香芝トオルはどこに?
タケばあちゃんの依頼を受け、はるばる夜行バスと電車とバスに乗ってやってきた天川村。そこでたまたま出会ったサトコちゃんに村の案内を頼むことになって、まず体の疲れを癒すために温泉にはいった。
アクシデントは少しあったものの、僕は温泉マニアっていうわけでもなくて、ただ単純に露天風呂が好きっていうだけなんだけども、ここの温泉はすごくよかった。
「あぁ〜、ええ湯やったね〜シンくん。あ、ちょっとさっきのバス降りたとこらへんに戻るんやけど、あの川の向こっかわに、オシャレなジェラート屋さんがあるねん。アイス食べにいこー!」
「あっ、アイスいいね。僕もちょっとのぼせたから冷たいものが欲しかったんだよ。ここの温泉ってすごくいいよね?なんか水が違うというかなんかわからないんだけど…」
そう。確かにお湯自体が綺麗な感じがしたのだ。
「おっ、シンくんなかなかツウやんか!そやねん、ここの温泉っていうか、このあたりは水がめちゃくちゃ美味しいんよ。山というか、洞窟みたいなんがあるんやけど、そこをくぐり抜けた、綺麗に濾過された水が村に湧いてるんよね。やから温泉もその水とブレンドされてものすごくいい湯になるんよ。水の分子っていうんかな、なんや細かいから肌にも浸透しやすくて、美容にもいいんやて〜、ウチも肌綺麗やったやろ?」
「う、うん、肌はちょっとよく見てないからわかんないけど…あ、そういえばバスに乗る前に寄った喫茶店の店主も、水がいい、って言ってたな〜。まさに自然の恵みっていう感じだね」
「そやねん、水も美味しいってことは米も美味しいし、料理も全部美味しくなるんよ。すごーくええとこやのに、住んでる人はほんま少ないねん。観光で来る人も、ええなええなぁ〜、って言うんやけど、結局日帰りか、一泊したら帰るだけなんよね…」
サトコちゃんがここに何年くらい住んでるのかわからないけど、村のことを心配してるんだろうか。
と、話してる間にすぐ、ジェラート屋さんに着いた。
「あっ、ウチはイチゴとミルクとリンゴのトリプルね♪、シンくんは?」
「あ、僕はどうしよっかな…シンプルなミルクのシングルでお願いします」
サトコちゃんは注文したら、すぐにベンチに座ってしまったので自然に僕が全部払うことになった。トリプルで1000円もするんかーい!アイスにそんなに払うの初めてじゃないかな…まぁこれも経費と思っておこう、タケばあちゃん頼んます!
「いただきまーす!ん〜、温泉のあとのアイスはサイコーやわぁ〜」
「んっ!めちゃくちゃ美味しい!」
お風呂上がりの効果もあったのかもだけど、このジェラートはほんとに美味しい!
「そやろ〜、ここのジェラート屋さん、確かまだできてから1年くらいなんやけど、めちゃめちゃ人気やねん、美味しいから。なんかどっかのレストランかなんかで修行したシェフがしてるんちゃうかなー」
「それは美味しいはずだね〜!なんでそんな人がここでアイス売ってるんだろね?」
「うーん、わからんけど、なんか人生に疲れて静かなとこで暮らしたかったんちゃうの?」
すごい理由だ。
「あ、ほんでそのなんとかさんって探してるんって、誰かに頼まれたってどういうことなん?」
そういえば詳しいことを全然話してなかったんだった。僕が住んでいるところや、普段してる仕事。タケばあちゃんのことと、今回その依頼で息子のトオルさんをばあちゃんの記憶を頼りに探しにきたことを伝えた。
「ふ〜ん、そういうわけやったんやね〜。まぁでもシンくんも仕事やからっていうて、こんな遠くまで結構大変やったと思うんやけど、普通来るかな〜?」
まぁそう言われればそうだ。
「うんうん、仕事柄結構自由だってこともあるし、やっぱ誰かのためになんかするのって嬉しいかなって。あ、でもね、来るの大変だったけど、ここは来てほんとによかったと思ってる」
「そやろ〜。でも天川はまだまだいいところいっぱいあるねんで!今日はウチ休みやから、ゆっくり案内したげる♪」
なんかどんどん、本来の目的から外れていってる気もしないでもないが…どっちにしても村のみんなに話を聞くのと、村をまわって観光と同じだもんね。
「ありがとうサトコちゃん。さっきも思ったんだけど、サトコちゃんって明るくて元気で面倒見いいよね」
「あっ、彼女おるのにウチのこと好きになってしもたんかいな!またシンくんも浮気もんやねぇ〜。でもおとなしそうに見えて実は肉食なんも、ウチ嫌いやないよ♪」
「いや、そういうわけじゃ…」
