シンとサトコ
長い長い旅路の果てに、ようやくついた天川村。
シンは、タケばあちゃんの息子のトオルを探し出すことができるのか。
少しウトウトしただけかなと思って、目を開けたら、もうそろそろ着くころだった。
「ありがとうございました」
たぶん観光客もほとんど車で来てる人が多いのか、そもそも観光客も平日だから少ないのか、バスに乗ってる人は少なかった。
ようやく着いた、天川村。思ってたより、道路がちゃんとしていた。村っていう言葉から想像していたのは、もうほとんど地面が土というか、獣道みたいな感じで、木が生い茂っていて、藁葺き屋根の家があるイメージ。これは住んでる人に、そんなこと言うと怒られそうだな。バスを降りたところに、オシャレなテラス席があるカフェがあったり、まぁ見渡すところ、大きい建物はないんだけど、普通に人は住める(当たり前か)ような場所だった。
とても空気が澄んでいた。それに静かだった。音がないっていうわけじゃないんだけど、聞こえる音が、すべて自然の音という感じ。風の音、水の音、どこからか聞こえる鳥の鳴き声。なんだかなごむ。
バスを降りたところにあった、ベンチに座って、少しぼーっとしていた。長く移動していたのと、夜行バスの疲れもあってか、急に眠気がきた。寝てばっかりだな。眠気に任せて、そのまま寝ることにした。なんか自然の音が子守唄のようにとても心地よかった。
「…ちゃん!兄ちゃん!何してんの?こんなとこで昼寝?風邪ひいてまうで〜」
はっ、完全に寝ていた。声のする方を見ると、かわいい顔をした女の子が、僕のほうを物珍しそうに見ている。
「あ…ごめん。眠くて寝ちゃってた…うー、君はここに住んでる人?」
「うんっ、そやで〜、兄ちゃんは何しにきたん?観光にしてはのんびりしてるやんね」
女の子の関西弁はなんか新鮮だ。普段聞き慣れないからかもしれない。
「あ、観光というか、人に頼まれて、人探しにきたんだよ。あ、ここの人なら少し聞きたいんだけど、香芝 徹さん、ってここに住んでるっぽいんだけど、知ってる?」
一瞬女の子の目が見開いた気がした。
「そんな人はおらんよ〜。新しくきた人なんかな〜?それか住んでたけど引っ越したとか…」
「えっ!そうなんだね…まさかの来た瞬間にもう居ないことがわかってしまうやつ…あぁ、まぁばあちゃんの言ってるだけだから、そりゃどっか引っ越したり、何十年も経ってたらわからないよね〜」
‐そんなやつなんて、知らん!絶対知らん!
女の子の心の声もそう言ってることだし、ホントに、知らないんだろう。なんか心の声が尖ってる気がしないでもないけど…。まぁでも、もしかしたら村の人の誰かが行き先知ってるかもしれないし、少し観光がてらぶらぶらしてみるのもいいかな。
「せっかく時間かけて来たし、ちょっとゆっくりしていこうかなぁと思う。あ、君の名前はなんていうの?僕はシン、松岡 心と言います」
「あ、ウチはサトコやで〜。シンくん、せっかく観光きたんやし、温泉とか、あ、夜も星綺麗やから見ていったらいいんちゃう?」
「うんうん、どっちにしても、今日来ていきなり帰るのもなんだし、1日はゆっくりしていくね。ありがとう」
「ウチんとこ、温泉旅館してるからせっかくやし泊まったら?おかみさんにサービスしてもらうように頼んどくし。あ、今から案内しよっか?」
「え、うんうん、ありがたいけど…あまり高いとこは泊まれないんだよね」
「なんや、シンくんお金持ってないんかいな〜。素泊まりで1万円くらいなんやけど、厳しいんなら、なんか安く泊まれる民泊みたいなとこ紹介しよか?」
「素泊まりで1万もするんだ!まぁまぁいい料金だよね…うん、できたらそれが助かるかも、風呂入れて寝れたらそれだけでいいから」
「おっけ〜、まぁしゃーないなぁ〜。で、その探し人のことも聞きながらいくんやろ?とりあえず長旅で疲れたやろし、温泉でも浸かったら?連れてったげるわ」
すごく元気な上に、面倒見がいい女の子だな。でも、何もわからないところだから、凄くありがたい。
「うんっ、実は昨日の夜から夜行バスで来て、そのままだから、温泉には入りたい。熱いのは苦手なんだけどね」
「熱いのん苦手なんかいな、男の子やのになんや、か弱いんやなぁ〜。まぁ温泉にも温度色々あって、少し低めのやつもあるから大丈夫やで。あ、車乗せたげるわ」
「何から何までありがとう」
車で少し行ったところにすぐ、温泉はあった。昼間から温泉なんて贅沢だ。
「ほなまぁ、先にひとっ風呂浴びてきいな。それからなんかお昼食べがてら、情報収集にいこーや」
「わかったよ、ありがとうね」
入浴料を払ってお風呂にはいる。なんだか空気も綺麗だけど、すごく木の香りというか、緑の香りがするなぁ。自然の温泉って感じ。僕は熱いお風呂は苦手なんだけど、温泉は好きだ。とくに露天風呂は外の風でのぼせることがないから特にいい。髪と身体も洗ってさっぱりしてから、露天風呂にはいる。めちゃくちゃいい湯だ…それにしても、タケばあちゃんの息子、村にいないって…ばあちゃんボケてるのかな〜。まぁ少しでも情報もらえたらいいんだけどな。
ゆっくり浸かってると、僕だけだった露天風呂に誰かが入ってきた。
「なんや、熱いの苦手って割に、まぁまぁ長風呂やなぁ〜」
え、その声は。
「え、サトコちゃん…外で待ってるんじゃなかったの?てか、ここ混浴…?」
「え、この村の温泉は露天風呂はだいたい混浴やで〜、中の内風呂はわかれてるけど。てか、誰が待ってる言うたん。ウチも入るに決まってるやんか」
「そ、そうなんだ…」
サヤちゃんの裸も見たことないのに…タオルで隠してるとはいえ、ちょっとこれはダメだ。
「ん?どしたんシンくん、顔真っ赤にして。あっ、もしかしてウチの裸見て欲情してたんかな〜?シンくん意外とウブなんやね〜」
サトコちゃんは顔かわいい上に、まぁまぁ胸が大きい。しかも新鮮な関西弁と合わせて、これはダメな気がする。
「いや、欲情とかはないんだけど、ちょっと混浴とかは慣れてないから、少し緊張はしてる…かな」
「シンくんかわいいやんね♪ウチがつがつ来るような男より、シンくんみたいに女慣れしてない人のほうがいいわ〜。今晩も一緒に泊まろっか?」
「いやぁ…一緒に泊まるのはちょっと…僕には彼女いるし」
「えぇ〜、そうなんや〜、ざんねーん。せっかくええことできると思ったのにな〜。まぁせっかくやからもう少しゆっくり浸かろ♪」
完全にサトコちゃんのペースだ。うん、でもよく言うけど旅は道連れ、世は情け、ってね。てか僕が情けない…上手くない…
「シンくん、ちょっと鼻血出てるけど大丈夫?興奮しすぎたんちゃうの?」
「えっ、鼻血??えっ」
「嘘やで。シンくんますます可愛いやん。ウチ気に入ったわ〜」
女の子ってユキちゃんといい、こうイジワルな子ばっかりなんだろうか…これがサトシの言う魔性というやつなのか。サトコちゃんは違う気もするけど。でも、強く言えない僕も悪いのかな。
果たして、無事ばあちゃんの依頼を達成することができるのだろうか…




