神様のまねごと
心の声を聞くことができるシン。
それに悩み、苦しみながら過ごす日々だが、シンが5歳の時にやらかしてしまったことをひとつ、振り返ってみよう。
通っていた幼稚園のクラスの中で、僕は心の声に悩まされながらも、なんとかみんなと上手くやっていたほうだったと思う。男の子女の子それぞれ15人ずつくらいの30人のクラスだったと思うが、その中でもわりとかわいい部類に入る女の子、確か名前はサヤだったと思う。僕のことを少し好意をもってくれていたみたいだった。
‐シンくんだいすきだいすきだいすき!
これはサヤちゃんの心の声。
『うん、ぼくもだいすき』
これは無意識に発していた、僕の返信だ。
‐え、だれ?だれ?なんか変な声聞こえるんだけど!
『え、あ、ぼくだよ、シンだよ』
それから、卒園するまでの間、僕はサヤちゃんからずっと避けられることになる。今思えば、顔色も悪かったから、何か幽霊に取りつかれたとか、嫌がらせを受けたみたいな感覚だったのかもしれない。まぁ普通の子供なら自分の心の声にいきなり返事が聞こえてきたら、びっくりするし、怖がるよね。
とまぁ、こんなわけで、心の声を聞くにしても、それに返事をするにしても、あまり羨ましがられるような能力ではない。こんな能力があるもんだから、あまり人と関わるのが苦手になってしまったり、極力人のいるところにはいたくないし、行きたくないと思うようになってくる。だから、というか必然的に仕事も、なるべく人と関わることが少ない仕事を選んだ。
製缶工場て知ってるかな、ビールとかジュースとかの缶を作る工場だ。そこでは缶に色とかをつける前のただ缶の形だけを作る。そこで何をするかというと、缶を製造して、出荷をするんだけども、その缶自体に製造の時にまれに気泡がはいることがある。その気泡入りの缶を見分けて捨てるというごくごく単純な仕事だ。
まぁそれにともなって、缶がレールに乗って流れてくるんだけど、そのレールの点検だったり、日々の製造目標だったり、出荷の段取りとかそういうのを管理する仕事もある。
そういう職場で働く人たちというのは、僕ももちろんそうなんだけど、たいていが人と関わりたくない人種だったり、関わるのが苦手だったりという人が集まってくる。なので、わずらわしい人間関係とかもあまりなかったり、面倒な心の声もそこまで聞かなくてすむのだ。
だいたい聞こえてくるのは、延々と時間を読み上げている声だったり、何かのアイドルの歌を歌ってたり、わりと逆に楽しい。日頃、街中で聞こえてくるような愚痴、恨み、妬み、欲望など、気持ちが沈んでしまうようなことはこの職場では少ない。
そうそう、この心の声を聞く能力を、良かったとは言えないけども、まぁたまにはこんなこともあるんだなと思わせてくれた、そんな出来事があった。それがあったのは僕がその製缶工場で働くようになって2年くらい経った時だったと思う。
仕事帰りに最寄り駅の電車を降りて、家まで徒歩20分くらいの道のりを歩いていた時のことだ。
‐あぁ…もうダメだ…
ちょうど僕が20歳になった時くらいだったから、もう色々な人間の心の声を腐る程聞いてきているし、たぶんはじめはとくに気にすることもなく、この頃には心の声ボリュームをきちんと全体的に絞る技術も会得していたので、びっくりすることもなく、という感じだったと思う。
‐俺が死んで、保険金が入れば、お母さんとサヤも困らなくてすむ…
ほんとにたまたまなんだけども、たぶん自殺をしようと悩んでいるお父さんの心の声が聞こえてきているみたいだ。ここで、僕は1つ新たな試みをしてみることにした。
『人間よ。そこで思い悩んでいる人間よ。聞こえるか』
‐え!なんだこの声は!えっ、どなたですか?
すごく人の良さそうなそのお父さんは、普通に僕の返事に質問をしてきた。
『私は神様である。そなたが思い悩んでいる心の声を聞き、直接話しかけてみたのじゃ。なにがあったのか話してみよ』
‐えっ!神様!神様の声なんて初めて聞きました!意外と若者の声なんですね、言葉は変だけど。ていうか、神様はすべてを知ってるわけじゃないんですね!
