プロローグ
とある街に住むひとりの青年。
朝起きて、歯を磨いて、髭を剃って、仕事に行く。
淡々と日常を過ごし、淡々と一日が終わる。
そんな青年の淡々とした日々をのぞいてみることにしよう。
これは、僕の頭に直接響いてくる声。
‐あー、仕事だりぃ…行きたくないわぁ〜
‐お腹空いたなー、駅前の松屋で朝ごはん食べよっかなー
‐今日は雨降るんだっけ…空曇ってるけど傘忘れちゃったよ…あー洗濯外に干してきたけど大丈夫かなぁ…
‐あの子かわいいなぁ…毎朝みるけど今日はいちだんとかわいいわ、話しかけたいなぁ…
朝の出勤の時に聞こえる声だ。なんで聞こえるかというと、それは僕にもわからない。急にそういう能力に目覚めたという、そんなもんではなく、もう物心ついた時から…というか、産まれた時からたぶん、僕は人の心の声が聞こえている。
たぶん病気だって?うん、たぶん僕もそう思う。むしろ病気であって、治ったら綺麗さっぱり心の声が聞こえなくなってくれればと思う。
心の声っていうのは外に出さない声だからこそ、まぁまぁ人の本性というか、ホントに思っているありのままが聞こえる。聞こえてしまう。
便利じゃん、その能力を使ったら上手く世の中渡れたり、人助けができたり、なんかわからんけど得しそう!なんて思う人もいると思うが…
ぜんっぜん便利じゃない!
てか、病みそう!
今、僕は26歳なんだけども、歳を取るにつれ、少しずつこの能力は制御できるようになったからまだいい。たとえば、心の声のボリューム調整だとか、聞こえる範囲を絞ったり、逆に広げたり、明確にその場所の住所とか映像がイメージできていれば、ピンポイントに声を聞くこともできる。
ラジオかい。
で。制御できてなかった時はどうだったかというと、もう完全に心の声全部だだもれ。バカでかい大声で聞こえることもあれば、ひそひそ話みたいな声もあったり、怒りながらとか、泣きながらの声もある。
これは僕の勝手な推測なんだけども、心の声はその人自身が強く願っていることほど、大きくなり、それを心の奥底にしまっておこうと思うほど、小さくなる。
なんで推測かっていうと、他にその能力がある人を知らないからだ。聞きたくても聞けないし、まず病人扱いされるし、そうじゃなくても孤立していくことになる未来が想像できる。
これは赤ちゃんの時のことなんだけど、というか、その時は言葉もわかってないから、ある程度言葉がわかるようになった幼稚園くらいの時に、あーあれはそういう声だったんだな、って気づいたっていう話なんだけど。
親って自分の子供のこと、とりわけ赤ちゃんの時なんて、絶対かわいいもんだと思うんだ。まぁ赤ちゃんにもかわいさそれぞれだったり、あるんだろうけども、色々ひっくるめてかわいいな、ってなるんだと思うんだ。
‐しわくちゃでサルみたい…かわいい…のか?
‐あー、マジはよ寝てくれ…腕しんどいし、つるぞ…あー、だりぃ…
‐なんか白目しててキモいんだけど…どんな寝方してるん…うわぁ
ちょっと、過激なのはあえて出さないでおくけども。まぁまぁ心の声だからね、仕方ないんだけどね。表ではシンくんかわいいね〜!おりこうでちゅね〜!って言われてたとしても、やっぱ心に嘘はつけないんですよ。
あ、シンくんは僕の名前です。本名は 松岡 心。こんな名前だから、心読めるようになったんじゃないのか…
もちろん、親だからね、育ててくれたり、オムツかえてくれたり、抱っこしてくれたり、ごはん食べさせてくれたり、遊んでくれたり、もう言葉で表せないくらいいっぱいしてもらってて、僕は大きくなった。それにはすごく感謝してるし、もしそれがなかったら僕はきっと死んでる。まぁ当然か。
ただ、そう思っていたとしても、表には出ない親の心の声を、ずっと、ずーっと聞いていたら、やっぱりね、なんか考えてしまうこともあるし、あぁ苦労かけてるんだなってなんか思ってしまうし、仕事できるようになったら、早めに家を出て、親に迷惑かけないようにしよう、って。そうなる。
だから、高卒で就職して、僕は家を出た。まぁこれ以上親の、心の声を聞いていたくないっていうのもあったのかもだけどね。
まぁ…家を出たところで様々な人間の心の声は聞こえてくるわけで、それをある程度調整はできても、結局は聞こえてくるから、その声にいちいち反応してしまったり、楽しいこともたまーにはあるんだけど、ちょっと感傷的になったり、やっぱり人間ってやだな、ってなったりもする。
あ、そうそう、今さらなんだけども、心の声に対して返事をすることもできる。返事…ていうとおかしいかもだけども、その心の声を出した主に対して、僕も心の声で感想を言う、みたいなことができる。あ、SNSとかの投稿にコメント付けるみたいな感じかな、いいね!みたいに。
まぁでも、この返事をするのはあまりしないようにしている。なんでかっていうと、当然なんだけど、自分が心に思ってることに、急になんか感想というか、返事みたいなものが聞こえてきたら、気持ち悪いよね。
返事したあとの、その人の心の動揺というか、まぁ普通に考えるとびっくりするわな、そういう気持ちを考えるとなるべくしないようにしてる。でも、ふとツッコミはいれたくなる時もあるので、できるだけしないようにしてるけども、という感じ。
この[心の声返信]能力でやってしまった一例を話すとする。それは、僕が5歳の頃の話だった…




