオシャレじゃん!今度みんなで遊びにいこーよ〜」
ユキちゃんが食いつく。
「うんうん、楽しそう。生演奏とかもあったりするんだよね?コウヘイくんも音楽してたりするの?」
少し、コウヘイくんの顔が曇る。
「あー、はい…一応バンド少しだけやってるんすけどね…」
「えっ、すごい!演奏したり、歌ったりしてるんだよね!めちゃカッコいいじゃん」
「あー、でもめちゃくちゃ下手くそだし、バンドも全然なんで、みんなに見せれるようなもんじゃないっす…」
コウヘイくんは、いつもこんな感じだ。あまり普段も話はしないんだけど、たまにしゃべる時もすごく大人しくて、すごい謙虚な感じ。
「えー、でも、コウヘイくんのバイト先、一度行ってみたいよね〜。今日行こ!今日!」
ユキちゃんも普段飲まないお酒を、アルコール度数低いからといって調子よく飲んで、少し酔っ払ってきてる気がする。
「あー、まぁ少しだけならいいんすけど…ちょっと場合によったらすこし…」
「ねぇねぇサヤちゃーん!サトコちゃんも!コウヘイくんが夜働いてる、ライブハウスあんどバーにあとでいこーよー!」
「さすが東京は色々オシャレなとこがあるんやなぁ〜、もうちょい飲んだらそこいこーや」
「最近コウヘイのとこ行ってなかったね〜、あそこでも、あんまりガラよくないんじゃない?私は全然いいんだけど〜」
そっか、サヤちゃんはコウヘイくんの先輩だから、学生時代に、絡みはあったのかな。あまりサヤちゃんとの仲も詳しくは聞いたことなかったけど。
「おぉ、おぉ、俺も一緒に行きたいとこだけど、ばあちゃんがもう寝そうだから、先にばあちゃんを家まで送ってくるわ。もし行けそうなら顔出しにいくけど、あとは若いもんで楽しんできな。あ、シンくんこれ渡しとくね」
サトシが、居酒屋の分とちょい多めにご飯代を渡してくれた。さすが大人だ。
「ばあちゃん、ちゃんと歩けるかな?またサトコちゃんが村に帰る前に、一度家に連れていくね」
「…おぉ」
目が閉じかけてて、何言ってもわかってなさそうだ。ここはおとなしく家に帰ってもらおう。コウヘイくんと、サヤちゃんは微妙な感じだったが、ノリノリのサトコちゃんとユキちゃんは、もうすぐにでもライブハウスに行きたいような感じみたいだ。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
商店街の居酒屋から、駅前のライブハウスまではそんなに遠くなかった。ライブハウスがあること自体わからなかったけど、オープンが夜からだから、そりゃ日中は気づかないか。
ライブハウスって言っても、生演奏をたまに聞けるバーという感じで、毎日ライブがあるわけではないらしい。ライブがない時は、普通にバーとして営業してたり、カラオケを流したりしてるみたいだ。
中に入ると、薄暗い店内にいくつかテーブル席と、奥に少し低めのステージがあって、バーカウンターの方には、5人くらい座れるようにカウンターチェアが置いてあった。
「おー、コウヘイどうした〜?」
マスターっぽい人が、カウンターの向こうからコウヘイくんに声をかける。
「あ、今日は先輩と友達たちとご飯食べてきて、少し行ってみたい、って言うもんでみんなで来ました」
「あーそうなんだ。おっ、サヤちゃん久しぶり!珍しいね〜」
「マスターこんばんは、ほんとに久しぶりに来たわ。私はあまり来たくないんだけどねー」
サヤちゃん、この店でなんかあったのかな…
「まぁまぁ、そんなこと言わないで〜。今日は暇だし、ゆっくりしてってよ。そこのテーブルくっつけて座りな」
「ありがとうございます」
「ウチ、なんかオシャレなカクテルが飲みたいわ〜」
