新しい門出に乾杯
サヤとの初めてのクリスマスデートの帰りに、ユキがストーカーに刺されたと知らせを受ける。
急ぎ、病院に駆けつけるが…
サヤちゃんの後輩から連絡があった病院に、急いでかけつける。後輩が言うところによると刺されたケガ自体はそこまで深くはないようだ。病院の救急入り口のほうに行き、事情を説明して、入らせてもらう。
「何か刃物での刺し傷だったんですが、幸い内臓に損傷もなく、出血も多くないので数日で回復するくらいだと思います。今処置中です。ただ、怖かったと思うので精神的に不安定になってるかもしれません。よかったらあとで声をかけてあげてください」
「ユキちゃん…」
「わかりました。ここで待たせてもらってもいいですか?」
「構いません。また治療が終わって、数日入院になると思うので、そのご説明を後ほどさせていただきますね」
「わかりました。ありがとうございます」
待合の長ベンチで僕とサヤちゃん、後輩の3人で座る。
「すみません!俺、上がり時間に迎えに行こうと連絡はユキちゃんにしてたんですよ!でも、今日は少し残業するからユキちゃんもいいって言うもんで…ほんとにすんません!」
「うん、大丈夫。あんたのせいじゃないよ。連絡くれてありがとうね」
ユキちゃんを刺したストーカーは、そのあと半狂乱で暴れていて、すぐ警察に捕まり、連れていかれた。元々自分でも何をしたかったのか、わからなかったのかもしれない。
「大きいケガじゃなくてよかったね。あとで部屋に移ったら、みんなで励ましに行こう」
「うん…そうだね」
きっと、サヤちゃんは自分を責めている。2人で過ごしたいと思った、そして2人で過ごしていたために、ユキちゃんが襲われてしまったと。でも、ここでそれを否定しても、何を言っても、きっとサヤちゃんのためにはならないと思った。まずはユキちゃんが元気になるように願うのみだ。
後輩には帰ってもらって、2人で待っていた。しばらくして看護師さんが案内してくれた部屋に行く。
「シンくん、サヤちゃんごめんね」
ユキちゃんはなぜか謝ってきた。
「ううん、全然大丈夫。ユキちゃんが謝ることはないんだからね。こっちこそごめんね、しばらくあいつを見なかったから安心してしまってた」
「シンくんとサヤちゃんのせっかくのデートの時間を邪魔しちゃった…」
「もぉ〜、ユキちゃん気を使いすぎ!早く元気になって、約束してたチキン食べまくりパーティーしないと!ねっ」
「うんっ、ありがとう」
疲れもあったと思うから、明日また来ることを伝えて帰ることにした。サヤちゃんの家までの帰り道。
「サヤちゃん…」
「なんとかしなきゃ。あの男はもうしばらく大丈夫かもだけど、ユキちゃんが危険な目にあわないように、私たちがなんとかしなきゃ」
「うん、そうだね。ちょっとこういう時ばかり相談するのもなんだけど、サヤちゃんのお父さんに一度相談してみよう」
「うんっ、それもいいかも。そういえば…お父さん最近仕事が増えてきて、バイトを雇おうかなって話をしてた気がする。ユキちゃんの毎月の収入詳しくは聞いてないから、それで生活ができるかわかんないけど、一度聞いてみよかな」
それは名案だ。まぁそんなすぐには無理かもしれないけども、知り合いの近くで働いているほうがユキちゃんも安心に違いない。
「うんうん、いいと思う。あ、年末年始ってサヤちゃんは仕事はどういう感じ?」
「大晦日と三が日の4日間だけだけど休みだよ、なんで?」
「あー、年始に初詣でもどうかなと思って。あっ、ユキちゃんの回復祈願も兼ねてね」
「うんっ、わかったよ。それまでにお父さんにも一度話してみるからユキちゃんのバイトのこと。また連絡するね」
「わかった。ユキちゃんが元気になったら、バケツ入りのケンタッキーでお祝いしないとだね」
「バケツ入りってなに?」
「えっ、お祝いの時はケンタッキーのバケツみたいなやつに山盛りはいってるチキンでしょ」
「あー、あれね。あれバケツというか…まぁバケツの形みたいなものかな」
「じゃあ、サヤちゃん、おやすみ。また明日ね」
「おやすみシンくん。今日はホントにありがとうね」
色々話したいことはあったかもしれないけども、そこで別れた。今はこれでいい。
