心の声ランキング
心の声を聞く力を使って、神様のまねごとをしてみたことで、ひとりの男性を救ったシン。
それがシンの気持ちに何かしら変化をもたらしたのだろうか。
今回は、シンが普段聞く心の声について、紹介する。
ちなみにこの心の声、普段どんな声が多いのか気になる人もいるだろう、気にならないか。まぁそもそも聞ける人自体いないから気になるもなにもないんだけど。
てなわけで、ここらで心の声ランキングを発表しようと思う。いや、ランキングにするほど種類はないか。やはりというか、必然なんだけども、多いのは本能系の声だ。
‐あー、トイレトイレトイレ!もれそう!
‐お腹いたい〜、やばい〜、早く次の駅ついて〜!
ものすごくしょーもないんだけど、やはりトイレ。生理現象は仕方ないよね。でもバカにするようだけども、トイレはすごく大事である。普段家にいたり、トイレがすぐそばにある環境にいるとわからないんだけども、いつトイレにいけるかわからない状況、もしくはどこにトイレがあるかわからない場所、などしたい時にできない、ていう状況はものすごく辛い、そしてキツイ。なのでランキング上位なのはうなずけるのだ。
‐おなかすいた〜、ごはん食べたーい!
‐お肉お肉お肉〜、肉食べたーい!
‐スイーツスイーツ!甘いもの食べたーい!
そう、食欲である。これもすごく多い。まぁ食べなければ人間は生きていけないからね。これもすごく大事である。トイレの時と違って、この心の声は聞いててある程度楽しい。なぜかというと、人それぞれの食の好みだったり、食べ物とかデザートの種類とか色々情報も聞けるので、たまに心の声を参考に携帯で検索して、実際にランチを食べに行くこともある。何に能力使ってんだ!と言われそうだけども、悪いことには使ってないので許してほしい。
で、お次はこれだ。
‐あー、◯◯ちゃんとやりたいなー
‐◯◯くんとえっちしたいよー
‐◯◯ちゃんとあいたいなー、てかえっちしたいなー
性欲である。これももう仕方ないよね。人には生殖本能というのがあるから、子孫を残すために必要なことなのだ。うん、そうなのだ。まぁでもそういうことを踏まえたとしても、ホントにこの3つの種類、食べる、出す、えっち、この声はダントツに多い。それしかないんか!てツッコミたくなるくらい多い。もちろんそれだけじゃないんだけどね、それくらい多いっていうこと。
ここで、不思議に思うかもしれないが、睡眠欲、金銭欲、権力欲、このあたりは意外と少ないということだ。まぁ人間にとって、何がその人にとって大事なのかとか、今の環境において必要なものだったりとかそういうことも関係しているかもしれない。たとえば睡眠は絶対に必要なんだけども、まず心の声に出す前に、眠かったらたぶん寝ている、そういうものかもしれない。
金銭欲に関しては、ただ単純にお金を求めるというより、たとえばギャンブルの場合だと、パチンコとかスロットだと当たることを求める声、競馬だと、自分が賭けた馬が勝つことを望む声、その1つ1つについての声はあっても、ただ漠然と金が欲しいとか、いくら欲しいとか、っていう欲求は少ないみたいだ。これも僕の勝手な推測だけど、お金がいくらあれば何年生活できて、これが買えて、とか必要資金の計算まで、日常ではそんなにしないからかもしれない。
サラリーマンとかでいうと、毎月のお給料がもらえて、そこから家賃や光熱費、食費や通信費など必要なものを差っ引いて、残ったぶんを貯金したり、好きなものを買ったり、という具合だと思う。単純に言うと、人間の欲求てその場その場でコロコロ変わる。
でもよくないのは、1つの欲求が満たされるとまた次へ、それが満たされるとこれもあれも、と、際限なく欲望が増えていく、そうなると今与えられているもの、置かれている状況に感謝をしなくなってしまうのかもしれない。
ある人にとっては当たり前のことが、またある人にとってはものすごく幸せなこともあるよね。そんなもんだ。
僕のことで言うと、今僕は26歳だけど、3年前のこと、さっき話した、なんちゃって神様作戦の3年後の出来事なんだけどね。
両親が交通事故で死んでしまったんだ。
まさか、自分の親がという気持ちと、飛行機や新幹線などの公共の乗り物に比べての、車の事故での死亡確率を考えると、やはり交通事故で死ぬ確率というのは、ものすごく高い。
自分の親なのに冷たいな、と思われるかもしれない。もちろん急なことだったし、悲しかった。僕は1人っ子だったし、両親の親戚なども元々疎遠だったこともあって、連絡先や住んでいるところも知らない。
でもね、高卒で就職して家を出てから、自分の給料で生活して、生きていくことに慣れると、自然と親と連絡したり、接する機会も少なくなってくるんだ。決して親のことを恨んでいたわけでもなく、嫌いではなかった。
ただ、漠然と、人はいつか死ぬんだなって、そう思った。だから普通に親がいて、普通に連絡して、離れて暮らしていても、たまにごはん食べにいったりして、そういうものをわずらわしいと思うのか、貴重なことなんだと思うのかは、その人次第なんだなと思った。
どちらにしても、今僕は1人だ。
両親の他界後、3年が過ぎたけど、何か新しいことがあるわけでもなく、淡々と生活をして、淡々と仕事をして、淡々と生きている。
その淡々とした生活に少し変化が起きる出来事があった。




