タケばあちゃんの依頼
サヤと仲直りし、みんなでサヤの誕生日をお祝いしたシン。
少しずつ相談所の依頼も増えていき、はじめは皆無であったシンの収入もじわじわではあるが増えてきた。これは3月のまだ少し寒さが残る小春日和の出来事だった。
3月に入ると、冬の寒さが急に薄らいでくる気がする。朝の外の掃除をしていても、陽射しがぽかぽかしてくるのだ。やはり冬の寒い時よりも、暖かくなってくるほうが、人間の心の声も自然と柔らかく、温かいものに変わっていく。
僕の仕事はというと、まだまだ仕事の依頼は安定はしないものの、タケばあちゃんの依頼から始まった例のゴミ出し大量獲得作戦もぼちぼち増えてきていて、現在20件になった。
前にも説明したんだけども1回のゴミ出しで500円と単価は安いんだが、週2回で1000円、月4週として1ヶ月で4000円、ここからがすごいんだけど、20件になると80000円になる。まぁこれも地道な営業活動と、普段収入にならないような簡単なことを手伝ってあげたり、話を聞いたり、そういう努力の成果でもあると思う。まぁでも1番はタケばあちゃんの顔の広さが9割くらいかな。お年寄りを舐めてはいけません。地元で長く住んでいるということは、それだけ付き合いも多く、知り合いや情報網も多いということだ。タケばあちゃんが住んでる地域、というかこのあたり一帯が、昔ながらの一戸建てや、長屋だったり、大きいマンションとかでないことも、地域の住民が孤立せず、割と一体感があることの原因かもしれない。
集合住宅の場合、隣に住んでいる人が誰なのかもわからないままでいる方が多い。むしろ近所付き合いがあるほうが少ないくらいだ。
まぁとにかく。週2回、月8回の朝のゴミ出しで、もちろんゴミの量は20件分だからすごい量なんだけども、毎月8万円の収入があるのはものすごくデカい。タケばあちゃん様々である。ちなみに朝の1時間の間に20件分のゴミを、それぞれの指定場所のゴミ捨て場に持っていくのはなかなか大変なので、サヤちゃんの専門学校時代の後輩、ユキちゃんがストーカーされていた時にも一緒に協力してくれていた、コウヘイくんにもバイトを頼んだ。ゴミ1つにつき100円という小遣い程度のバイト代なんだけど、快く受けてくれるので、ありがたい。もう少しまともに稼げるようになったら、恩返しせねば。
そんなある日の出来事だった。
「兄ちゃん、最近忙しそうに働いとるのぉ〜」
「あ、タケばあちゃん、こんにちは!いやぁ、タケばあちゃんのおかげだよ。今度収入はいったらお茶ごちそうするね♪」
「そんな気ぃつかわんでええわい。あっ、そういや兄ちゃんに頼もうと思っとったことを今朝思い出したんよ」
「うんうん、なんか探し物?掃除?」
「息子の様子を見に行ってほしいんやわ」
息子?タケばあちゃんの息子の話は初耳だな。旦那さんがいて、だいぶ前に亡くなってしまった話は聞いたけど…
「タケばあちゃん息子がいたんだね〜、え、近所じゃなくて少し遠いとこなのかな?」
「んー、奈良県の天川村っていうとこに、たぶん住んでるみたいなんよ。あとはわからん」
え、奈良県、てんかわむら?どこそこ?てかここ東京ですけど?すごく遠くないか。
「昔なぁ、わしは関西に住んでたんよ。旦那さんが奈良県の香芝っていうところにおって、それで結婚してそこに嫁いだんよね。で、息子が産まれて関西で一緒に暮らしておったんやけど、旦那さんの仕事の事情で東京に行くことになって、ほんで今ここにおるわけなんや」
「へぇ〜、そういうわけで少し関西なまりがあるんやね〜、あ、うつっちゃった。で、急に息子さんの様子って、どうしたの?」
「んー、なんかもう連絡もずっとつかなくなって、何しとるかわからんのやけど、なーんか気になったんよね、急に」
「そうなんだね…でもめちゃくちゃ遠いよね、依頼っていうなら受けないことないんだけど、僕もお金のためにってしてるわけじゃないから、金額というよりちょっと無理があるかなーって…」
「んー、前金で10万わたすし、旅費だったり、かかった費用も払うでー、あとは息子にあえればそのあと追加でも渡すけど…」
「もちろんやります!困った人を助けるのが僕の仕事なんで!」
自分でもゲンキンだなとは思う。でも、やはりお金は大事なのだ。コツコツの稼ぎも大切だけど、たまにこういうボーナスも欲しいのだ。
「じゃあちょっと旅の準備だけして、また連絡するね」
タケばあちゃんとひとまず別れ、奈良県の天川村への行き方を聞きにさとしの会社へ向かう。僕自身別に旅行が好きなわけでもなくて、どっちかというと遠出はあまりしないほうだ。理由はやはり人が多いところだと心の声がしんどい。あとは遠出する理由がない。でも、タケばあちゃんの依頼を受けたのは、まぁもちろん報酬のためもあるんだけども、新しい場所とか、自分が知らない場所でも、行くことにそんなにためらわないほうなのだ。むしろ仕事と割り切ればいいのかなと思う。たまにいるどこでも寝れるやつ、みたいな感じ。