というわけで。サトコちゃんの案内のもと、村を端から端まで案内してもらうことになったのだ。と言っても、ほとんど周りは山とか自然に囲まれていて、住居やお店とか宿泊施設がある人のいるエリアは、端から端まで車で15分くらいでいけてしまうくらい狭い。まぁ結局観光客向けの旅館だとかキャンプ場だとか、お店だとか、働いている人がほぼ半分くらい、あとはお年寄り、っていうくらいなのかもしれない。あ、あとは林業をしてる人も相当いるようだ。
これは聞いた話なんだけど、山の手入れってすごく大変で、最近クマとかが人がいるとこに出てきて、っていうのも、結局は山がちゃんと手入れされてなくて、動物のエサが無くなってきたために、やむなく出てきてるという状態なんだって。だからそもそもの原因は伐採ばかりして、後始末をしなかったり、ほったらかしにして山を荒れ放題にしてる人間なんだ。
サトコちゃんはそういう話も教えてくれながら案内してくれた。ただ少しひっかかるのは、タケばあちゃんの息子の話になると、なんだかよそよそしいしゃべり方になるような…。
「あっ、ここがウチが働いてる旅館やで〜。たぶん村の中では1番大きいんとちゃうかな。あっ、おかみさんおかみさん!」
「サトコちゃん休みやのにどうしたん?またカッコいい人連れて。もしかして…彼氏さんかいな?」
「いいやろ〜、今日できたてほやほやの彼氏やでぇ!シンくんって言うんやけどね。あ、なんか村のみんなに聞きたいことあるみたいやねん」
言いたい放題である。
「あ、こんにちは。今日会ったばかりなんで彼氏ではないんですけど、サトコちゃんに色々親切にしてもらってます。僕はシンといいます。知り合いに頼まれて、香芝トオルっていう人を探してるんですけど、何か心あたりありますか?」
「えっ、香芝トオルって…」
なんかサトコちゃんがおかみさんに目配せをした気がした。
「あー、聞いたような気ぃしたんやけど、前に住んでた人なんかもやね〜。今はどっかおらんようなったんちゃうかな」
‐なんで今さらサトコちゃんのお父さんのこと、探してるんやろ…
ん?おかみさんの心のつぶやきが漏れた。サトコちゃんのお父さん?トオルさんが?それで反応がおかしかったのか…。んー、でも何か隠しておきたいことなのかもしれないし…ひとまずそのまま引き下がろう。
「あー、そうなんですね〜。僕に頼んできたばあちゃんもまぁまぁもう歳でして。息子さんの安否を確認したいってだけなんで、調べてどうこうとかじゃないみたいなんですけどね。またもし思い出したこととかあれば、よかったら聞かせてください」
「ごめんねぇ、力になれんくて。あ、さっきサトコちゃんからも連絡もらったけど、今日の泊まり先探してて、あまりお金いらんとこ、って言うてたよね?」
「そうなんですよ、恥ずかしいんですけど、そんなにお金はないので高い宿には泊まれなくて…」
「あ、ほなうちの従業員用の寝泊まりする部屋があるから、そこ使っていいで。サトコちゃんの彼氏やから今回は特別や♪」
「えっ!ほんとですか!めちゃくちゃ助かります。ありがとうございます!」
「次にきた時はちゃんとウチに泊まりに来るんやで〜」
サトコちゃんだけでなく、おかみさんもすごくいい人だった。宿泊代は払えないかわりに、旅館のご飯をレストランスペースでいただくことにした。レストランと言っても、こじんまりとした、畳にこたつがいくつか置いてるような、気楽に座れるような場所だ。僕はあっかいうどんにして、サトコちゃんはオムライスを頼んでいた。
うどんは地元で採れた野菜がはいった、素朴なうどんだったんだけど、村で打っているといってたうどんがめちゃくちゃ美味しかった。
「口にするもの、どれもおいしくて、どうしようもないくらいなんだけど、このうどんも、スープも美味しいよ」
「そやろ?さっきも言うたけど水ってほんま大切なんよ。ここの水って山を流れる音がごろごろいうてるからごろごろ水って言われてるんやけど、別名が神の水って言われてるんやで」
「そんな名前があるんだ!なんか恐れ多くて飲めなくなりそう」
「なんか修行してたお坊さんが、山で死にそうになってた時に、水をひとくち飲んだだけで、みるみるうちに身体に力がみなぎって、助かったっていう話があるんよ。まぁほんまかわからんけど、そんだけ水って大事っていうことや」
ここに住んでる人は毎日、こんな美味しい水が飲めて、美味しい料理を食べれるのか。すごい贅沢だな、それに空気も綺麗だし、うらやましい。
「ごちそうさまでした、すごく美味しかったです」
「秋とかになったらまた美味しいもんが実る季節やから、もっとご飯も色々あるで〜♪また食べにおいでや」
それからサトコちゃんと外に出た。




