星空の下で
サトコが連れて行ってくれた、山の上。
目を開けるとまばゆいくらいの満天の星空。
シンは見たこともない星空に感動をする。
「シンくん?起きてる?見えてる?」
「うん、見えてるよ。すごい…ホントにすごい。こんなに星空が綺麗だなんて」
「そやろ〜、1年中ここは綺麗に見えるんやけど、すこーしぬくくなってきたけど、今くらいの寒さならまだ綺麗やんな。立って、上見たら首つかれるやろ?やから、こうやって寝ころんで空を見るんが、ずっと見れるし、めちゃくちゃ開放感あるねん」
なるほど、地面に寝転がって星空を見るなんて、考えたこともなかったけど、こんな綺麗な星空なら、ずっと見ていたくなるよな。なんだか綺麗過ぎて、色んなことがちっぽけに思えてきて。
気付かぬうちに、目から涙がこぼれていた。
「どしたん、シンくん?泣いてんの?」
「あ、いや、悲しくてとかじゃなくてね。綺麗すぎて、もう感情がわからなくなってるかも。サトコちゃん、こんな綺麗な星空を見せてくれてありがとう」
「えへへ、まぁでもこれはウチじゃなくて、神様が見せてくれてる、って感じやな」
「ありがとう、サトコ神様」
「なんやそれ」
そして、しばらく無言で星空を見ていた。ふと、サトコちゃんが手を握ってきた。
「大丈夫?寒い?」
「大丈夫やで。あんな、さっきも聞いてたんやけど、トオルって人がウチの父ちゃんなんちゃうか、ってもうなんとなくわかってるんやろ?」
「うん…なんとなくね。あ、でもサトコちゃんはトオルさんのことは話したくないんでしょ?無理に話さなくていいよ」
「シンくんほんま優しいな。ようモテるやろ」
「そ、そんなことないよ」
少ししてからサトコちゃんが口を開いた。
「ウチの父ちゃん、なんか写真?撮る仕事しとってな、もう取り憑かれたみたいに写真ばっかり撮ってたんよ。ウチとか母ちゃんのこともほったらかしで」
「うん…」
「ほんでな、母ちゃんさすがに腹立って、ウチも置いて家出ていってしもたんよ。ウチが中学生くらいの時やから5年前くらいかなー。めちゃくちゃ怒ったわ父ちゃんに。お前がそんなんやからやろ!って」
「そんなことがあったんだね…」
「うん。でな、それでも写真撮るのやめんかったわ、アイツ。でー、2年前くらいやったかな…なんか写真撮りにどっか崖とかそんなとこ行ったみたいやけど、足踏み外して死んでしもたんよ」
まさか…。
「え…じゃあトオルさんはもう…」
「ええ気味やろ、自分の好き勝手ばかりして、女房も子供もほったらかして、酒もタバコも好き放題して、そりゃバチも当たるわな」
「そうなんだ…」
「アホな父ちゃんやったけどな。でも写真撮る時はすっごいいい顔してたわ。なんていうか、普段はぼーっとしてるんやけど。ゾーンにはいるっていうんかな。アホやけど、その時だけはカッコよかったな」
「サトコちゃん…」
「まぁ、ウチも結局、甘いんやろな。そんだけ母ちゃんを困らせてたヤツでも、理解しようと、なんかええとこあるんちゃうか、って、努力しようとしてたんやと思うわ」
サトコちゃんの声が震えてる気がした。
「でもな、いくら努力しようとしても、死んでしもたら、もう理解しようがないわな…やり直しもできんやん。こんなかわいい娘置いて、死ぬなっちゅうねん」
「辛かったよね…」
「全然辛くはないで…こんなええとこで、美味しいもん食べて。綺麗な空気吸って。それに、こんなめっちゃいい星空を、見れるんやから」
「うん、すごく綺麗だ」
「あんな…シンくん、ちょっとだけ胸貸してもらってええかな?なんもやましいことせーへんから」
サトコちゃんが急にお願いをしてきた。もちろん断れるわけがない。
「うん…いいよ」
サトコちゃんが黙って、僕の胸に顔をくっつけてきた。
静かに、こらえるように、サトコちゃんは泣いた。
優しく頭を撫でてあげた。
「ウチがもうちょいしっかりしてたら、父ちゃんも母ちゃんも、もっと一緒におれたんかな…」
「サトコちゃん…んーとね、サトコちゃんが悔やむことはないと思うよ。これは僕が思うだけなんだけど、言い方は冷たいかもしれないけど、親だったり、大人が勝手にした過ちを、子供が抱えたり、悔やんだり、責めたりすることはないと思う」