「私も私も〜、マスター、私とサトコちゃんに美味しいカクテルくださーい♪」
「はいよ〜♪かわいい女の子が来てくれると、お店も華やかになるから嬉しいよ」
サトコちゃんはカシスオレンジを、ユキちゃんはチャイナブルーを作ってもらっていた。僕はジンジャーエールをもらった。サヤちゃんとコウヘイくんはスミノフアイスを頼んでいた。
「では、あらためまして〜…かんぱぁ〜い♪」
ほろ酔いのユキちゃんが音頭をとる。
「そういえばさ〜、コウヘイってまだバンドやってるんだっけ?」
サヤちゃんがコウヘイくんに聞く。
「あー、一応まだやってるっす。ほとんど活動できてないんすけどね…」
「あぁ〜、まぁあのメンバーじゃあね〜。コウヘイまだ音楽続けるんなら、違うメンバー探しなよ」
「サヤちゃん、コウヘイくんのバンドのメンバー知ってるんだね?」
「あぁ、まぁちょっとね…」
少しサヤちゃんの返事の仕方が気になったが、あまりしつこく聞かれたくないような事情でもあるんだろうな。
「久しぶりに大勢で来てくれたから、これサービスだよ♪」
マスターが、ポテトとナゲットと、ポッキーの盛り合わせを出してくれた。
「おっ、マスター気が効くやーん♪ウチ今度はソルティドッグが飲みたいわ〜」
ソルティドッグはウォッカのグレープフルーツジュース割りに、グラスのフチに塩を塗りつけたカクテルだ。ちなみに塩がないバージョンはブルドッグという。ユキちゃんもそれにつられて2杯目をオーダーする。
「わたしはぁ〜、シンくんと同じジンバックにしまーす♪」
ジンバックはジンのジンジャーエール割りだ。僕はジンジャーエールだけなんだけどね。
なんでカクテルの種類を知ってるかと言うと、ちょうど20歳になったくらいかな、前に働いてた製缶工場の人達と、忘年会かなんかで、バーに行ったことがあって。その時に綺麗な色のカクテルとかを出してもらって、お酒はあまり飲めないのに、カクテルってなんかオシャレでいいなーと思って、カクテルの作り方の本を買ったのだ。
そして、自分では飲まないくせに、リキュールの小瓶みたいなのをカシスとか、カンパリとか、ジンやウォッカなども買って、自宅バーカウンターみたいにして1人で楽しんでいた時もある。まぁ結局僕がお酒あまり飲めないこともあるんだけど、しばらくして飽きてやめた。
なんとなく静かになってたサヤちゃんとコウヘイくんのほうを見て、話しかけてみる。
「今日はライブがない日みたいだけど、またそのうち生演奏がある日にも来てみたいね」
「はい、えーと。だいたい週1か週2くらいであるっすよ。ブッキングライブって知ってますか?」
コウヘイくんが説明してくれたことによると、ブッキングライブっていうのは、ライブハウス経営者が、何組かのバンドや、歌手を募って開催する、まぁ合同ライブみたいなもんらしい。チケットをまず出演者が買い取って、それをお客さんに手売りするというのがよくあるやり方みたいだ。人気があるバンドなら売り上げが出るみたいだけど、そうじゃなければ、タダとか割引きしてでもチケットを配って、友達に来てもらったり、なかなかチケットを売るのも大変みたい。
「へ〜、そういう感じでライブって開催してるんだね〜。でも、1枚のチケットで何組ものバンドの演奏が聞けるなら、楽しいよね」
「んー、そうでもないんす。そうやってシンさんみたいに楽しんでくれる人ならいいんですけど、明らかに知り合いのバンドだけ見に来て、終わったらすぐ帰るっていう人もやっぱいるんで、そのバンドの出演順によると、すっごくしらけた感じになったり、こっちもめちゃ気を使うんすよ…」
色々あるんだな〜。ふと、店の入り口からお客さんが入ってきた。