「シンくん、奈良まで行くんだ!大丈夫??迷って帰れなくなったりしないかな?」
サトシが心配して聞いてくれた。
「いや、まぁ…なんとか行けると思います。東京から大阪へは、急ぐなら新幹線、ゆっくりでもいいなら節約は夜行バスが良さそうなんですね〜」
サトシに聞きながら、スマホで行き方を検索する。早割りみたいなのだと新幹線も割引きがあるんだけど、すぐ乗る場合、まぁまぁ高い。まぁそのぶんの旅費もばあちゃんが出してくれるとはいえ、根が貧乏性なのでできるだけ費用も安くおさえたいタチなのだ。向こうで何日滞在するかもわからないので、ひとまず片道だけの夜行バスを取って、今日の晩から出発することにした。
出張中のゴミ出しはコウヘイくんにお願いすることにした。まぁ早く帰れたら1回〜2回くらいのお願いで済むと思う。
「シンくん、気をつけてね〜、何かあったらいつでも連絡するんだよ。あと可愛い女の子見つけても浮気しちゃダメだよ!」
「う、うん。大丈夫大丈夫。タケばあちゃんの息子を探しにいくだけだから、遊びにいくわけじゃないからね。おみやげ買ってかえるからね」
着替えとかは最低限にして、あまり荷物は多くならないようにした。なぜかというと、天川村の場所を、調べるとなかなかの山奥な感じで、もしかしたら結構歩いたりとか、登山とかもあるかもと、一応想定してのことだ。必要なものはその時で買えばいいかな。
「せっかくの旅なんだからゆっくり温泉でも浸かって楽しんでおいで〜。あ、地元のお酒とかあったらそれだけよろしく」
だから、遊びにいくわけじゃないって。
まぁ相変わらず気楽なみんなに送られながら、僕は旅だった。向かう途中のお弁当にと、サヤちゃんがおにぎりと簡単なおかずを持たせてくれた。こういうの嬉しいな。
「ありがとうね、サヤちゃん。バスの中か、無理なら途中の休憩の時に食べるよ」
「うんうん、ホントに気をつけてね。ついたら朝早くてもいいから連絡してね。ちゃんと歯磨きしてね。ちゃんとお風呂はいってね」
ドリフかい。と、今時の若い人にはわからないツッコミをして…
「じゃあ、行ってくるね。みんなも元気でね」
そんな長い旅にはならないんだけど、はじめての遠出な気がするのと、こうやって見送ってくれる人がいるのって、やっぱり嬉しい。すこしじんときてしまった。
タケばあちゃんには、息子さんと一緒に暮らしてる時の写真を1枚もらった。あのあと詳しく聞いたんだけど、タケばあちゃんと旦那さんが仕事の事情で関東に来た時に、息子さんだけは関西に残ったんだそうだ。揉めたりとかではないみたいなんだけど、単に奈良の自然が気に入ったからみたい。
写真はもらったものの、これがまた20年以上前の写真だから、さすがにわかんないでしょ…まぁないよりはいいのかな。写真のタケばあちゃんは今よりだいぶ若くて、ちょっとわからないけど50歳くらいかなという感じだった。息子さんは20代かな、今の僕と同じくらいだろうか。様子を見に行くというのは、別に何かをしてほしいとかでもなく、ただ元気にしているか、それだけでいいらしい。やっぱり連絡をずっと取ってない息子でも、心配したり、気になったりするものなのかな。すこし、自分の親のことを思い出した。
向かうバスの途中、天川村のことを携帯で調べてみた。奈良県吉野郡天川村というのが正式な地名らしい。人口はおよそ1000人ほど。半分以上が65歳以上の、超少子高齢化の村みたいだ。周りに大きいお店がなかったり、住むところもそうだけど、やはり仕事があまりないというのもあるのかもしれない。観光客のための温泉宿や飲食店、土産物屋などはあるにしても、結局そこが賑わうことがなければ商売が成り立たないのだ。仕事がなければ生活ができない。それでどんどん若者は地元から離れていく。今の人口の半分のお年寄りの人達が亡くなっていったら、さらに人口は減る。たまたま僕が行く目的地だったから調べたことだけども、日本の中には、すでにこういう寒村が増えてきているのかも。
果たして天川村に、タケばあちゃんの、息子はまだ住んでいるんだろうか。もしすでに引っ越していたら手がかりはない。
写真の息子さん、トオルという名前みたいだが、それにも少し触って反応があるか試してみたけど、場所が遠いからか、写真が古いからか、まったく反応はなかった。色々調べて文字を見てたら眠くなってきたので、最後にサヤちゃんにおやすみのメールをいれて、眠りについた。