数日後。
サヤちゃんから連絡があって、家に行った。ユキちゃんの今後についての話だと思う。明日が大晦日だったので、僕も明日から休みになるし、お父さんが好きそうな日本酒と、軽くアテになりそうなもの、あとサヤちゃん用のお菓子を買って行った。
「こんばんは、おつかれさまです」
「おー!シンくんおつかれ!まぁまぁこっちに来て一緒にのもー!」
え。すでにほろ酔いな感じなんだけど…
「シンくん、ごめんね〜、真面目な話だからちゃんと終わるまでは飲み始めちゃダメって言ったんだけどね…」
「大丈夫、ちゃんと話はできますよっ。おっ、シンくんが持ってるのはもしかしてお酒かな?いやぁ〜やっぱシンくんは気が利くね〜!さすがサヤが認めた男だよ」
「もう、調子いいんだから〜!」
と、言いながらも少し嬉しそうにするサヤちゃん。
「サヤちゃんからも話があったと思うんですけど、ユキちゃんのバイトの件、なんとかなりそうですか?」
「おぉおぉ、聞いてるよ〜。バイトっていうか住み込みで働いてもらおうかなと言ってるとこだよ」
えっ、なんか話が大きくなってないか。
「そうそう、シンくんには言ってなかったんだけどね。ママが使ってた部屋が空いてるから、ユキちゃんにうちに住んでもらうのはスペース的には全然大丈夫なの。で、ユキちゃんにも相談したら、むしろ今もとにかく家賃安い、共同風呂トイレみたいなとこに住んでるらしくて、そりゃ危ないでしょ、って言ってたのよ〜」
すごいとこに住んでたんだな。まぁでもそれなら、サヤちゃんとこが大丈夫で、ユキちゃん自身も抵抗がないなら、むしろ一緒に住んでいるほうが安全面からしても申し分ないよね。
「給料のほうは大丈夫そうですか?」
「んー、前にサヤに聞いたんだけどね、今のコンビニのバイトが週3の1日8時間らしくて、1週間で24時間。月換算すると平均100時間くらいだから、高い給料は払えないんだけど、月10万くらいならいけるかなと思ってる。で、家賃とか光熱費は請求しないから、その分今より楽になるんじゃないかな、ってね」
「あ、それなら僕もいいと思います」
「働いてもらう時間も、不定期にはなるんだけど、人手がいる作業だったり、俺パソコン苦手だから、そういう顧客とのやり取りとか、Web系っていうの?それをしてもらおうかなーと。それなら時間に制約あまりされず働いてもらえるし、それで今は俺とサヤで分担してる家事を、ユキちゃんにも一緒にしてもらおうかなって」
「シンくん、よかったよね。1番はユキちゃんが安全であること、って思うんだけど、やっぱり生活もできないとだから。私、新しい家族ができるみたいで嬉しいな」
よかった、サヤちゃんが元気になって。あの日から、ユキちゃんは少しずつ元気にはなっていったが、むしろサヤちゃんのほうが負い目というか、気にしてる感じだったから、うまく行きそうでよかった。
「お父さんありがとうございます。色々考えてくれて、助かります」
「いいよ、いいよ〜。それに俺も人手ほしかったとこだし、サヤは別で仕事してるのと、なかなか求人募集するのも簡単じゃないから、こっちも助かったよ」
やっぱりいい人だ。サヤちゃんのことを相談したときも思ったけども、お父さんは人間できてると思う。
「ユキちゃんは今住んでるとこの荷物の片付けもあるし、年明けからうちに住めそうかなって言ってたよ。引っ越しみんなで手伝おっか」
「オッケー、わかったよ。ちょうど仕事が休みのタイミングでよかった」
「さぁ、これで話はついただろ。シンくんの持ってきてくれたお酒のものも〜!あ、寿司の出前でも取るか?」
「お父さん、ただ飲みたいだけじゃん〜、ちゃんと考えててよ〜」
「はいはい、わかってますって。シンくん明日から休みなんだし、たまにはお酒少し付き合ってもらうぞ〜!」
げ。もしかしたらそんな気はしたんだけども、さすがに日本酒はきつい。一応サヤちゃんも飲むかなと思って買ってきた、アルコール度数が低いチューハイとかカクテルで許してもらおう。
「では、あらためまして、シンくんとサヤの、新しい門出にぃ、かんぱーーい!」
「えっ!」
「パパ!」
僕とサヤちゃんが同時に声が出た。