これは、確かユキちゃんが僕に言った言葉だ。
「シンくん…」
「僕も両親はもう死んでるんだ…4年くらい前に交通事故でね。まぁそれより前に、僕は家を出て、1人で暮らしてたんだけどね」
「シンくんも親死んでしもたんや…」
「うん、うん。でもね、置き去りにされたような気もしたけど、親もそれを望んでしたわけじゃないんだなって。もしかしたら僕のことを心配してたんじゃないかな、って。そう思うと、責める気持ちはなくなったかな」
「そんなもんなんかなぁ…」
「僕にもわかんないけど、サトコちゃんがこれから楽しく生きていけたら。嬉しいことや、色んなこと経験して、暮らせていたら、お父さんもお母さんも、嬉しいと思うよ」
「うん…」
サトコちゃんの手をぎゅっとにぎった。
「あんな…シンくん。この村って人口すごい少ないねん、ほんでジジイババアばっかりやねん」
「うんうん、調べたり聞いただけだけど、そうみたいだね。若い人がいなくなって、人口もどんどん減ってるって」
「ウチ、人口増やしたいんやけど…」
真っ暗だからサトコちゃんの顔はわからないんだけど、くっつく力が強くなった気がする。なんだなんだ。
「人口増えたらいいよね。あのジェラート屋さんとか、おかみさんとか、住人のみんなが頑張ったら、きっと村に住みたい人も少しずつでも増えてくるよ」
「ちゃうちゃう。シンくんと一緒に増やすねんで」
「え…それどういう…うっ」
暗闇の中で、サトコちゃんの唇を感じた。外はまだまだ寒いのに、サトコちゃんの唇は熱くなっていて、そして、柔らかかった。
まぁまぁ長い間そうしていたけど、サトコちゃんの背中をとんとん叩く。
「もぉ〜、なんやの、せっかくいいとこやのに〜」
「さっき、やましいことはしないって言ってたよね〜?」
「えっ、これ全然やましいことちゃうやんか。普通に愛し合ってるんやん。シンくん嫌なん?」
平気でそういうことを言うサトコちゃん。
「え、嫌とかそんなんじゃなくてね…あとで困るっていうか…」
「あはは。シンくんほんまに優しいし、おもろいな。ええで〜無理せんで。遠くに待たしとる女がおるもんね〜」
「えっ、うん。まぁ…そうだね」
「そりゃしゃーないなぁ〜。でもまぁウチのカラダが恋しくなったらいつでも来たらええよ♪」
2度目だけども…どうしてユキちゃんといい、サトコちゃんといい、女の子ってこうイジワルな子が多いんだろうか…んー、イジワルじゃないな、かわいいんだ。
「これはまぁまぁ本音なんだけど、結構、天川村のこと、好きかもしれない。ここで暮らすのも悪くないな、って思ったくらいだから」
「それって、ウチへのプロポーズなん?」
「えっ、えっ、どこがプロポーズ?」
「サトコと一緒にここでずっとおるで、たくさん子孫作るで!ってウチには聞こえたんやけど〜♪」
「全然ちゃうやろ!」
思わず関西弁でツッコんでしまった。
「えへへ。あ、そろそろ帰ろか〜。明日は何時くらいにここ出るん?」
「んーとね、大阪からの夜行バスが22時くらいだから…行きと同じくらいの4時間とちょい見るとしたら、夕方17時頃にはこっちを出たいかな」
「そんな早く出るんや…あっ、ここってバスあまりでーへんやろ?電車がある下市口駅まで、車で送ってあげるわ。車やとバスより早いし、時間も読めるやろ」
それはありがたい。行きはバスの時間待ちのせいで1時間以上待ったくらいだったし。
「めちゃ助かるけど…サトコちゃん仕事のほうは大丈夫?」
「うんうん、明日は仕事なんやけど、1日中働きっぱなしってわけやないから、夕方の17時からくらいおかみさんに言うて、少し抜けさせてもらうわ」
サトコちゃんは、ホントに優しい。
「ありがとうね、色々気づかってくれて」
「ええよ〜。そしたら、少し長く一緒におれるやろ?」
「うんうん、そうだね」
そこは軽く流す。
「シンくん…帰る前にもっかいぎゅー!」
「え。サトコちゃんキャラ変わってるんじゃない?」
「ええんや!女は男の前ではいつも可愛くいたいんやで」
そんなもんなのか…まぁ、仕方ないか。
天川村の星空は、もしかすると、人を素直にさせるような、そんな効果があるのかもしれない。