自殺しようと思い悩んでいた割に、結構ツッコミが多い人間である。てかホントの神じゃないんだから知るわけないだろ。
『様々な人間の悩みや、この世の中での問題の大まかなことは知っておるが、すべての人におこる事や、悩みを把握しているわけではない。いいから話してみよ』
‐そういうもんなんですね〜。いやぁ、ホントに困ってまして。私は小さな印刷会社を経営してるもんなんですけども、小売店のチラシとか、会社の大口の印刷ものとか、最近紙を使用せず、なんでもネットやスマホやらでデータ化っていうんですかね、そういう世の中になってしまって、それでもちょこちょこ受注を受けて生活をしてきたんですがね
『ふむふむ、スマホやらの普及で尚更そのあたりが深刻になっておるわけじゃな』
‐そうなんですよ…で、つい最近のことなんですけど、1ヶ月くらい前の受注してた、わりと大きめの仕事が、受注先の会社がつぶれてしまって、飛んでしまったんですよ〜。俺だけの暮らしだったらいいんですけどね、お母さん、あ、嫁のことですけど、あと一人娘がおりましてね、サヤっていう、ほんとにかわいい子なんですよ。その娘が専門学校に通ってまだ2年目でしてね、ものすごくお金がいるんですよ…
専門学校2年生、てことは僕と同い年くらいなのかな?それにしてもこの自殺志願者よく喋るよな。
『それで、お金が入り用だったところに、さらに仕事が行き詰まって苦しくなっておるわけじゃな…ただ、私は神様じゃが、たちどころにお金をふらせたり、仕事の状況をいきなり良くしたり、物理的な介入は基本的にしておらんのじゃ』
‐え〜神様なのに??そんな悩み事だけ聞くだけ聞いて、なにもできないとかひどくないですか…なんとかしてくださいよ〜
人が良さそうな割に、意外とずうずうしい人間だな。まぁ人なつっこいというか、神なつっこいというか、そんなもんなのかな…
『物理的には何もできないが、そなたが自殺しなくてもいいように、知恵を授けることはできるぞよ』
自分でも思ったが、すごくいい加減なことを言ってしまった。もちろん何も考えていない。
‐えっ、知恵ってなんでしょうか?仕事が上手くいくようになる知恵あります?
『そういう具体的なことは、自分で考えるのじゃ!なんでもかんでも人…じゃなかった、神様に頼るものではない。そなたが自殺をすれば、ひとまずの金銭は手に入るかもしれないが、妻と娘はきっと悲しむであろう。それにその場しのぎの金を手に入れたところで、その後の生活の保障はないじゃろう。ここは1つ思い切って転職じゃ!』
自分でも無茶を言ってることはわかっている。でも、今この場でこのお父さんをまず前を向いていけるようにするには、こうするしかなかったんだよ。
‐てんしょくー!!俺なんにも技術も資格もないし、そんな他に仕事できないですよ~
『そんなことはないぞ。そなたが今まで培ってきた、印刷会社としての知識、技術、コネ、それをフル回転させて、新しい仕事を探すのじゃ。それに会社の備品などを売却すれば、ひとまずの返済や、支払い、生活の足しにはなるじゃろう』
‐う〜ん…まぁそう言われればそうなんですけど…まぁでもこのまま印刷続けても先細りなのは目に見えてるし、転職の道は無茶な話じゃないのかもですよね…わかりました!神様ありがとうございます!何か探してみます!
というわけで、無事人のよさそうなお父さんは自殺することなく、なんとか頑張ってみることになった、と思う。まぁ結局のところ、僕がなんちゃって神様をしなかったとしても、誰か通りすがりの人が、早まるんじゃない!命を無駄にするな!ていう感じで、引き止めたり、そういう流れでとどまるパターンになったような気がしなくもない。
でもね、ここで大事だったのはその結果よりも、僕が今まで心底から嫌だった、心の声を聞く力が、少しとはいえ、人の役に立った、というか、救ったというか…まぁ表現はなんにせよ、なんかプラスの力になったことが嬉しかった。なので、このなんちゃって神様作戦は、また機会があればしてみようと思ったのである。
めでたし、めでたし。
あ、まだ終わらないけどね。
心の声が聞けることを、はじめて良かったと思えたシン。
これがシンの、これからの生活に果たして影響していくのか。
それとも、何も変わらないのか。




